封入体筋炎の症状と診断
封入体筋炎の初期症状と特徴
封入体筋炎は、主に50代以降の中高年に発症する進行性の筋疾患で、手指や下肢の筋力が徐々に低下していく特徴があります。初期症状として最も多いのは、階段を昇るのが辛くなる、座った姿勢から立ち上がることが困難になるといった下肢の症状です。また、瓶の蓋を開けられない、手指がうまく動かせないなど、手指・手首の屈筋に関わる症状も特徴的に現れます。
参考)封入体筋炎の治療法に関してご意見を募集します02 (Foll…
大腿部の筋力低下では、大腿屈筋群の障害に比べて大腿四頭筋の障害が目立つという特徴があります。左右差が顕著に現れる症例も多く見られ、これが他の筋疾患との鑑別点になることもあります。病気の進行は緩徐ですが確実に進み、発症後平均7年で歩行が困難になるとされています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000157761.docx
封入体筋炎の診断に必要な検査
封入体筋炎の診断には、複数の検査を組み合わせて総合的に評価することが必要です。血液検査では、筋肉の破壊を示すクレアチンキナーゼ(CK)の値が測定されますが、封入体筋炎では正常値から軽度上昇程度にとどまることが多いです。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E5%B0%81%E5%85%A5%E4%BD%93%E7%AD%8B%E7%82%8E
最も重要な検査は筋生検で、筋肉のサンプルを採取して顕微鏡で観察します。封入体筋炎に特徴的な所見として、縁取り空胞、炎症細胞浸潤、核および細胞質内の封入体の3つの所見が確認されます。これらの所見により病理学的な診断が確定されますが、生検部位や時期によっては必ずしもすべての所見が観察できないこともあります。
参考)https://higashisaitama.hosp.go.jp/medical_information/ibm.html
近年では、抗NT5C1A抗体と呼ばれる抗体が患者さんの血液中に存在していることが報告され、今後診断の際のマーカーになる可能性が考えられています。筋電図検査や筋MRI・CT検査も、障害されている筋肉の確認や病態の評価に役立ちます。
参考)封入体筋炎
封入体筋炎の原因とC型肝炎ウイルスとの関連
封入体筋炎の原因は完全には解明されていませんが、免疫系が自分自身の筋肉を攻撃する自己免疫反応が関与していると考えられています。また、筋肉内に異常なタンパク質が蓄積されることが特徴で、この異常タンパク質は「封入体」と呼ばれる小さな塊を形成します。
参考)多発筋炎・皮膚筋炎・封入体筋炎などの炎症性筋疾患 – 東京逓…
注目すべき研究として、全国調査により封入体筋炎患者の28%にC型肝炎ウイルス感染が伴うことが発見されました。この感染率は他の筋疾患の同齢患者や同世代の一般人口より有意に高く、C型肝炎ウイルスが発症に関与している可能性が強く示唆されています。
筋線維内にアミロイドが存在すること、封入体にはアミロイド前駆蛋白やリン酸化タウが証明できることなど、アルツハイマー病との相同性も指摘されており、タンパク質分解経路の異常が病態に関わっていると考えられています。このような複合的な病態メカニズムの解明が、今後の治療法開発につながることが期待されています。
封入体筋炎の治療法と新規治療薬の研究
封入体筋炎は現時点で確立された治療法がなく、他の炎症性筋疾患で効果のあるステロイド治療も、封入体筋炎では効果がないか、あっても一時的であることが知られています。免疫抑制剤や免疫グロブリンの大量点滴療法(IVIg)が試みられることもありますが、効果は限定的です。
参考)https://www.neurology-jp.org/guidelinem/pdf/syounin_17.pdf
ただし、嚥下障害が進行した患者さんに対しては、IVIg療法が短期的に効果を示すことが報告されており、オーストラリアでは急速進行性または高度な嚥下障害の症例で2012年以来認められています。また、嚥下障害に対してはバルーンカテーテルによる輪状咽頭部拡張法(バルーン拡張法)も試みられており、一定の効果が報告されています。
新規治療薬の研究も進められており、東北大学で開発中のミトコンドリア病治療薬候補Mitochonic acid 5(MA-5)が封入体筋炎患者由来の筋細胞において細胞保護効果を示すことが明らかになりました。また、アルギニンを用いた治療戦略の検討では、ミトコンドリア機能障害に対して有効性が確認され、筋力低下や起立歩行速度の改善が認められたという論文も報告されています。これらの研究は、治療法の乏しい封入体筋炎の新たな治療薬開発への希望となっています。
東北大学の研究では封入体筋炎の新規治療薬候補MA-5の細胞保護効果が報告されています
封入体筋炎のリハビリと日常生活での工夫
封入体筋炎の治療の中心はリハビリテーションです。リハビリは大きく物理療法、運動療法、作業療法の3つに分けられます。物理療法では電気刺激や超音波、温熱などの物理的刺激で血流を改善し、筋肉の機能改善を促します。
参考)封入体筋炎の症状と治療 | 難病を継続リハビリで乗り越える方…
運動療法では、筋力低下や歩行障害の改善を目的として、大腿部や手指など特に筋力低下が見られる部位に焦点を当てたトレーニングを行います。具体的には、椅子から立ち上がる動作を繰り返すことで大腿四頭筋や臀部の筋力を鍛えたり、ゴムバンドを使って手指の屈伸運動を行うことで手指の筋力維持・向上を図ります。
参考)封入体筋炎の運動療法ではどのようなトレーニングが行われますか…
レジスタンストレーニング(筋トレ)に関しては、最大筋力の50~80%の負荷をかけた場合、CK上昇(炎症反応)などの副作用はなく安全性は高いと考えられています。リハビリの重要な目的は、転倒による骨折や誤嚥による肺炎を防ぐことで、これらがADL(日常生活動作)レベル低下のきっかけとなることが多いためです。
実際に封入体筋炎を発症した患者さんの体験では、病院での理学療法として、ゴム製のチューブに脚を通し両足を開く運動や、脚の間にボールを挟んで締める運動などを行い、運動を始めてから前向きな気持ちになれたと語られています。作業療法では、食事や入浴など日常的に必要な動作の訓練や、自助具や装具の提案も行われます。医療保険での理学療法は通常3か月間という制限があるため、その後は要介護認定を受けてデイサービスなどで継続的に運動を行うことが推奨されています。
参考)【第1回】私と理学療法~封入体筋炎を発症、筋肉の萎縮に負けず…
飲み込みの筋力が低下した場合には、誤嚥性肺炎の危険を下げるために食事形態の工夫や、場合によっては胃瘻の作成も検討されます。呼吸機能が低下した場合には、非侵襲的陽圧換気療法(バイパップ)や呼吸器の補助が必要になることもあります。
日本神経学会の「封入体筋炎 診療の手引き 2023年改訂版」では最新の診療指針が確認できます
封入体筋炎は進行性の難病ですが、適切なリハビリと日常生活の工夫により、筋力の維持やQOL(生活の質)の向上が期待できます。病状に応じて補助具を調整し、日常生活の環境を整えることが重要です。継続的な運動と前向きな姿勢が、この病気と向き合う上で大きな支えとなるでしょう。