活動電位オーバーシュートとは何か

活動電位とオーバーシュートの仕組み

この記事のポイント

オーバーシュートとは

活動電位発生時に細胞内の電位が0mVを超えて+30~+50mVまで陽性に逆転する現象

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ナトリウムイオンの役割

電位依存性ナトリウムチャネルが開き、細胞外から細胞内へ急激にNa+が流入することで発生

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活動電位の段階

静止電位→脱分極→オーバーシュート→再分極の過程で神経や心筋の興奮が伝わる

活動電位オーバーシュートの定義と基本概念

活動電位のオーバーシュートとは、神経細胞や心筋細胞が興奮した際に、細胞内の電位が0mVを超えて陽性に逆転する現象を指します。通常、静止状態の神経細胞は細胞内が約-70mV程度の負の電位を保っていますが、刺激を受けると膜電位が急激に変化し、ピーク時には+30~+50mV程度まで上昇します。この0mVを越える陽性電位の部分が「オーバーシュート(overshoot)」と呼ばれる現象です。

参考)興奮の発生と伝導|生体機能の統御(1)


オーバーシュートは単なる電位の逆転ではなく、細胞の興奮状態を示す重要な指標です。イカの巨大神経繊維を用いた実験では、活動電位の大きさは約100mVに達し、頂点時には細胞内部が外部に比べて約30mV正になることが観察されています。この現象の発見は、従来の「活動電位は膜の分極の消失で生じる」という考え方を覆し、活動電位のメカニズム解明において画期的な発見となりました。

参考)https://www.tmd.ac.jp/med/phy1/ptext/ap_gen.html

状態 膜電位 細胞内外の電位関係
静止電位 約-70mV 細胞内が負
閾値 約-55mV 活動電位発生の境界
オーバーシュート +30~+50mV 細胞内が正に逆転

活動電位の全体像を理解するためには、静止電位からオーバーシュート、そして再び静止電位に戻るまでの一連の過程を把握することが重要です。オーバーシュート後、細胞は再分極と呼ばれる過程を経て、元の静止電位に戻ります。

参考)インパルスは神経系の共通言語|調節する(2)

活動電位オーバーシュートにおけるナトリウムイオンの役割

活動電位のオーバーシュートは、主としてナトリウムイオン(Na+)の細胞内への急激な流入によって引き起こされます。静止状態では、細胞外にNa+が多く、細胞内にカリウムイオン(K+)が多い状態で濃度勾配が保たれており、Na+に対する透過性はK+の1/50~1/75程度と非常に低くなっています。

参考)【生理学】活動電位発生時に脱分極を起こす主な要因となるイオン…


しかし、細胞膜が刺激を受けて脱分極が一定の閾値(約-55mV)を超えると、電位依存性ナトリウムチャネルが一斉に開きます。この瞬間、Na+の透過性は静止時の600倍にもなり、濃度勾配と電気的勾配に従ってNa+が細胞内へ爆発的に流入します。この正のフィードバック機構により、さらに多くのNa+チャネルが開き、膜電位は急速に0mVを超えて陽性に逆転するのです。youtube​

参考)活動電位 – Wikipedia

  • ⚡ 静止時:Na+透過性が低く、細胞内は-70mV程度の負電位を維持
  • 🔓 閾値到達:電位依存性Na+チャネルが開き始める
  • 💨 急激な流入:Na+透過性が600倍に上昇し、Na+が細胞内へ殺到
  • 🔄 正のフィードバック:Na+流入がさらなるチャネル開口を促進
  • 📈 オーバーシュート:膜電位が+30~+50mVまで上昇

興奮時、K+の透過性はほとんど変化しないため、Na+の大量流入により細胞内側の膜電位はプラスに逆転します。この現象を「脱分極」と呼び、細胞内部が外部に対してプラスになることを「オーバーシュート」と定義しています。Na+チャネルは開口後すぐに不活性化し、ゲートを閉じることで、オーバーシュートは一過性の現象となります。youtube​​

活動電位の脱分極と再分極の過程

活動電位は脱分極、オーバーシュート、再分極という一連の過程を経て進行します。脱分極とは、静止電位の状態から膜電位がマイナスからゼロ、さらにプラスへと変化する過程を指し、これは細胞が興奮に向かう重要なステップです。

参考)神経系/活動電位とシナプス(準6級)/神経系/総論/膜電位の…


脱分極が閾値(約-55mV)に達すると、電位依存性ナトリウムチャネルが開き、Na+が細胞内に流入して膜電位は急速に上昇します。心室細胞では、この急激な電位上昇を「0相」と呼び、膜電位は+30mV程度まで達してオーバーシュートを形成します。この立ち上がり相は非常に短時間(約1~2ミリ秒)で完了します。

参考)メディカルスタッフのための“不整脈”入門講座:第1回 心臓の…

段階 イオンの動き 膜電位の変化 主なチャネル
静止電位 K+の透過性が高い 約-70mV K+漏洩チャネル
脱分極 Na+が細胞内へ流入 -70mV→+30mV 電位依存性Na+チャネル
再分極 K+が細胞外へ流出 +30mV→-70mV K+チャネル

オーバーシュートに続いて再分極が起こります。脱分極が起こった直後、Na+チャネルは閉じ、今度はK+チャネルが開きます。細胞内に多いK+が細胞外へ流出することで、膜電位は再びマイナスの方向へと戻り、最終的に静止電位である-70mV程度まで下降します。この再分極の過程により、細胞は次の刺激に応答できる状態に回復します。​
再分極の速度や特性は、細胞の種類によって異なります。心室筋では、Ca++チャネルが開いてプラトー相(2相)を形成し、活動電位の持続時間が骨格筋や神経細胞に比べて100倍以上長くなります(約300ミリ秒)。一方、神経細胞では活動電位の持続時間は数ミリ秒程度と非常に短く、迅速な情報伝達を可能にしています。

参考)不整脈という病態を説く

活動電位の閾値と全か無の法則

活動電位の発生には「閾値(いきち)」という重要な概念があります。閾値とは、活動電位が発生するための最小限の膜電位レベルを指し、一般的に約-55mV程度とされています。この閾値を「発火レベル」や「閾膜電位(threshold potential)」とも呼びます。​
刺激が閾値に達しない場合、電位依存性ナトリウムチャネルは十分に開かず、活動電位は発生しません。膜電位は一時的に変化しても、やがて元の静止電位に戻ってしまいます。しかし、刺激が閾値を超えた瞬間、Na+チャネルが一斉に開き、オーバーシュートを伴う完全な活動電位が発生します。youtube​

参考)活動電位


この現象は「全か無の法則(all-or-none law)」として知られています。閾値以上の刺激であれば、刺激の強度が強くても弱くても、発生する活動電位の形と大きさは一定です。つまり、活動電位は「発生するか、全く発生しないか」のどちらかしかなく、中間的な状態は存在しません。​youtube​

  • 🎯 閾値未満の刺激:活動電位は発生せず、静止電位に戻る
  • ⚡ 閾値以上の刺激:完全な活動電位が発生(約100mVの変化)
  • 📏 刺激強度の影響:閾値を超えれば、刺激の強さに関わらず活動電位の大きさは一定
  • 🔄 反応の二者択一:最大値(+50mV)か、全く反応がない(-70mV)かのいずれか

全か無の法則は、神経系における情報伝達の信頼性を保証する重要なメカニズムです。刺激の強度情報は、個々の活動電位の大きさではなく、活動電位の発生頻度(インパルスの頻度)によってコード化されます。これにより、長距離にわたる神経伝導でも、信号の減衰なく正確に情報を伝達できるのです。youtube​

参考:東京医科歯科大学の生理学教材では、活動電位の閾値とイオンの関係について詳細な解説がなされています。東京医科歯科大学 活動電位の分析

活動電位オーバーシュートの臨床的意義と応用

活動電位とオーバーシュートの理解は、医療現場において極めて重要な臨床的意義を持ちます。心電図(ECG)は、心筋細胞の活動電位を体表面から非侵襲的に記録する検査法であり、心臓の電気的活動を評価する標準的な手段です。心室細胞の活動電位における急激な脱分極(0相)とオーバーシュートは、心電図のQRS波として記録されます。

参考)心電図|循環


不整脈の病態理解においても、活動電位のメカニズムは不可欠です。洞結節は自発的に脱分極と再分極のサイクルを繰り返し、この規則正しい電気刺激が心房全体に伝わることで正常な心拍が維持されます。活動電位の異常は、心房細動心室頻拍などの不整脈を引き起こす原因となります。​

臨床分野 活動電位の関連性 具体的な応用
循環器内科 心筋の活動電位異常 心電図診断、不整脈治療
麻酔科 Na+チャネル遮断 局所麻酔薬の作用機序
神経内科 神経伝導速度測定 末梢神経障害の診断

局所麻酔薬は、電位依存性ナトリウムチャネルに作用して活動電位の伝播を遮断することで、その効果を発揮します。Na+チャネルがブロックされると、脱分極が閾値に達してもオーバーシュートが発生せず、痛覚などの感覚情報が中枢神経系に伝わらなくなります。これは活動電位の知識を直接応用した医療技術の代表例です。

参考)局所麻酔薬総論


神経生理学的検査では、末梢神経を電気刺激して活動電位を記録し、神経伝導速度や複合筋活動電位(CMAP)を測定します。これにより、末梢神経障害や神経筋接合部の異常を診断できます。活動電位の振幅低下やオーバーシュートの減少は、神経障害の程度を評価する重要な指標となります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscn/43/6/43_509/_pdf/-char/ja


心臓ペーシング治療においても、活動電位の理解は重要です。心臓再同期療法(CRT)では、心室の最も遅く活性化される部位(LEAS)からペーシングリードを離して配置することで、治療効果が向上することが報告されています。これは、心筋細胞の活動電位の伝播パターンを最適化する試みです。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10105854/


参考:日本臨床麻酔学会の論文では、局所麻酔薬がナトリウムチャネルに作用して活動電位を遮断するメカニズムが詳しく解説されています。局所麻酔薬総論 – 日本臨床麻酔学会誌
さらに、心筋活動電位の異常は心不全や心室性不整脈のリスク因子となることが知られており、活動電位持続時間(APD)の延長や短縮は、催不整脈性のマーカーとして臨床的に重要視されています。活動電位のオーバーシュートの振幅低下は、心筋細胞の興奮性低下を示唆し、伝導障害や不整脈の発生につながる可能性があります。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3774200/