クリスタリンタンパク質の構造と機能
クリスタリンタンパク質の種類と分子構造
水晶体を主に構成するタンパク質は大きく分けてα、β、γの3種類のクリスタリンであり、水晶体の重量の20~60%を占めています。哺乳類の水晶体では、α-クリスタリンはαA-とαB-の2種類のサブユニットから構成される10~40量体もの可変型巨大会合体を形成します。β-クリスタリンはβA1-βA4、βB1-βB3の7種類が確認されており、これらが2~6量体を形成して約50~200kDaのホモまたはヘテロ会合体として存在します。γ-クリスタリンは、ヒトでは6種類が確認されており、それぞれほぼ類似性の高い単量体として存在しています。
参考)日本白内障学会
各クリスタリンのサブユニットは20~30kDa程度の分子量を有し、水晶体の透明性維持にとって必要な機能である可溶性を維持する能力や高い熱安定性を備えています。β-とγ-クリスタリンは構造類似性が高く、特徴的な共通構造としてGreek key モチーフ(ギリシャ鍵構造)を持っています。このような多様な会合体構造により、水晶体細胞内で濃縮された際に滑らかでランダムな形態をとることができ、結晶や凝集を避けることで透明性が保たれています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/34/1/34_34-003/_pdf/-char/ja
クリスタリンタンパク質のシャペロン機能と水晶体透明性
α-クリスタリンは熱ショックタンパク質ファミリーに属し、水晶体内においてはβ-クリスタリンやγ-クリスタリンの不溶化を防ぐ分子シャペロン機能を有しています。このシャペロン機能により、α-クリスタリンはほどけていたり損傷していたりするタンパク質を見つけ出し、それらが凝集して乳白色の複合体になる前に捕らえて結合します。β-とγ-クリスタリンは、長期にわたる水晶体の透明性維持と屈折率維持の役割を担っています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/30/1/30_10-001/_pdf/-char/ja
水晶体の細胞は発生時にクリスタリンを一杯に満たすと他の器官を萎縮させてしまい、タンパクの合成機能も失います。そのため、水晶体の細胞およびタンパク質は外側に脱落することがなく、新しく作られた外側のタンパク質と内側の古いタンパク質を比較することで、加齢によるタンパク質の構造変化を研究するには理想的な組織であると言われています。クリスタリンは代謝分解されることなく生涯保持されるため、交換・補充が利かない特性があります。
参考)日本白内障学会
クリスタリンタンパク質と白内障発症機構
白内障進行の主たる原因は、クリスタリン中で生じるアミノ酸残基の化学修飾によるものと考えられています。外部からの紫外線、内部からの酸化的ストレス、熱などによってクリスタリン中のアミノ酸残基に化学修飾が生じます。これらが蓄積すると、クリスタリンの構造変化、クリスタリン間の相互作用異常、凝集、不溶化がおこり、最終的に水晶体混濁を引き起こします。
代表的な化学修飾として1)酸化、2)脱アミド化、3)非酵素的糖化、4)異性化などが報告されています。タンパク質中のアミノ酸の一つであるトリプトファンは紫外線の標的アミノ酸であり、UVBを吸収するとキヌレニン誘導体と呼ばれる物質に変化します。これらはUVAを吸収し、その光エネルギーを活性酸素の形で放出し、他のアミノ酸を分解してタンパク質の構造にダメージを与えます。
水晶体基礎研究の詳細についての日本白内障学会の解説
加齢や紫外線など様々なストレスにより、タンパクの酸化、糖化、脱アミド化、異性化などの翻訳後修飾によりα-クリスタリンの構造変化が生じると、その分子シャペロンとしての機能が低下します。その結果、β、γ-クリスタリンが大きな粒子となり異常凝集し、不溶性タンパク質に変化し、水晶体における光の散乱や線維の膨化・液化などを生じ白内障が進行します。
参考)https://www.toukastress.jp/webj/article/2020/GS20-31j.pdf
クリスタリンタンパク質のアスパラギン酸異性化と加齢変化
加齢が進行すると眼の水晶体では、その内部構成タンパク質であるクリスタリンが異常凝集します。クリスタリンの会合の原因としては、α-クリスタリンに含まれるアスパラギン酸がL体からD体に変化(ラセミ化)することなどが指摘されています。「クリスタリン内のアスパラギン酸のL型からD型への転移」が、「タンパク質の集まり方に異常を引き起こし」、その結果、「大きな会合体が形成される」というメカニズムが明らかになっています。
高精度かつ高感度の異性化Asp定量法を開発し、加齢後ヒト水晶体内タンパク質中、新しい異性化Asp部位が同定されました。ヒト水晶体構成タンパク質であるαA-クリスタリン中、加齢に応じて増加するAsp58やAsp151部位の異性化が、αA-クリスタリンの構造や機能に影響することが示されています。タンパク質中でのAsp異性化に応じた当該Asp側鎖の負電荷配置の変化や、疎水性の増加が原因と考えられています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-17K13221/17K13221seika.pdf
水晶体の加齢変化に関する研究では、高分子量(HMW)画分中のα-クリスタリンのシャペロン活性は、若いときから失われていることが明らかになりました。Asp残基の異性化率の上昇とα-クリスタリンの凝集、シャペロン機能は密接な関連があることが示されています。分析結果より、クリスタリン分子表面に生じる脱アミド化修飾および異性化修飾がクリスタリン異常凝集を引き起こすことが報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/33/1/33_13-002/_pdf/-char/ja
クリスタリンタンパク質の進化と種特異性
水晶体構造タンパク質クリスタリンは、個々の生物種によりその進化の過程で既存のタンパク質が無作為に転用されてきました。脊椎動物が進化したとき、α-、β-およびγ-クリスタリンが外適応で偶々転用され、現在でも共通クリスタリンとして含まれています。無脊椎動物の水晶体にはないので、α-、β-およびγ-クリスタリンの存在は脊椎動物へと進化した証であると言えます。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-26505002/26505002seika.pdf
新しい生物進化が起きる度に、新しいクリスタリンが無作為に出現してくる事実は、生物種に特徴的な種特異的クリスタリンの存在として知られています。これまで、アカガエル・アオガエル・オガサワラヤモリのρ-クリスタリン(アルドース還元酵素)、アマガエル・モルモット・ラクダのζ-クリスタリン(キノン還元酵素)などが報告されています。種特有のクリスタリンは、知られる限りすべて酵素から遺伝子重複によって進化したか、あるものでは驚いたことに酵素そのものと考えられています。
クリスタリンの進化に関するJT生命誌研究館の研究
多くの鳥がもつε-クリスタリンは、乳酸デヒドロゲナーゼという酵素そのものです。また軟体動物の頭足類では、グルタチオン-S-トランスフェラーゼというまったく違った酵素由来のS-クリスタリンが水晶体に存在しています。このように、水晶体タンパク質クリスタリンのプロテオーム(クリスタローム)は、生物種の固有の進化過程を映し出しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4976375/
クリスタリンタンパク質の研究と白内障予防への展望
白内障の発症機構の詳細解明や予防にとって重要なことは、クリスタリン中の、どのアミノ酸に、どのような変化が、どの程度生じているのかを定量的に測定することです。最近では、質量分析を利用することにより測定が容易になってきました。より研究が進展することで、透明性維持機構および混濁機構の詳細を元にした防御物質の探索、定量調査の結果を元にした発症時期の予測などが可能になると考えられています。
水晶体中ではタンパク質の代謝はほぼないため、白内障を予防するためには、α-クリスタリンタンパク質の構造を正常に保ち、シャペロン機能を維持し、凝集体形成を抑制することが必要です。最近の研究では、ラノステロールの投与により、変異型クリスタリンタンパク質の凝集体がアミロイド様の繊維状構造であっても解きほぐすことができることが報告されています。
クリスタリンの種類 | 分子量・会合体 | 主な機能 | 特徴 |
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α-クリスタリン | 約800kDa、10~40量体 | シャペロン機能 | 熱ショックタンパク質ファミリー |
β-クリスタリン | 50~200kDa、2~6量体 | 透明性・屈折率維持 | 7種類のサブタイプ、Greek keyモチーフ |
γ-クリスタリン | 約20kDa、単量体 | 透明性・屈折率維持 | 6種類、Greek keyモチーフ |
各種のクリスタリンが正しい構造をとり、正しく相互作用することで、水晶体は透明性を維持しています。クリスタリンの結晶構造により、構成要素が数種類しかなくてもドメイン交換(domain swapping)を使って多様な複合体を作っていることが明らかになっています。βクリスタリンはよくあるドメイン交換機構を使い、β鎖の異なる変異体を混ぜてうまく適合させており、αクリスタリンの場合はより複雑な機構を使ってさらに長い複合体を作ります。
水晶体構成タンパク質中におけるアミノ酸の自発的化学修飾に関する研究論文
タンパク質老化とD-アミノ酸を指標とした加齢性白内障研究も進展しており、正常なα-クリスタリンのシャペロン活性に比べて、変性したものは40%ほどの活性しかないことも明らかになっています。このような基礎研究の成果が蓄積されることで、将来的には白内障の予防法や早期診断法の開発につながることが期待されています。