院内感染とSPACE細菌の対策管理
院内感染におけるSPACE細菌の重要性と特徴
SPACE細菌とは、Serratia、Pseudomonas、Acinetobacter、Citrobacter、Enterobacterの頭文字を取った略語で、院内感染で特に問題となるグラム陰性桿菌群を指します 。これらの細菌は健常者に感染症を引き起こすことは稀ですが、入院患者においては深刻な日和見感染の原因となります 。
参考)医学書院/週刊医学界新聞 【〔新連載〕院内感染対策のストラテ…
院内環境では常に多くの患者が抗菌薬にさらされており、この状況がselective pressure(遺伝的自然淘汰)として作用し、薬剤耐性を獲得した細菌が生き残りやすい環境となっています 。そのため、SPACE細菌は通常の抗菌薬に対して高い耐性を示し、治療に際しては広域抗菌薬が必要となります 。
参考)第11回 院内感染症までカバーできるセフェピム(第四世代セフ…
また、これらの細菌による感染症は、大腸菌やクレブシエラなど市中感染の起因菌と同じグラム陰性菌であっても、院内で検出される場合は全く異なる対応が必要となるため、院内感染と市中感染を明確に区別することが重要です 。
院内感染対策における手指衛生と標準予防策の実践
手指衛生は院内感染対策の最も基本的かつ重要な要素です 。150年以上前から感染対策の根幹として実践されており、現在ではアルコール製剤による擦式手指消毒が推奨されています 。
参考)手指衛生
標準予防策(スタンダードプリコーション)では、すべての患者の血液、汗を除く体液・分泌物・排泄物、健常でない皮膚、粘膜を感染性があるものとして取り扱います 。この考え方は診断されていない感染症や未知の感染症への対応にも有効で、すべての患者に適用される基本的な感染制御策となっています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001243398.pdf
WHOが推奨する手指衛生の5つのタイミングは以下の通りです :
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/2.01_hyoujunyobousaku.pdf
- 患者に直接接触する前
- 無菌操作を行う前
- 体液曝露のリスクがある後
- 患者に接触した後
- 患者環境に触れた後
手指衛生における重要なポイントは、十分な量のアルコール製剤を使用し、推奨された方法を確実に実施することです 。目に見える汚れがある場合や急性胃腸炎の流行期には、石鹸と流水による手洗いを併用する必要があります 。
院内感染サーベイランスによる監視体制の構築
院内感染サーベイランスは、感染症や薬剤耐性菌の発生状況を継続的に監視し、その結果を用いて感染制御を実施することで院内感染の発生を抑制する重要なシステムです 。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2017_03/002.pdf
日本では厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業が実施されており、全国の医療機関から薬剤耐性菌の感染発生動向データを収集・分析しています 。JANISシステムは参加医療機関の院内感染対策を支援し、細菌検出状況や薬剤感受性パターンの情報提供を行っています 。
サーベイランスの効果として以下が挙げられます :
- 監視効果による医療関連感染の減少
- ベースラインの把握とアウトブレイクの早期発見
- 感染予防・管理に関する介入の評価
- 医療の質改善への貢献
特にMRSAサーベイランスは院内感染対策の効果を判定する重要な指標となっており、月別・病棟別に患者数を確認し、アウトブレイクの有無を継続的に観察しています 。
参考)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/renraku_sueveillance/surveillance.pdf
院内感染による医療への影響と経済的負担
日本の大規模保険請求データベースの解析によると、7,396万人の入院患者のうち、院内感染の罹患率は4.7%に達しており、これは市中感染の9.7%と比較して決して低い数値ではありません 。
参考)日本における市中感染と院内感染の罹患率と死亡率~全国7千万例…
院内感染による影響は深刻で、院内死亡率は市中感染が8.3%であるのに対し、院内感染では14.5%と有意に高く、調整平均差は4.7%となっています 。さらに院内感染群では臓器サポートや患者当たりの医療費が高く、入院期間も延長する傾向にあります 。
特に85歳以上の高齢者では院内感染の増加傾向が顕著で、年間0.94%の有意な増加が認められており、高齢社会における院内感染は入院患者にとって大きな負担となっています 。済生会のDPC請求病院54施設での調査では、入院中院内感染発症者は死亡退院リスクが高く、生存退院者でも入院期間が全国平均値を超えるリスクが高いことが報告されています 。
参考)https://soken.saiseikai.or.jp/bulletin/pdf/01/05.pdf
このような状況から、院内感染対策の徹底は患者の生命予後改善だけでなく、医療経済の観点からも極めて重要であることが明らかとなっています。
院内感染防止における個室管理と環境整備の重要性
薬剤耐性菌による院内感染を防ぐためには、感染患者の適切な隔離と環境管理が不可欠です 。感染経路に応じた予防策として、空気感染では個室の陰圧室管理、飛沫感染では個室管理またはカーテンによる区分けが実施されます 。
個室管理の際は以下の対策が重要です :
- 医療者の病室入室前の手指消毒と手袋・ガウンの着用
- 部屋を出る際の手袋・ガウンの適切な脱衣と手指消毒
- 患者専用ケア用品の使用と他患者との共有回避
環境整備においては、患者周囲の高頻度接触表面を日常的に清掃し、血液や喀痰などで特別に汚染された場合のみ消毒を実施します 。壁や床などの環境表面は、特別な汚染がない限り消毒は不要ですが、血液・喀痰等が付着した場合は手袋着用の上でペーパータオルで拭き取り、次亜塩素酸ナトリウムによる清拭消毒を行います 。
参考)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/yobousaku_hyoujun_keirobetsu/hyoujun.htm
また、医療器具や機器の適切な洗浄・消毒・滅菌処理も重要で、再使用可能な器材は他の患者ケアに安全に使用できるよう確実に処理してから使用し、使い捨て物品は適切に廃棄する必要があります 。これらの環境管理策により、薬剤耐性菌が手などに付着して医療従事者を介して広がることを効果的に防ぐことができます 。
参考)院内感染対策の不備