妊娠高血圧症候群と帝王切開の基準
妊娠高血圧症候群における重症度の基準
妊娠高血圧症候群の重症度判定は、母体と胎児の安全確保において最も重要な指標となっています。
収縮期血圧が160mmHg以上、または拡張期血圧が110mmHg以上の場合、重症高血圧と判断されます。この血圧値は母体の脳出血リスクが顕著に上昇する閾値として設定されており、脳卒中を発症した妊婦の96%が収縮期血圧160mmHg以上であったという報告があります。
参考)妊娠中の高血圧~赤ちゃんへの影響と対処法・治療法とは~
タンパク尿が2g/日以上認められる場合も重症と分類され、腎機能障害の進行を示す重要な指標です。さらに血小板減少、肝機能障害、溶血を伴うHELLP症候群、けいれん発作である子癇、常位胎盤早期剥離といった合併症の発症は、母体の生命に直結する緊急事態となります。
参考)http://www.doyaku.or.jp/guidance/data/H24-8.pdf
妊娠高血圧症候群の帝王切開適応となる状況
妊娠高血圧症候群そのものが絶対的な帝王切開の適応というわけではありませんが、母児の状態によっては帝王切開が必要となります。
参考)妊娠高血圧症候群の場合、帝王切開になりますか? |妊娠高血圧…
血圧が160/110mmHg以上で複数回測定される場合、高血圧緊急症として速やかに降圧を行い、母児の生命に危険な状態と判断されれば妊娠週数に関係なく妊娠終結を図ります。特に子癇によるけいれん発作や脳出血、HELLP症候群による多臓器不全のリスクが高い場合は、総合病院への緊急搬送のうえ、帝王切開が選択されます。
胎児側の要因としては、胎児発育不全や胎児機能不全により、陣痛のストレスに耐えられないと判断される場合も帝王切開の適応となります。また、常位胎盤早期剥離が発症した場合、母子ともに命の危険が極めて高く、緊急帝王切開が必要です。
参考)【助産師執筆】妊娠30週 妊娠中に起こる高血圧が危険!実際に…
重症でない高血圧であっても、妊娠37週以降から妊娠40週0日までには妊娠終結を図ることが明記されており、経過観察のみで様子を見続けることは推奨されていません。
産婦人科診療ガイドラインにおける妊娠高血圧症候群の管理
妊娠高血圧症候群における経腟分娩の可能性
母児の状態が安定していれば、妊娠高血圧症候群であっても第一選択は経腟分娩となります。
参考)妊娠高血圧症候群について
基本的には他の産科適応がなければ経腟分娩が選択され、陣痛未発来の症例に対しては陣痛誘発術が行われます。妊娠34週以降の妊娠高血圧腎症における陣痛誘発では、初産婦の約7割、経産婦の約8割が経腟分娩に至っており、積極的な帝王切開は推奨されていません。妊娠33週未満の早産期においても、陣痛誘発と計画的帝王切開を比較した研究では、誘発分娩群で半数以上が経腟分娩に成功し、母体合併症も有意に少なかったと報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10521213/
経腟分娩を行う際は、適切な血圧管理や痙攣予防のために降圧薬、抗けいれん薬である硫酸マグネシウム、硬膜外麻酔による無痛分娩などが使用されることがあります。無痛分娩は陣痛による血圧上昇を抑制する効果があり、医学的に必要と判断された場合は保険適用となる可能性もあります。
参考)https://tyuushi-obgyn.jp/kikanshi/vol69_no2/pdf/39.pdf
妊娠高血圧症候群の分娩時期の判断基準
妊娠高血圧症候群における分娩時期の決定は、母体の安全と胎児の成熟度のバランスを慎重に見極める必要があります。
重症高血圧が持続し、降圧薬治療でもコントロールが困難な場合や、子癇の前駆症状である頭痛・眼のちらつき・手のしびれなどが出現した場合は、早急な妊娠終結が必要です。HELLP症候群では腹痛や吐き気といった症状が現れ、急激に進行するため迅速な対応が求められます。
参考)妊娠高血圧症候群 – 公益社団法人 日本産科婦人科学会
妊娠37週以降であれば、たとえ軽症であっても妊娠40週0日までには妊娠終結を図ることが推奨されています。これは合併症のリスクを最小限に抑えるための方針です。一方で、妊娠34週未満など胎児が未熟な時期であっても、母体の臓器障害が進行する場合や胎児の状態が悪化する場合は、妊娠週数に関係なく妊娠終結が選択されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/58/2/58_245/_pdf/-char/ja
降圧治療を続けながら妊娠期間を延長する待機的管理も選択肢となりますが、24時間体制で母児の状態を厳密に監視できる環境が必須です。
参考)https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=to63%2F61%2F9%2FKJ00005703743.pdf
妊娠高血圧症候群の帝王切開後の特殊な管理
妊娠高血圧症候群の症例では、帝王切開後も特別な周術期管理が必要となります。
参考)汎下垂体機能低下症・重症妊娠高血圧症候群(HDP)を合併した…
分娩後には循環血漿量の変動が大きく、陣痛収縮ごとに静脈還流量が300~500ml増加するため、心拍出量も増加します。重症妊娠高血圧症候群では、帝王切開後に肺水腫を合併するリスクが高く、産褥3日以内の厳重な体液管理と呼吸循環モニタリングが重要です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/0f57d1a024a689ef0d8fb8e6fe3493be13ed4910
脊椎麻酔下での帝王切開では、麻酔による血圧低下と妊娠高血圧症候群による血圧上昇が相反するため、周術期の血圧変動を慎重に管理する必要があります。また、汎下垂体機能低下症を合併するような複雑な症例では、集学的な周産期体液管理が求められます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/f57bb7c1beff90e528f296e28d1d848082daa662
高血圧は出産後に改善することがほとんどですが、一部の症例では高血圧がなかなか軽快せず、長期的なフォローアップが必要となります。産後の血圧管理が不十分な場合、将来的な心血管疾患や腎不全のリスクが上昇することも報告されています。