硬膜動静脈瘻ガイドラインの診断と治療
硬膜動静脈瘻の分類と治療適応
硬膜動静脈瘻の治療方針を決定するうえで、分類は極めて重要です。現在臨床で最もよく用いられるのは、皮質静脈逆流(CVD)の有無に基づくBorden分類と、静脈洞の血流方向も考慮したCognard分類なんです。Borden分類のType 1は皮質静脈逆流がなく予後良好ですが、Type 2とType 3は皮質静脈逆流を伴い、脳出血や神経症状のリスクが高まります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcns/29/12/29_852/_pdf/-char/ja
2015年の脳卒中治療ガイドラインでは、硬膜動静脈瘻の年間出血率は平均1.8%とされていますが、皮質静脈逆流を伴わない場合は経過良好で治療が不要なことが多いです。一方、皮質静脈逆流を認める場合は年間出血率が8%、重篤な症状の出現率が年間15%、年間死亡率約10%という報告があり、積極的な治療が推奨されます。
参考)硬膜動静脈瘻
メタ解析によると、Borden Type 2では年間出血率が6%、Type 3では10%、さらに静脈拡張を伴うType 3では21%と高率になることが明らかになっています。発症形式によっても予後が異なり、無症候または軽微な症候の場合は年間出血率2%、非出血性神経脱落症候(NHND)発症では10%、出血発症の場合は46%と極めて高率なんです。
硬膜動静脈瘻の診断と血管撮影の重要性
硬膜動静脈瘻の診断には、CTやMRIによる画像診断が初期スクリーニングとして有用ですが、確定診断と治療方針の決定には脳血管撮影が必須となります。脳血管撮影では流入動脈、シャント部位、罹患静脈洞の状態、流出静脈の詳細な評価が可能で、的確な治療方法を選択するためには高精度の血管撮影機器が不可欠なんです。
参考)https://www.jnet-ejournal.org/backnumber/3-S/pdf/3-S-047.pdf
近年では3次元回転血管撮影(3D-DSA)が導入され、シャント部位の立体的な把握が可能になり、海綿静脈洞部の硬膜動静脈瘻では、3D-DSAのslab MIP画像により選択的にシャント部位(shunted pouch)を同定できるようになりました。320列area-detector CTを用いたCTアンギオグラフィーも術前支援画像として有効性が報告されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/a723b129228332c360fdf4705f86e64bc8b010a6
症状は発生部位により多様で、海綿静脈洞部では眼球結膜充血、眼球突出、複視、視力低下などの眼症状が特徴的です。横・S状静脈洞部では拍動性耳鳴りで発見されることが多く、脳への血液循環障害により認知症様症状、頭痛、けいれん発作が出現することもあります。
参考)【耳鳴りや目の異常…それ、「硬膜動静脈瘻(こうまくどうじょう…
硬膜動静脈瘻の血管内治療戦略
2015年の脳卒中治療ガイドラインによると、海綿静脈洞部や横・S状静脈洞部では血管内治療が第一選択とされています。血管内治療には経静脈的塞栓術(TVE)と経動脈的塞栓術(TAE)があり、部位と血管構築に応じて使い分けるんです。
海綿静脈洞部硬膜動静脈瘻では、TVEによる治療が原則で、下錐体静脈洞経由で海綿静脈洞にマイクロカテーテルを誘導し、プラチナコイルで選択的にシャント部位を塞栓します。TVE後の血管撮影上の病変消失率は71-89%、臨床症状の治癒率は77-96%と良好な成績が報告されているんです。下錐体静脈洞が閉塞している場合でも、多くの症例で技術的に到達可能で、困難な場合は上眼静脈直接穿刺や顔面静脈経由のアプローチも報告されています。
横・S状静脈洞部では、TAE単独では治癒率が低く、TVEの方が有効性が高いとされます。メタ解析では経動脈的塞栓術の成功率が62%であるのに対し、経静脈的塞栓術では78%と高い治療成績が示されています。静脈洞閉塞を伴う場合でも、閉塞部を通過してマイクロカテーテルを病変に到達させることで治療可能な症例が多いです。
硬膜動静脈瘻に対する液体塞栓物質Onyxの役割
2018年に日本で承認された液体塞栓物質Onyxは、硬膜動静脈瘻の治療成績を大きく向上させました。OnyxはEVOH(エチレンビニルアルコール共重合体)とDMSO(ジメチルスルホキシド)の混合物で、接着性がなく長時間注入でき、浸透性が高いという特徴があります。
Onyx導入前後の治療成績を比較した報告では、初回完全閉塞率が60%から76%に、TAEのみでの閉塞率が23%から43%に改善したことが示されています。OnyxによるTAEのメタ解析では、初回完全閉塞率82%、再発率2%、術後の神経脱落症候4%、手技関連の合併症率3%、死亡率0%という良好な成績が報告されているんです。
海外では大径バルーンを使用して静脈洞を温存しつつOnyx を経動脈的に注入する新しいテクニックや、経静脈的にバルーンを併用して静脈洞側からシャント部にOnyxを浸透させる「Onyx tunnel」という治療法も開発されています。ただし、Onyxの浸透性の高さによる合併症として、危険な吻合(dangerous anastomosis)を介した塞栓症、脳神経栄養枝閉塞による脳神経麻痺、静脈閉塞による頭蓋内出血などに注意が必要です。
硬膜動静脈瘻の部位別治療選択
前頭蓋窩、テント部、頭蓋頚椎移行部などの硬膜動静脈瘻では、流入動脈が眼動脈から分岐する篩骨動脈であるため、TAEでは視力障害のリスクがあり、開頭による流出静脈結紮術が根治性と安全性の観点から第一選択とされます。これらの部位はbridging vein shunt(非静脈洞型)であり、1本の流出静脈を遮断することで根治できるため、直達手術の良い適応なんです。
メタ解析では外科治療の有効性が証明されており、特に出血例や流出静脈に静脈瘤(varix)を伴うものは手術の適応とされています。頭蓋頚椎移行部では、外科的流出静脈閉塞により10例全例が治癒したという報告もあり、治癒率が高いことが示されています。
舌下神経管近傍(anterior condylar confluence/hypoglossal canal)の硬膜動静脈瘻は最近認識され始めた病変で、血管内治療が主流となっています。上行咽頭動脈が病側のanterior condylar confluenceに流入するのが特徴的で、TVEまたはTAEにより治療されるんです。上矢状静脈洞部は症例に応じて塞栓術、外科治療、定位的放射線療法、もしくはこれらの組み合わせにより治療されます。
治療のゴールは、皮質静脈逆流を伴う高リスク病変ではシャントの完全閉塞を目指し、少なくとも皮質静脈逆流を消失させることが求められます。低リスク病変ではQOL低下の原因となる症候を消失させることを目指し、できるだけシャントを減少させることが治療目標となります。
日本脳卒中学会『脳卒中治療ガイドライン2015』には、硬膜動静脈瘻の診断と治療に関する詳細な推奨が記載されています。
日本脳神経血管内治療学会の診療指針には、部位別の治療戦略が詳しく解説されています。
慶應義塾大学病院の医療情報サイトでは、患者向けに硬膜動静脈瘻の症状と治療法がわかりやすく説明されています。