圧痛と反跳痛の違い
圧痛の基本的特徴と発生機序
圧痛(あっつう)は、腹部診察において医師が指などで腹壁を圧迫した際に患者が感じる痛みを指します 。この症状は正常では痛みを感じることのない部位に発生する場合と、正常では痛みを感じない軽い圧で痛みが発生する場合があります 。
圧痛の発生原因には炎症、組織の凝り、緊張、神経の異常などが考えられており、多くの症例で組織の治癒とともに症状は軽減します 。腹部診察では、圧痛の有無だけでなく、その部位、範囲、程度を詳細に評価することが重要です 。
参考)圧痛
虫垂炎診断において、マックバーニー点(右上前腸骨棘と臍を結ぶ線を3等分し、外側から3分の1の位置)などの特定の圧痛点は診断上極めて重要な情報を提供します 。しかし、圧痛のみが認められる場合は通常、緊急性のない腹痛と判断されることが多いです 。
参考)腹痛について(後編)|医療コラム|本間内科医院ホームページ
反跳痛の特異的機序と診断的価値
反跳痛(はんちょうつう)は、腹壁を静かに圧迫し、急激に圧迫を解いた際に生じる強い疼痛を指し、ブルンベルグ徴候(Blumberg’s sign)とも呼ばれます 。この症状は壁側腹膜の炎症性刺激によって生じ、筋性防御とともに重要な腹膜刺激症状として位置づけられています 。
反跳痛の検査方法は、腹壁を第2、3、4手指で垂直にゆっくりと深く圧迫し、急にその手を離すというものです 。圧迫時よりも圧迫解除時に強い痛みを感じる場合、反跳痛陽性と判断され、腹膜炎の存在を強く示唆します 。
参考)ブルンベルグ徴候(ブルンベルグビコウ)について 【病院検索ホ…
この徴候が現れる原因として、急性虫垂炎、急性胆囊炎、急性膵炎などの炎症が腹膜にまで波及すること、消化管穿孔による消化液の腹膜への漏出、外傷による腹腔内出血などが挙げられます 。反跳痛が認められる場合には必ず腹痛がみられますが、嘔気・嘔吐、発熱、頻脈などの症状もともに現れることが多いです 。
圧痛と反跳痛を伴う代表的疾患の鑑別
急性虫垂炎では、マックバーニー点における圧痛とともに反跳痛が重要な診断指標となります 。初期段階では圧痛のみを認めますが、炎症が腹膜に及ぶと反跳痛と筋性防御が出現し、緊急手術の適応となります 。
参考)マックバーニーの圧痛点
急性胆囊炎では、右季肋部に圧痛を認めることが多く、重症化すると腹膜刺激症状として反跳痛が出現します 。一方、急性膵炎では心窩部から左季肋部にかけて強い圧痛を示し、重篤な場合には汎発性腹膜炎に進展することがあります 。
参考)「腹膜炎」は、フィジカルアセスメントだけで見抜けるの?
消化管穿孔による急性腹膜炎では、初期の限局した圧痛から、時間経過とともに腹部全体に反跳痛と筋性防御が広がり、最終的に「板状硬」と呼ばれる腹壁の著明な緊張を呈します 。このような症例では迅速な外科的処置が必要となります 。
参考)302 Found
診断における腹膜刺激症状の評価方法
腹部診察では、痛みの訴えがある部位を最後に触診し、弱い圧迫から徐々に強くしていく手順が重要です 。筋性防御や反跳痛の評価には、必ず左右を比較して行うことが原則とされています 。
現代では、従来のブルンベルグ徴候による反跳痛の検査は、患者に不要な痛みを与えるとして推奨されなくなってきており、代わりに軽い打診(percussion tenderness)での患者の反応を観察する方法が用いられています 。また、咳嗽時の疼痛増強の有無を確認することも、反跳痛の代替検査として有用とされています 。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=57
腹膜刺激症状の評価においては、高齢者や乳幼児、経産婦では典型的な症状が現れにくいことがあり、注意深い観察が必要です 。また、肥満患者では筋性防御の確認が困難な場合があるため、総合的な臨床判断が求められます 。
参考)筋性防御(きんせいぼうぎょ)とは? 意味や使い方 – コトバ…
急性腹症診断における統合的アプローチ
急性腹症の診断では、圧痛と反跳痛の評価に加えて、痛みの発症様式、時間経過、随伴症状の詳細な聴取が不可欠です 。バイタルサインの変化、血液検査での炎症反応の程度、画像検査の所見を総合的に評価することで、正確な診断と治療方針の決定が可能になります 。
参考)https://www.matsuyama.jrc.or.jp/wp-content/uploads/pdfs/mr1_17.pdf
腹部造影CT検査は近年、急性腹症の診断確定において欠かせない検査となっており、特に症状を起こしている急性疾患の特定に極めて高い精度を示しています 。しかし、基本的な身体診察による圧痛と反跳痛の評価は、迅速なトリアージと初期診断において今なお重要な役割を果たしています 。
参考)急性腹症
診断が困難な症例では、腹壁神経絞扼症候群(ACNES)のようなまれな疾患も鑑別に含める必要があり、Carnett徴候(腹筋緊張時の疼痛増強)などの特殊な身体所見の評価が有用です 。このような症例では、内臓痛と体性痛の鑑別が診断の鍵となります 。