老視と水晶体の弾力低下の関係

老視と水晶体の弾力低下

この記事のポイント
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水晶体のタンパク質変性

クリスタリンのジスルフィド結合増加や糖化反応が水晶体の硬化を引き起こす

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調節機能の低下メカニズム

水晶体核の弾性は1000倍以上低下し、毛様体筋の収縮力も減少する

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診断と最新治療

調節力測定からLA点眼薬やピノレキシンなどの薬物療法まで

老視における水晶体タンパク質の生化学的変化

老視の本質は、水晶体を構成するクリスタリンタンパク質の変性にあります。水晶体はクリスタリンというタンパク質で構成されており、特有の立体構造をとって光の乱反射を防ぎ透明性を維持していますが、加齢とともにこのタンパク質構造に重大な変化が生じます。

参考)老眼は白内障の始まり


水晶体クリスタリンの加齢変化に関する研究では、alpha-A crystallinのシステイン残基におけるジスルフィド結合が加齢とともに増加することが示されています。このジスルフィド結合の増加は、水晶体タンパク質の酸化・糖化などの翻訳後修飾の結果であり、クリスタリン蛋白質が凝集して不溶性蛋白質に変化していくのです。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/33/1/33_13-009/_pdf/-char/ja


興味深いことに、この変性過程は卵の白身がゆで卵になる過程に例えられます。透明な白身がゆで卵になると硬化して白くなるように、水晶体のタンパク質も硬化し、さらに進行すると白内障へと移行します。医療従事者として理解すべき点は、この変性は不可逆的であり、一度硬化した水晶体を柔らかく戻すことはほぼ不可能だということです。​
水晶体内の代謝変化も重要です。110週齢のマウス水晶体では、ミトコンドリア機能に依存するクエン酸やコハク酸などの代謝産物が減少しており、クエン酸回路の活性低下が水晶体弾性に影響を与えている可能性が指摘されています。​

老視発症における水晶体核と皮質の弾力低下の定量的評価

老視の機序として最も重要な因子は、水晶体の弾性低下です。しかし、水晶体の部位によって弾性の低下程度は大きく異なります。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/cataract/33/1/33_13-006/_pdf/-char/ja


水晶体の生物物理化学に関する包括的レビューによると、加齢に伴って水晶体皮質は約20倍硬くなりますが、水晶体核においては実に1000倍以上も硬化することが明らかになっています。この圧倒的な核の硬化が、調節作用の消失に直結します。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ans/56/3/56_89/_pdf


水晶体の物理的測定には、YAWASA(テック技販)などの機器が用いられます。この機器は臓器に圧力センサーを押し込み、距離と圧力を測定することで弾性を評価します。若いマウスやラットの水晶体は弾性が低いため一定の力に対して押し込める距離が長く、加齢とともに押し込み距離は減少するという測定原理です。​
水晶体囊の弾性は加齢によってほとんど変化しないのに対し、水晶体皮質は若干弾性が低下し、水晶体核は大きく弾性が低下します。この不均一な硬化パターンが、老視特有の症状発現につながるのです。​
マウスを用いた研究では、水晶体全体は年齢に比例して大きくなりますが、8カ月齢までは軸方向に優先的に変化し、その後は赤道方向と軸方向が同じ比率で変化することが報告されています。水晶体のサイズは18カ月齢あたりで停滞状態になる一方、水晶体核のサイズは年齢とともに増大し続け、屈折率も増加します。​

老視における調節力低下と毛様体筋機能の関係

老視は加齢による毛様体筋の萎縮や水晶体の弾力低下により起こります。調節機能のメカニズムを理解するには、水晶体と毛様体筋の連携システムを把握する必要があります。

参考)看護師国家試験 第102回 午後75問|看護roo![カンゴ…


毛様体筋は、水晶体を支える眼の筋肉であり、毛様体筋と水晶体は毛様小帯という細い線維で繋がっています。光が眼に入ってきたときに、この毛様体筋が収縮することで水晶体の厚みが変化し、網膜でのピント調節を行うことができるのです。

参考)特集1:老眼の正しい知識と対策 | メガネスーパー 眼鏡(め…


日本眼科学会による老視の解説では、近くのものを見る際に困難をきたした状況を老視と定義しています。この調節力の低下には、水晶体の弾力低下が主因として挙げられますが、副次的な効果として加齢により調節時の毛様体筋の変化も小さくなることが報告されています。

参考)https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=36


調節力は以下の式で計算されます。

参考)老眼視に対する処方

調節力(D)= 1/近点(m)

たとえば近点が33cm(0.33m)であれば、調節力は約3.0Dとなります。調節力測定にはプッシュアップ法が用いられ、遠方視を矯正した度数のレンズを装用させて片眼ずつ検査し、最も小さい視標がクリアに見えなくなるまで視力測定カードを眼に近づけていきます。​
興味深いことに、毛様体筋は水晶体の潤いに必要な房水を運ぶ役割もしているため、毛様体筋の衰えは水晶体の弾力を失わせ、硬化させる要因ともなってしまいます。この相互作用が、老視の進行を加速させる悪循環を形成しているのです。​

老視診断における調節力測定と早期検出法

老視の診断には、複数の検査方法が組み合わせて用いられます。眼科では、自覚的屈折検査、視力検査、加入度数測定、眼圧検査、細隙灯顕微鏡検査、眼底検査などが実施されます。

参考)https://www.acuvue.com/ja-jp/memamori/how-eyes-work/143/


調節力測定には、アコモレフという検査機器が有効です。調節力測定機器アコモレフの紹介によると、この機器は目の調節力を測ってグラフ化・可視化してくれるため、老眼の進み具合を客観的に評価できます。youtube​
早期老視の検出には、近方実用視力の測定が有用です。早期老視のカットオフ値に関する前向き研究では、2020年から2021年にかけて日本の2つの医療施設で20歳以上の連続症例を対象に、40cmでの両眼遠方矯正近方視力、調節幅、老視の自覚、近見視力関連QOLなどを測定しています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11607044/


調節力の豊富な若年者では、試作アコモドメータの調節刺激に変化を与えることにより、調節緊張・弛緩時間が測定できます。しかし、ほとんど調節力を持たない高齢者では測定方法に工夫が必要です。加齢に伴い調節力は低下しますが、調節力の低下と完全矯正下で測定した片眼の明視時間の延長には有意な相関があり、明視時間が調節機能の一つの時間的測定法になり得ることが推定されています。

参考)https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/107_380.pdf


老視の定義には課題も残されています。視機能評価では水晶体の形状変化がみられなくなった症例でも偽調節というボケやコントラスト低下の許容する範囲が存在し、その範囲は視標の大きさや種類に依存するため、判定にばらつきが生じる可能性があります。​

老視治療の最新動向と水晶体弾性改善アプローチ

老視治療のアプローチは大別して三つに分けられます。一つ目は累進屈折力眼鏡などの視線移動により視覚の空間周波数特性の山を移動させる方法、二つ目はピンホール効果や収差を活用して被写界深度を広げる治療法、三つ目は遠近コンタクトレンズや多焦点眼内レンズのようにレンズ面に回折構造や屈折構造をもたせる方法です。​
薬物療法の分野では、注目すべき進展が見られます。ピノレキシン点眼薬は、ラットおよびヒトの臨床データにおいて調節力低下を抑制することが示されています。セレンやカルシウムと結合する作用や、キセノン体仮説など、細胞小器官のない水晶体線維細胞における代謝産物や蛋白質を介して物理的特性に影響していることが考えられます。​
加齢に伴う水晶体弾性変化と恒常性異常に関する研究によると、米国のAbbVie社が緑内障の点眼薬として知られるピロカルピン修飾化合物(AGN-190584)を用いて老眼治療薬の治験を行い、近点視力のエンドポイントを充足したとして米国食品医薬品局へ承認申請を行っています。​
還元作用をもつlipoic acid(LA)が水晶体内のジスルフィド結合を減少させ、5週間のLA点眼によって8カ月齢のマウス水晶体の弾性を低下させる(=柔軟性を改善させる)ことが示されています。現在、LAは1.5% Dioptin(UNR844, Novartis社)として45~65歳までの被験者を対象とした治験第IIa相が実施されています。

参考)日本白内障学会


レスベラトロールを用いた研究も興味深い結果を示しています。12週齢の若いラットに対してレスベラトロールを52週齢まで経口投与を継続し、水晶体弾性をYAWASAによって計測した結果、水晶体の弾性増加を有意に抑制することが示されました。レスベラトロールはSirt1の活性化標的分子としても知られ、水晶体上皮細胞酸化ストレスから防御する機能があることも報告されています。​

老視予防における生活習慣と栄養学的介入

老視の進行を遅らせるためには、若い頃、例えば20代からの生活習慣対応が重要です。一度硬化した水晶体を柔らかく戻すことはほぼ不可能であるため、予防的アプローチが極めて重要となります。​
ピント調節機能を鍛える一日5分のトレーニングが推奨されています。人さし指を目からまっすぐ30cm離し、指先を10秒見つめた後、目線を6m程度先に移して10秒見つめるという動作を1セットとして一日10回行うと、老眼の進行を遅らせる効果が期待できます。

参考)老眼の対策・予防法・目のトレーニング【眼科医が教える】


眼科医が教える老眼対策では、目に良い生活習慣として以下が挙げられています。映画などの長時間動画はスマホではなくテレビや大きめのモニターで視聴すること、少しでも見えづらさを感じたら老眼鏡を使用すること、などです。​
睡眠の質も重要です。良質な睡眠は目の神経や筋肉の緊張を和らげ、ピント調節機能の回復を助けることがわかっています。慢性的な睡眠不足は眼球内の毛様体筋や水晶体もダメージを受けるため、目の組織の老化につながりかねません。

参考)老眼の進行を抑えるには?今すぐできるケア&対処法を解説


ブルーライトや紫外線の刺激をできるだけ減らすことも重要です。スマートフォンやパソコンを長時間使用すると目の疲れが蓄積し、ピント調節機能に負担がかかります。適度に休憩を取る、ブルーライトカットフィルムやブルーライト対策メガネを活用するなど、目の負担を軽減する対策を取り入れることが推奨されます。​
紫外線による刺激は老眼だけでなく、さまざまな眼病リスクを高める要因とされています。UVカット機能付きのメガネやサングラスを外出時に使用することで、紫外線によるダメージを抑え、目の健康を守ることができます。​
栄養学的介入としては、抗酸化作用をもつ成分の摂取が注目されています。レスベラトロールなどの抗炎症および抗酸化作用をもつ機能性食品が、水晶体弾性に対して保護的に働く可能性が示されています。​