検体採取ガイドラインと基本手順
検体採取ガイドラインの目的と重要性
検体採取ガイドラインは、正確な診断と適切な治療につながる質の高い検体を得るために策定されています。厚生労働省が定める「検体測定室に関するガイドライン」では、検体採取の環境、測定方法、精度管理について詳細な規定が設けられています。医療機関や検査施設では、このガイドラインに基づいて標準作業手順書(SOP)を作成し、検体の品質を確保する必要があります。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001115853.pdf
検体採取における最も重要な原則は、常に発病初期の抗菌薬投与前に採取することです。これは抗菌薬投与後では原因微生物の検出率が著しく低下するためです。また、常在菌の混入を避けることも極めて重要で、これが検査結果の信頼性を大きく左右します。
参考)http://www.kankyokansen.org/other/edu_pdf/3-3_24.pdf
検体採取は医師、看護師、臨床検査技師など有資格者が行うことが法律で定められています。2014年の法改正により、臨床検査技師による鼻腔や咽頭からの検体採取が正式に認められ、業務範囲が拡大しました。
参考)e-Gov 法令検索
検体採取における感染対策と標準予防策
検体採取時の感染対策の基本は、標準予防策(スタンダードプリコーション)の徹底です。すべての患者の血液、体液、分泌物、排泄物、健常でない皮膚、粘膏は感染性があるものとして取り扱わなければなりません。これにより、病原体の感染・伝播リスクを大幅に減少させることができます。
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/5.01_biseibutubaiyoukensakentaisaishuhouhou.pdf
個人防護具(PPE)の適切な使用は感染予防の要です。検体採取時には手袋を必ず着用し、血液や体液が飛散する可能性がある場合はマスク、ゴーグル、エプロンまたはガウンを追加で装着します。特に血液培養検体の採取時には、針刺し切創に十分注意し、可能な限り安全器材を使用することが推奨されています。
参考)https://medical.kameda.com/general/medical/assets/25.pdf
手指衛生のタイミングも重要で、検体に接触する前後には必ず手洗いまたは速乾性手指消毒剤を使用します。感染症の種類によっては、標準予防策に加えて感染経路別予防策が必要です。例えば、結核が疑われる場合は陰圧個室でN95マスクを着用する空気予防策を、インフルエンザが疑われる場合はサージカルマスクとフェイスシールドを使用する飛沫予防策を実施します。
環境感染学会の検体採取と感染対策ガイド – 標準予防策と個人防護具の正しい使用方法について詳しく解説されています
検体の種類別採取手順と注意点
検体の種類ごとに適切な採取手順があり、それぞれの特性を理解することが重要です。
尿検体採取では、中間尿またはカテーテル尿を滅菌容器に採取します。尿は細菌の増殖に適した培地となるため、採取後は速やかに検査室へ提出し、直ちに提出できない場合は冷蔵保存が必要です。ただし淋菌検査が必要な場合は、冷蔵保存を避けて直ちに提出することが望ましいとされています。
参考)https://www.falco.co.jp/rinsyo/contents/pdf/26017.pdf
喀痰検体採取は、常在菌が最も混入しやすい検体として知られています。質の高い喀痰を得るには、早朝起床直後に採取するのが最適です。採取前には歯磨きを行い、水道水で数回うがいをして口腔内常在菌の混入を最小限にします。唾液成分の多い検体は検査に適さないため、Miller & Jones分類でP1~P3(膿性部分が1/3以上)の検体が望ましいとされます。
血液培養検体採取は最も厳格な無菌操作が求められます。穿刺部位は70%アルコール綿で清拭後、10%ポビドンヨードまたはクロルヘキシジンで消毒し、2分以上自然乾燥させます。採血量は成人で1セット(嫌気用と好気用各1本)あたり16~20ml程度が推奨され、1回につき2セット(2か所)から採血を行います。皮膚常在菌による汚染を防ぐため、消毒の手順を厳守することが極めて重要です。
参考)https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/kansen/data/05_ketsueki_baiyou.pdf
札幌市病院の検体採取マニュアル – 各種検体の具体的な採取方法と採取容器の選択について詳細に記載されています
検体容器の選択と保存方法の基準
検体容器の適切な選択は、検査精度に直結する重要な要素です。容器の素材は主にポリエチレン(PE)製、ポリプロピレン(PP)製、ガラス製に分類されます。
参考)サンプリングに欠かせない!用途別に使い分ける容器の種類と特徴…
プラスチック製容器は主に細菌検査に用いられ、特に水道水などの細菌検査にはハイポ(チオ硫酸ナトリウム)入りの滅菌容器がよく使用されます。滅菌処理された容器は使用直前に開封し、速やかに使用する必要があります。容器の口径も検体の特性に応じて選択し、大量の検体を扱う場合や取り出しやすさが重要な項目では広口容器を使用します。
参考)https://iremono.sanplatec.co.jp/report/477/
検体の保存方法も検査結果に大きく影響します。一般的に、検体は採取後2時間以内に検査室へ提出することが原則です。直ちに検査できない場合の保存温度は検体の種類により異なります。多くの微生物検査検体は冷蔵保存(4℃)が適切ですが、血液培養検体は室温保存、髄膜炎菌が疑われる髄液は室温または37℃保存、赤痢アメーバが疑われる検体は37℃保存が必要です。
参考)5. 保存方法
検体容器の外側も病原微生物による汚染があると考え、ビニール袋などに入れて輸送する必要があります。検体輸送時には、病原微生物の入った容器が破損したり検体が漏れないように万全の注意を払うことが、バイオハザード対策として不可欠です。
検体採取の品質管理と誤採取防止対策
検体採取における品質管理は、正確な検査結果を得るための基盤となります。医療機関では標準作業手順書(SOP)を作成し、検体採取から検査までの各プロセスを標準化することが求められます。SOPには検査の目的、手順の原理、検体の種類、必要な機材と試薬、異常値を示した検体の取扱方法などを明確に記載します。
検体の取り違えや誤採取は患者の致命的な損害につながる重大なインシデントです。当院の一般検査室では、迅速抗原検査結果の誤報告に対して複数の対策を実施しました。具体的には、(1)陽性結果が検体検査システム画面で赤く表示される仕組みの導入、(2)検体容器への結果記入位置の統一、(3)入力結果の二重確認体制、(4)陽性・陰性検体の物理的分離、(5)指差し確認の徹底などが効果的でした。
病理組織検体では、受付時に類似する検体を連番にしない、1患者毎に透明容器で隔離保管する、切り出し作業を1患者毎に完結させる、Webカメラで照合写真を撮影するなどの対策が取り違え防止に有効です。前立腺生検では、手術開始時間の順番ごとに色分けしたカセットを使用し、依頼箋とカセットの異時ダブルチェックを実施する方法が報告されています。
精度管理の観点からは、年1回以上の外部精度管理調査への参加と、定期的な内部精度管理の実施が必要です。測定機器の製造業者が示す保守・点検を確実に実施し、複数人の検体を一度に測定しないという原則も重要です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000098574.pdf
検体測定室における特殊な検体採取規定
検体測定室は、診療の用に供しない生化学的検査を行う施設として、厚生労働省のガイドラインで特別に規定されています。この施設では受検者が自ら検体を採取することが特徴で、医療機関とは異なる運営基準が適用されます。
検体測定室で使用する穿刺器具は、薬事法に基づき承認されたもので、器具全体がディスポーザブルタイプ(単回使用)でなければなりません。穿刺部位は手指に限定され、外観を観察して保護キャップが外れていたり破損している場合は使用してはいけません。また、複数回同一部位での穿刺は禁止されています。
運営責任者は医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師のいずれかの資格を持つ者が常勤し、測定に際しての説明と結果報告を行います。受検者に対しては、測定が診療の用に供するものではないこと、医療機関で受診する場合は改めて検査を受ける必要があることを必ず説明しなければなりません。
感染防止対策については、医療機関に準じた標準予防策を徹底し、感染防止対策委員会の設置や感染対策マニュアルの整備が義務付けられています。穿刺器具等の血液付着物は、堅牢で耐貫通性のある容器に入れ、バイオハザードマークの付いた容器で廃棄することが原則です。
厚生労働省の検体測定室ガイドライン – 検体採取の環境、測定方法、精度管理について詳細な規定が記載されています