腹膜刺激症状の3つの代表的な徴候
腹膜刺激症状は、腹膜に炎症や感染、化学的刺激などが加わったときに現れる特徴的な所見です。この症状は急性腹症の診断において極めて重要で、虫垂炎、腹膜炎、子宮外妊娠などで見られます。腹膜刺激症状の中でも特に重要な3つの徴候は、反跳痛(ブルンベルグ徴候)、筋性防御、板状硬であり、これらの存在は緊急手術の適応となることが多いため、医療従事者にとって正確な評価が求められます。
腹膜炎では壁側腹膜に炎症が及ぶため、動いたりちょっとした衝撃を受けたりするだけで痛みが増悪し、患者はじっとして動かない姿勢をとることが特徴的です。これらの症状を見逃すと診断の遅れにつながり、致死的な状況に陥る可能性があるため、適切な身体診察と迅速な対応が必要となります。
腹膜刺激症状の反跳痛(ブルンベルグ徴候)とは
反跳痛は、腹膜刺激症状の中でも最も代表的な徴候で、ブルンベルグ徴候(Blumberg’s sign)とも呼ばれます。この徴候は、内臓の炎症が腹壁に波及した際に見られる現象で、腹壁を手指で徐々にゆっくりと圧迫し、しばらくしてから急に手を離すと病変部に鋭い疼痛が出現するという特徴があります。
検査方法としては、通常4本の指を患者の腹部に垂直に立ててゆっくりと押し込んでいき、急激にその圧迫を解除します。その際、「お腹を押した時と離した時、どちらの方が強い痛みを感じましたか」と患者に確認し、「離した時の方が痛かった」という回答が得られた場合、ブルンベルグ徴候陽性と判断します。
参考)ブルンベルグ(Blumberg)徴候について詳しく解説
急性虫垂炎による腹膜炎では、特にマックバーニー点(右の腰骨とおへそをつないだ線の外側3分の1の位置)に起きる反跳痛が典型的です。反跳痛が明らかでない場合や代用として、咳をさせて疼痛が増強するかを確認するのも有用な診断方法とされています。この徴候が確認された場合、ただちに手術療法の適応となることが多く、緊急性を要する状態であると判断されます。
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腹膜刺激症状の筋性防御の特徴と診断
筋性防御(muscular defense)は、デファンスまたはディフェンスとも呼ばれ、腹壁を押し下げて痛みが出現するときに起こる腹筋の意識的な緊張を指します。これは、炎症が起きている部位を押すことで痛みが生じ、反射的に筋が収縮する現象です。
触診時には手のひらで腹部を軽く圧迫すると、腹壁が緊張してかたくなっている症状が確認できます。腹膜炎では腹壁の緊張が高まり、腹壁を掌で圧迫すると板のように堅く感じることがあり、これは肋間神経や腰神経を介して腹壁筋の緊張が反射的に亢進するためです。
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筋性防御の診察では、必ず左右を比較することが重要です。患者は痛みを恐れるあまり意図的に腹筋を緊張させてしまうことがあるため、会話をするなどして患者の意識をそらすことも診察のテクニックとして有効です。腹部の触診順序は疼痛部位を最後にし、はじめは弱く、次第に強く圧迫するようにすることで、患者の不安を軽減しながら正確な評価が可能になります。
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腹膜刺激症状の板状硬と重症度評価
板状硬(筋強直)は、筋性防御がさらに進行した状態で、腹膜の炎症に反応した腹筋の無意識の緊張を指します。これは患者が自分で制御できない不随意の筋緊張であり、高度な腹膜炎で見られる重要な所見です。
腹部が張って板のようになる状態まで進行すると、汎発性腹膜炎を示唆する重篤なサインとなります。この状態では、痛くてお腹に力が入りっぱなしになり、腹壁状態が「板状硬」と呼ばれる状態になります。
筋性防御と板状硬の鑑別において、筋性防御は炎症が起きているところを押すことで痛みが生じて筋が収縮する意識的な反応であるのに対し、板状硬は患者の意識に関わらず常に筋が緊張し続けている無意識の反応という違いがあります。腹膜炎が高度の場合は腹部が板状硬となり明確に判断できますが、軽度でも指先の抵抗感を注意深く察知することにより診断可能なことが多いとされています。
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腹膜刺激症状を引き起こす原因疾患
腹膜刺激症状を引き起こす主な原因は、腹膜への細菌感染、外傷、化学的刺激などです。急性腹症の中でも特に緊急性の高い疾患が多く含まれており、適切な診断と治療が必要となります。
虫垂炎は腹膜刺激症状を呈する代表的な疾患です。典型的な虫垂炎では、最初に気持ち悪さや食欲低下、へそ周囲の不快感で発症し、その後炎症が虫垂から臓側腹膜に波及すると体性痛(鋭い痛み)に変わり、徐々に右下腹部に移動する痛みとして感知されます。歩いているだけで響く痛みの場合は、腹膜炎が腹腔全体に広がっている可能性があり緊急性が高まります。
腹膜炎も重要な原因疾患で、限局性腹膜炎では炎症が一部分に限られており、その部分の腹痛、圧痛、反跳痛などが見られます。炎症が腹腔全体に広がって汎発性腹膜炎になると、腹痛は強くなり全体の痛みとなり、発熱や吐き気・嘔吐、冷や汗などの全身症状も伴います。
参考)腹膜炎 – 消化器の疾患
子宮外妊娠による腹腔内出血も腹膜刺激症状を引き起こす重要な疾患です。その他、消化管穿孔、憩室炎による穿孔や膿瘍形成なども腹膜刺激症状の原因となります。日本内科学会雑誌の症例報告では、家族性地中海熱による周期性発熱と腹膜刺激症状を伴う回腸末端炎の報告もあり、非典型的な原因疾患にも注意が必要です。
参考)周期性発熱と腹膜刺激症状を伴う回腸末端炎を繰り返した家族性地…
腹膜刺激症状の検査方法と診断手順
腹膜刺激症状の診断において、身体診察は最も基本的かつ重要な検査方法です。診察は視診、聴診、触診、打診の順序で行われ、それぞれに重要な意義があります。
視診では腹部膨満や皮膚の変色を確認し、腹腔内の異常を示唆する所見を観察します。聴診では腸蠕動音の変化を評価し、腸雑音が消失している場合は腹膜炎の進行を示唆します。
触診は最も重要な診察項目で、圧痛、反跳痛、筋性防御の有無を確認します。腹部を圧迫して痛みが出る上に、圧迫を急激に離した時にさらに痛みが憎悪する反跳痛があるかどうかを確認することが診断の鍵となります。打診では腹水の有無や鼓音を確認し、消化管穿孔では太鼓を叩いたときのようなコンコンという響き(腹腔内遊離ガスが多いため)が認められることがあります。
画像検査としては、CT検査が主に使用され、腹痛の程度や場所、発熱、吐き気などの症状、血液検査の結果などを総合的に判断します。血液検査では白血球数の増加やCRPの上昇など炎症マーカーの評価が行われます。腹部超音波検査も補助的な診断に有用です。
ヒールドロップサイン(踵落とし試験)は、つま先立ちをした後、踵を床に勢いをつけて落としたときに痛みが出現するかどうかで腹膜刺激症状の有無を見極める方法として知られています。この検査は虫垂炎などの腹膜刺激症状のチェックに有効とされています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/fe6298566f8ce70811e109977ac46e69f7213a31
腹膜刺激症状のその他の重要な徴候
ブルンベルグ徴候、筋性防御、板状硬以外にも、腹膜刺激症状には重要な徴候がいくつか存在します。これらの徴候を理解することで、より正確な診断が可能となります。
ローゼンシュタイン徴候(Rosenstein’s sign)は、左側臥位をとると仰臥位より増強する圧痛を指します。具体的には、腹壁を強く圧迫し、左側臥位で右下腹部の圧痛点を圧迫すると痛みが増強する徴候で、壁側腹膜の炎症性刺激によると考えられています。この徴候はドイツ人内科医パウル・ローゼンシュタイン(1875-1964)によって報告されました。
ロブシング徴候(Rovsing’s sign)は、左下腹部の触診圧迫により右下腹部に感じる痛みとして定義されます。これも腹膜刺激症状の一つとして、虫垂炎の診断に有用な所見とされています。
腸雑音の消失も重要な所見です。腹膜炎が進行すると腸管の蠕動運動が停止し、排ガスや排便の停止とともに腸雑音が聴取できなくなります。この所見は聴診によって評価され、腹膜炎の重症度を示唆する指標となります。
咳嗽試験も腹膜刺激症状の評価に有用で、咳をすることで腹痛が増悪する場合は腹膜への炎症の波及を示唆します。打診痛も腹膜刺激症状の一つとして、進行した腹膜炎では打診でも痛みが強くなる所見が認められます。
腹膜刺激症状における看護と臨床対応
腹膜刺激症状が確認された場合、緊急性を要することが多いため、迅速かつ適切な臨床対応が求められます。バイタルサインのモニタリングや症状の進行の観察が重要となります。
高齢者では自覚症状や腹部所見が乏しいこともあるため、特に注意が必要です。腹水の存在により腹膜刺激徴候が軽減される場合もあり、肝硬変などの基礎疾患がある患者では特発性細菌性腹膜炎(SBP)の可能性も考慮する必要があります。
参考)特発性細菌性腹膜炎 (SBP) – 02. 肝胆道疾患 – …
腹膜刺激症状を認める患者への対応では、まず医師への速やかな報告と緊急手術の準備が必要となる場合があります。時間がないなかでも、患者や家族への説明、疼痛や不安などに対する精神的サポートなどは必要不可欠です。
検査前の準備として、禁飲食の指示、静脈路の確保、輸液の開始などが行われます。鎮痙剤や鎮痛剤を使用して痛みを緩和することもありますが、診断を妨げないよう慎重に投与する必要があります。
参考)腹膜刺激症状(フクマクシゲキショウジョウ)について 【病院検…
外科的治療が必要と判断された場合は、迅速に手術室への搬送準備を行います。腹膜炎の原因となっている内臓疾患をその疾患に適した方法で治療することが根本的な治療となります。疾患の種類によって内科的治療で対応する場合もあれば、外科的治療すなわち手術による治療が必要な場合もあります。
参考:ナース専科の腹膜刺激症状の解説では、看護師向けに腹膜刺激症状の詳細な情報がまとめられています。
腹膜刺激症状の種類 | 評価方法 | 臨床的意義 |
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反跳痛(ブルンベルグ徴候) | 腹部を圧迫後、急に手を離す | 壁側腹膜への炎症波及を示唆 |
筋性防御 | 腹壁を圧迫し抵抗感を確認 | 腹膜刺激による反射的筋緊張 |
板状硬 | 腹壁の硬さを触診で評価 | 高度な腹膜炎の指標 |
ローゼンシュタイン徴候 | 左側臥位での圧痛増強確認 | 虫垂炎などの診断補助 |
ロブシング徴候 | 左下腹部圧迫で右下腹部痛 | 虫垂炎の特徴的所見 |