メチル水銀中毒の症状と特徴を解説

メチル水銀中毒の症状

メチル水銀中毒の主要な症状
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中枢神経系への影響

脳と神経系が障害を受け、感覚障害や運動失調などが出現します

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視覚・聴覚の異常

視野狭窄や聴力障害が典型的な症状として認められます

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胎児への影響

妊娠中の曝露により胎児性水俣病を引き起こす可能性があります

メチル水銀中毒の感覚障害の特徴

メチル水銀中毒における感覚障害は、最も重要な初期症状の一つです。四肢末端や口周囲のしびれや異常感覚として現れることが多く、特に発症初期に高頻度で見られます。この感覚障害は、触覚や痛覚の低下として現れ、手足の先端に行くほど感覚が弱くなる「手袋・靴下型」の分布パターンが特徴的です。実際には、四肢や口周囲だけでなく、体表面全体に感覚低下が認められることが研究で明らかになっています。

参考)水俣病の発生・症候 – 熊本県ホームページ


メチル水銀は脳の大脳皮質や頭頂葉を傷害するため、皮質性感覚と呼ばれる高次の感覚機能にも影響を及ぼします。両指先や口唇、舌における二点識別覚(2点を同時に刺激した際に2点として認識できる能力)の障害が著明に認められることが確認されています。この感覚障害は、単なる末梢神経の問題ではなく、中枢神経系の傷害による症状である点が診断上重要です。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10748001/


感覚障害に加えて、患者は頭痛、疲労感、味覚・嗅覚の異常、耳鳴りといった非特異的な症状を訴えることもあります。これらの症状は比較的軽症の場合に見られることが多く、重症化すると他の神経症状が加わります。

参考)水俣病 – Wikipedia

メチル水銀中毒による運動失調と視野狭窄

運動失調は、メチル水銀中毒の代表的な症状として知られるハンター・ラッセル症候群の主要な構成要素です。小脳が障害されることにより、歩行時の不安定さ、ふらつき、動揺性の歩行が出現します。患者は「わけもなく転ぶ」「まっすぐ歩けない」といった訴えをすることが多く、日常生活に大きな支障をきたします。

参考)水俣病と水銀について|水俣病とは


この運動失調は小脳性の特徴を持ち、四肢の運動時や話す際の口の円滑な運動が障害されます。そのため、構音障害(言葉が不明瞭になる症状)も同時に現れることが一般的です。構音障害は、メチル水銀による小脳と大脳皮質の傷害により、発声に関わる筋肉の協調運動が障害されることで生じます。

参考)水銀中毒ではどのような症状がありますか? |水銀中毒


視野狭窄は、両側性求心性視野狭窄として現れ、まっすぐ見たときに周辺が見えにくくなる症状です。この症状は、視野の中心部分は保たれているものの、周辺部分が徐々に狭くなっていく特徴があります。求心性視野狭窄は、メチル水銀が視覚野など脳の特定領域を選択的に傷害することによって引き起こされます。視野狭窄と聴力障害を合わせた感覚器の障害は、水俣病の5大症状の重要な構成要素となっています。

参考)平成18年版 図で見る環境白書

メチル水銀中毒の診断と毛髪水銀検査

メチル水銀中毒の診断において、毛髪中の水銀濃度測定は最も重要な検査手段の一つです。毛髪は、人のメチル水銀に対する曝露レベルを判断する上で最も適切な媒体と考えられています。日本では、バイオモニタリングから得られるデータが、人の健康保護を目的とした様々な政策措置の実施に用いられています。

参考)https://www.env.go.jp/chemi/tmms/mtbs/mtbs-jp_005-1r.pdf


毛髪中の水銀分析には、湿式分解-還元気化原子吸光光度法が優れた手法として推奨されており、その手順は「水銀分析マニュアル」で詳細に示されています。WHOの神経学的リスク基準では、成人の曝露における毛髪水銀レベルは50μg/gが閾値とされていますが、これより低濃度の曝露でも症状が現れる可能性が指摘されています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3410367/


新潟水俣病の調査では、毛髪水銀濃度が200ppm以上であっても他覚症状がない例や、四肢の感覚障害がない例が報告されており、個人差が大きいことが知られています。診断においては、毛髪水銀値だけでなく、臨床症状の詳細な評価が不可欠です。神経学的検査では、感覚障害、運動失調、視野狭窄、聴力障害、平衡機能障害などの有無を総合的に判断します。

参考)301 Moved Permanently


新潟における103名のメチル水銀曝露成人の神経学的検査結果に関する詳細な論文

メチル水銀中毒における胎児性水俣病の特徴

胎児性水俣病は、母親が妊娠中にメチル水銀に曝露されることで発症する深刻な健康被害です。メチル水銀は血液脳関門や胎盤を容易に通過する性質を持ち、特に胎児はアミノ酸の要求量が高いため、システインと抱合体を形成したメチル水銀が経胎盤的に能動的に胎児へ輸送されます。その結果、臍帯血中の水銀濃度は母親の1.5~2倍の高濃度となることが確認されています。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/72/3/72_140/_pdf


胎児期の脳はメチル水銀への感受性が極めて高く、母親より高い濃度でメチル水銀を蓄積するため、母親に症状が現れなくても胎児に重篤な影響が出る可能性があります。胎児性水俣病の患者は、脳性小児マヒに似た症状を持って生まれることが特徴です。これは遺伝ではなく、妊娠中のメチル水銀曝露による中毒症状であることが重要なポイントです。

参考)水銀Qhref=”http://nimd.env.go.jp/archives/faq/medicine/” target=”_blank”>http://nimd.env.go.jp/archives/faq/medicine/amp;A|水俣病の医学


水俣病の発生当時、妊婦へのメチル水銀高濃度曝露により、死産における男児の過剰死が起こっていたことが研究で示唆されています。現在では、厚生労働省が「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」を作成し、妊娠女性への注意喚起を行っています。特定の大型魚介類には比較的高濃度のメチル水銀が含まれているため、妊婦は摂取量に注意する必要があります。

参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/qa/051102-1.html


厚生労働省による妊婦向けの魚介類摂取ガイドライン

メチル水銀中毒の予防と魚介類摂取の注意点

メチル水銀中毒の予防において、最も重要なのは魚介類の適切な摂取管理です。ヒトの体内に蓄積しているメチル水銀のおよそ85%は魚介類に由来するとされています。食物を介して摂取されたメチル水銀は、そのほとんどが消化管から吸収され、肝臓や腎臓に高く蓄積します。

参考)日本薬学会 環境・衛生部会ホームページ


メチル水銀は血液中でシステインとの複合体を形成し、メチオニンとの類似立体構造をとることで、アミノ酸輸送体を介して容易に脳組織に移行することが確認されています。しかし、体内に取り込まれたメチル水銀は蓄積する一方ではなく、少しずつ便や尿へと排出され、ヒトにおける生物学的半減期は一般に50~70日とされています。​
厚生労働省は、妊婦に対して特定の魚介類の摂取量の目安を示しています。1回に摂食する量が一般に80g程度(切身一切れ、刺身一人前にほぼ相当)であることを踏まえて、水銀含有量の高い魚種については摂取頻度を制限することを推奨しています。一般成人については、バランスの取れた食生活を送っていれば、通常の魚介類摂取で健康被害が生じるレベルのメチル水銀曝露はほとんどありません。

参考)https://www.env.go.jp/content/000206643.pdf


現在の日本では、水俣病に相当する健康被害を引き起こすようなレベルのメチル水銀汚染はもはやないとされています。しかし、魚介類の栄養価値を享受しつつ、メチル水銀のリスクを最小限に抑えるためには、多様な魚種を適度に摂取することが推奨されます。

参考)魚介類・鯨類の水銀についてのQ&A


日本生協連による魚介類の水銀に関する詳細なQ&A