コラテジェンとアンジェスの遺伝子治療の現状と展望

コラテジェンとアンジェスによる遺伝子治療

この記事のポイント
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日本初の遺伝子治療薬

コラテジェンは重症虚血肢治療を目的とした世界初のプラスミドDNA技術を用いた遺伝子治療用製品です

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HGF遺伝子による血管新生

肝細胞増殖因子の遺伝子を筋肉内投与することで、血管新生を促進し虚血状態を改善します

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米国での再挑戦

日本では販売終了となりましたが、米国で良好な臨床試験結果を得て2026年にも承認申請予定です

コラテジェン開発の経緯と承認取得

コラテジェン筋注用4mgは、アンジェス株式会社が開発したHGF(肝細胞増殖因子)遺伝子治療用製品で、2019年3月に日本で条件及び期限付き承認を取得した画期的な製品です。この製品は、慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症およびバージャー病)における重症虚血肢患者を対象としており、標準的な薬物治療の効果が不十分で血行再建術の施行が困難な患者における潰瘍の改善を目的としています。

参考)https://www.pmda.go.jp/regenerative_medicines/2019/20190419001/111298000_23100FZX00001_B100_1.pdf


開発の歴史は2001年まで遡り、大阪大学で医師主導臨床研究として開始されました。その後、2004年には閉塞性動脈硬化症を対象とした国内第Ⅲ相試験(ASO第Ⅲ相試験)とバージャー病を対象とした臨床試験(TAO一般臨床試験)が実施され、2014年には先進医療B臨床研究が行われました。これらの臨床試験では、プラセボ対照群と比較してコラテジェン投与群で有意な潰瘍改善率が示されました。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/34/4/34_305/_pdf


特筆すべき点として、コラテジェンは再生医療等製品における早期承認制度を利用し、条件及び期限付きで製造販売承認を取得しました。承認条件には、重症化した慢性動脈閉塞症に関する十分な知識と治療経験を持つ医師のもとで使用すること、製造販売後に全症例を対象とした評価を行うことが含まれ、承認期限は5年間とされました。​

コラテジェンの作用機序とHGF遺伝子治療の特徴

コラテジェンは、ヒトHGF遺伝子(cDNA)をコードする5,181塩基対のプラスミドDNAで構成されています。このプラスミドDNAを虚血部位の筋肉内に投与すると、標的細胞である骨格筋細胞内で転写・翻訳が行われ、HGFタンパク質が産生・分泌されます。

参考)https://www.pmda.go.jp/regenerative_medicines/2019/20190419001/111298000_23100FZX00001_D100_1.pdf


HGFは血管内皮細胞に対して強力な増殖作用を持つだけでなく、血管平滑筋細胞の遊走を促進する特性があります。この特徴は、他の血管新生因子であるVEGF(血管内皮細胞増殖因子)やFGF(線維芽細胞増殖因子)とは異なる点です。VEGFは血管内皮細胞に優先的に作用するため血管透過性を亢進させ、FGFは血管平滑筋細胞の増殖を誘導して内腔狭窄を引き起こす可能性がありますが、HGFはより成熟した血管を誘導する可能性が示唆されています。

参考)https://www.touseki-ikai.or.jp/htm/05_publish/dld_doc_public/35-1/35-1_179.pdf


プラスミドDNAを用いた遺伝子治療の利点として、ゲノムへの挿入がないため安全性が高く、複製・転写が宿主の生理機能に依存すること、ベクターに対する抗体産生がないため繰り返し投与が可能であることが挙げられます。さらに、製造が容易で製剤の安定性に優れ、製造期間が短く(6~8週間)、長期備蓄が可能という製造面での利点もあります。

参考)https://www.anges.co.jp/pdf_ir/public/100598.pdf

コラテジェンの販売終了と米国での開発再開

日本において条件付き承認を取得したコラテジェンですが、2024年6月、アンジェスは製造承認申請を取り下げ、販売終了することを発表しました。この決定の背景には、市販後調査において最終治験で得られた結果を再現できなかったという事実があります。条件及び期限付き承認後に改めて行う製造承認申請を取り下げたため、現在の条件及び期限付き承認の期限が満了し、販売終了となりました。

参考)HGF遺伝子治療用製品「コラテジェン」 製造承認申請取り下げ…


しかしながら、コラテジェンの開発は完全に終了したわけではありません。アンジェスは米国で患者の対象を軽症・中等症に広げた臨床試験を実施し、良好な結果を得ました。この米国における第2相試験では、従来の重症患者だけでなく、より軽症から中等症の慢性動脈閉塞症患者を対象としたところ、有望な結果が出たとされています。

参考)『HGF遺伝子治療用製品「コラテジェン」販売終了』


2024年9月、米国食品医薬品局(FDA)はコラテジェンにブレイクスルーセラピー(画期的新薬)の指定を行いました。この指定は、重篤な疾患や生命を脅かす疾患の治療を目的とした薬剤の開発と審査を迅速化するための制度で、臨床試験の結果から既存の治療法よりも顕著な改善を示す可能性が認められたことを意味します。ブレイクスルーセラピー指定により、審査期間の短縮(3~4か月)と承認確率の向上(約68%)が期待されており、アンジェスは2026年内にも米国で生物製剤認可申請(BLA)を行う予定です。

参考)アンジェス、26年にも米で遺伝子治療薬申請 再度実用化へ -…


<参考リンク>
PMDA コラテジェン筋注用4mgに関する資料(承認申請資料の詳細情報)

コラテジェンの臨床試験成績と投与方法

国内で実施された主要な臨床試験では、コラテジェン4mg(1箇所あたり0.5mgを罹患肢の8箇所に投与)を4週間隔で2回筋肉内投与する用法が採用されました。ASO第Ⅲ相試験における中間解析では、有効性解析対象40例(コラテジェン群27例、プラセボ群13例)において、主要評価項目である安静時疼痛又は虚血性潰瘍の改善率で統計学的に有意な差が認められました。

参考)https://www.anges.co.jp/pdf_news/public/100227.pdf


具体的には、FontaineⅢ度における安静時疼痛の改善率は、コラテジェン群50.0%(8/16例)、プラセボ群25.0%(2/8例)でした。FontaineⅣ度における虚血性潰瘍の大きさの改善率は、コラテジェン群100.0%(11/11例)、プラセボ群40.0%(2/5例)であり、両者を合わせた統計解析でp=0.014(Mantel-Haenszel検定、有意水準2%)という有意差が示されました。この改善効果は、コラテジェン投与15ヶ月後まで維持されることが確認されています。​
投与方法に関しては、血管造影、CTA、MRA、または超音波検査などの画像診断により虚血領域を同定した上で投与部位を決定し、薬液が確実に筋肉内に注入されたことを超音波検査で確認しながら投与することが重要とされています。投与液量は、1箇所あたり3mLとされ、投与対象筋が小さい場合には2mLまで減じることができます。​
バージャー病を対象としたTAO一般臨床試験では、虚血性潰瘍の大きさの改善率が66.7%(6/9例)、安静時疼痛の改善率が42.9%(3/7例)で認められ、これらの改善効果も投与15ヶ月後まで維持されました。​

コラテジェンの安全性と副作用プロファイル

国内及び外国での7つの臨床検討において、総症例187例中64例(34.2%)に副作用(臨床検査値異常を含む)が認められました。主な副作用としては、注射部位疼痛8例(4.3%)、大腸ポリープ5例(2.7%)、末梢性浮腫5例(2.7%)、四肢痛4例(2.1%)、C反応性蛋白増加4例(2.1%)などが報告されています。​
重大な副作用として、悪性腫瘍の発現が報告されており、胃腺癌、結腸癌、胃癌膵癌前立腺癌、食道扁平上皮癌、子宮平滑筋肉腫が各1例ずつ(各0.5%)認められています。ただし、これらの悪性腫瘍とコラテジェンの因果関係については、投与対象となる患者が発癌リスクが高くなる年齢層であること、プラセボ群に対してコラテジェン群では観察期間がより長期であったこと、本品との因果関係が否定されなかった症例が7例のみであったことなどを考慮すると、現時点で明確な関連性は示されていないと判断されています。

参考)●アンジェス記事ストック:2022/07/28 02:49 …


非臨床試験における毒性試験では、ラットおよびサルを用いた単回投与毒性試験、反復投与毒性試験が実施されました。ラット1週間間隔5回筋肉内投与毒性試験およびラット14日間反復静脈内投与毒性試験では、投与部位において刺激性に起因すると考えられる炎症性変化が認められましたが、いずれもごく軽度な変化であり、明らかな回復性が認められました。また、ラットを用いた多臓器コメットアッセイでは、発がんイニシエーション作用は認められず、担がんマウスを用いた腫瘍増殖への影響確認試験でも、腫瘍増殖および腫瘍転移への影響は認められませんでした。​
<参考リンク>
日本DDS学会誌 コラテジェンの特徴および臨床試験成績(製品の詳細な作用機序と臨床データ)

コラテジェンと他の遺伝子治療薬の比較

コラテジェンは、プラスミドDNA技術を用いた遺伝子治療薬として、ウイルスベクターを使用する他の遺伝子治療薬とは異なる特徴を持っています。プラスミドDNAの最大の利点は、ゲノムへの挿入がないため、挿入変異による発がんリスクが極めて低く、安全性の高いベクターであると考えられている点です。

参考)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000020310.pdf


世界的には、VEGFプラスミドDNAを用いたNeovasculgen(Human Stem Cells Institute社)が、アテローム性動脈硬化症に起因する末梢動脈疾患を含む重症虚血肢を適応として、2011年12月にロシアで、2013年2月にウクライナで承認されています。このように、プラスミドDNAを用いた遺伝子治療は、海外でも実用化されている技術です。​
プラスミドベクターの課題としては、細胞移行性が低いこと、目的タンパク質の発現期間が限定されること、局所投与に制限されることなどが挙げられます。これらの課題に対しては、プラスミド構造の改良、DDS(ドラッグデリバリーシステム)の利用(脂質ナノ粒子、エレクトポレーションなど)、繰り返し投与、局所投与で治療可能な疾患の模索などの対策が検討されています。​
コラテジェンのような遺伝子治療用プラスミドは、予防用DNAワクチンとは異なり、患者体内で一定期間遺伝子が発現し続けることで治療効果を発揮します。HGFプラスミドの場合、ラットの大腿部筋肉内投与では、投与部位筋肉中のプラスミドDNA濃度が半減期21日で低下することが示されており、持続的なHGF産生により血管新生が促進されると考えられています。​

コラテジェンの今後の展望と課題

アンジェスの創業者で現在メディカルアドバイザーを務める森下竜一氏は、日本で発見されたHGF遺伝子を活用した血管再生治療が、これまで治療法が限られていた難病患者に新たな希望をもたらすと述べています。米国での良好な臨床試験結果とFDAの迅速承認への期待について、同氏は強い自信を示しています。

参考)世界をリードする遺伝子治療を目指して──アンジェス創業者、森…


米国における開発では、従来の重症患者のみを対象とするのではなく、軽症から中等症の患者層まで対象を広げたことが成功の鍵となりました。末梢動脈疾患は世界中で2億人が罹患しており、潰瘍、感染症、最終的には下肢切断など極めて重篤な合併症を引き起こす可能性があります。南カリフォルニア大学医学部の報告によると、下肢の大切断後の5年死亡率は57%で、これは肺がんの80%に次ぐ高い数値です。

参考)重症虚血肢HGF遺伝子治療用製品「コラテジェン」 米国でBL…


日本における課題としては、薬価制度の問題が挙げられています。条件付き承認後の市販後調査で期待された結果が得られず販売終了に至った経緯は、再生医療等製品の開発における難しさを示しています。一方で、米国では重症度を拡大した承認申請を2026年末に行う準備が進められており、日本とは異なるアプローチで再度実用化を目指す戦略が取られています。​
アンジェスは、米国での承認申請に向けて、ベーリンガー・インゲルハイム・バイオファーマシューティカルズ社と原薬供給に関する契約締結に向けた最終調整を進めています。これにより、製造体制の強化と安定供給の確保が図られる予定です。ブレイクスルーセラピー指定を受けたことで、2012年7月から2024年6月までの12年間の統計では約68%が承認を取得しており、一般的な第Ⅱ相臨床試験終了後の承認確率約46%を大きく上回っています。このことから、コラテジェンの米国での承認取得への期待は高まっています。

参考)https://jp.investing.com/news/stock-market-news/article-891423


<参考リンク>
アンジェス プラスミドベクターによる遺伝子治療の可能性(プラスミドDNA技術の詳細と応用例)