トリヨードサイロニンとトリヨードチロニンの概要
トリヨードサイロニンの生化学的特性と構造
トリヨードサイロニン(Triiodothyronine, T3)は、チロニン骨格にヨウ素原子3個が結合した甲状腺ホルモンです 。正式な化学名は3,5,3′-トリヨードサイロニンであり、トリヨードチロニンとも呼ばれます 。分子量は約651ダルトンで、T4(サイロキシン)と比較してヨウ素原子が1個少ない構造を持ちます 。
この構造的差異により、T3はT4よりも細胞透過性が高く、即効性があります 。血液中では約99.7%がサイロキシン結合グロブリン(TBG)やアルブミンなどの血清タンパク質と結合しており、わずか0.2~0.3%が遊離型(FT3)として存在します 。
実際にホルモン活性を発揮するのは遊離型のT3のみであり、結合型は貯蔵機能を果たしています 。T3の血清半減期は約1.5日とT4(約7日)よりも短く、より迅速な生理調節を可能にしています。
参考)バセドウ病などの甲状腺中毒症|青葉区市が尾駅の内分泌内科|さ…
トリヨードサイロニンの産生と代謝メカニズム
甲状腺から直接分泌されるT3は全体の約20%に過ぎず、残りの約80%は末梢組織においてT4が5′-脱ヨード酵素(5′-deiodinase)により脱ヨード化されて生成されます 。この変換は主に肝臓、腎臓、心臓、骨格筋などで行われ、各組織の代謝需要に応じて調節されています 。
甲状腺専門医療機関による詳細な代謝機序の解説
甲状腺濾胞腔では、チログロブリンのチロシン残基がヨード化を受け、モノヨードチロシン(MIT)とジヨードチロシン(DIT)が形成されます 。MIT1個とDIT1個がペルオキシダーゼにより重合してT3が生成される一方、DIT2個の重合によりT4が形成されます。
興味深いことに、T4の約42%が5′-脱ヨード酵素によりT3に変換される一方、約38%は3-脱ヨード酵素によりリバースT3(rT3)に変換されます 。rT3は生物学的活性を持たず、急速に分解・排泄されるため、これは甲状腺ホルモンの活性調節機構として機能しています。
トリヨードサイロニンの検査値と基準範囲
臨床検査では、総T3(TT3)と遊離T3(FT3)の両方が測定可能ですが、現在の診断では主にFT3が重要視されています 。一般的な基準値は以下の通りです:
総T3の基準値 📊
- 80~160 ng/dL(ECLIA法)
- 0.80~1.60 ng/mL
遊離T3(FT3)の基準値
- 1.7~4.0 pg/mL
参考)遊離トリヨードサイロニン
- 2.2~4.1 pg/mL
参考)https://www.pluswellness.com/dictionary/checkup/010007.html
- 2.30~4.00 pg/mL
参考)甲状腺
測定方法や施設により基準値が異なるため、各医療機関で設定された参考基準範囲との比較が重要です 。FT3測定では、異好性抗体などの非特異反応物質の存在により偽値を示すことがあるため、他の検査結果や臨床症状との総合的な判断が必要です 。
参考)甲状腺ホルモン検査(TSH、FT3、FT4)結果の見方|お茶…
甲状腺機能評価では、TSH、FT4と併せてFT3を測定し、3つの検査結果を組み合わせて診断します 。特に甲状腺機能亢進症の診断では、FT3の上昇がFT4より早期に出現することが知られており、T3優位型甲状腺中毒症の診断には不可欠です。
トリヨードサイロニン高値を示す疾患と病態
T3およびFT3の高値は主に甲状腺機能亢進症を示唆し、以下の疾患で認められます :
原発性甲状腺機能亢進症 🔥
続発性甲状腺機能亢進症
- TSH産生下垂体腺腫
- 絨毛性ゴナドトロピン産生腫瘍
破壊性甲状腺炎
- 亜急性甲状腺炎(急性期)
- 無痛性甲状腺炎
- 産後甲状腺炎
バセドウ病では、甲状腺刺激免疫グロブリン(TSI)や甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAb)により甲状腺が持続的に刺激され、T3とT4の過剰産生が生じます 。特にT3優位型甲状腺中毒症では、FT3のみが上昇し、FT4は正常範囲内にとどまることがあり、診断において重要な所見となります。
参考)甲状腺機能亢進症 – 12. ホルモンと代謝の病気 – MS…
破壊性甲状腺炎では、炎症により蓄積されたホルモンが血中に放出されるため、一過性のT3上昇が見られます。亜急性甲状腺炎では典型的に発熱、前頸部痛、CRP上昇を伴い、無痛性甲状腺炎では疼痛を伴わないことが鑑別点となります。
トリヨードサイロニン低値と低T3症候群の臨床的意義
T3低値は甲状腺機能低下症以外にも、様々な病態で認められる重要な臨床所見です 。特に注目すべきは、重篤な全身疾患に伴う低T3症候群(Low T3 syndrome)または非甲状腺疾患症候群(Non-thyroidal illness syndrome, NTI)です 。
参考)低T3症候群|横浜甲状腺クリニック 甲状腺専門 横浜市 神奈…
原発性甲状腺機能低下症 📉
- 橋本病(慢性甲状腺炎)
- 甲状腺手術後
- 放射性ヨード治療後
- 先天性甲状腺機能低下症
低T3症候群の原因
低T3症候群では、TSHとT4が正常範囲内であるにも関わらず、T3のみが低下します 。これは生体防御反応として、T4からT3への変換が減少し、代わりに活性のないリバースT3(rT3)の産生が増加することで、エネルギー消費を抑制しようとする適応機構と考えられています。
末期腎不全患者では、軽度のFT4・FT3低値とTSH高値が特徴的で、ヨード排泄能の低下により海藻摂取制限のみでTSHが著明に改善することが報告されています 。このような病態特異的な基準範囲の設定が、適切な診断には重要です。
参考)慢性腎臓病と甲状腺疾患