アセチルサリチル酸と加水分解の反応機構

アセチルサリチル酸の加水分解反応機構

アセチルサリチル酸の加水分解反応機構概要
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分子レベルでの反応過程

水分子の求核攻撃により、エステル結合が切断されサリチル酸と酢酸が生成

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pH依存性反応特性

塩基性条件下で反応速度が飛躍的に向上し、酸性条件でも緩慢に進行

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生体内代謝過程

肝臓での初回通過効果により、28-35%が代謝されサリチル酸に変換

アセチルサリチル酸の分子構造と加水分解反応性

アセチルサリチル酸(アスピリン)は、サリチル酸のフェノール性ヒドロキシ基がアセチル基によりエステル化された構造を有しており、この部分が加水分解の反応点となる 。分子内にはベンゼン環に結合した2つの官能基(カルボキシル基とアセチル化されたヒドロキシ基)が存在し、これらの電子的相互作用が反応性に影響を与える。

参考)アスピリンの合成実験 〜はじめての化学合成〜

エステル結合(-COO-)は水分子による求核攻撃を受けやすく、特に環境のpHや温度によってその反応性が大きく変化する 。アセチル基の電子吸引性により、エステル結合の炭素原子が正電荷を帯びやすくなり、水分子の攻撃を受けやすい状態となっている。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ciqs/2017/0/2017_O8/_pdf

湿度の存在下では、アセチルサリチル酸は徐々に分解してサリチル酸と酢酸を生成し、この反応は不可逆的に進行する 。固体状態であっても水分の存在により分解が進行するため、医薬品の貯蔵安定性に大きく影響する。

参考)http://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1amp;yjcode=1143001X1066

アセチルサリチル酸加水分解の詳細反応機構

アセチルサリチル酸の加水分解反応は、主に2つの異なる機構で進行することが理論計算により明らかになっている 。第一の機構は水1分子による直接的な加水分解であり、遷移状態TS1を経て進行する。この場合、活性化エネルギーは27.2 kcal/molと計算されている。
第二の機構はより複雑で、水2分子が関与するプロトン移動を介した反応過程である 。この機構では水分子が協調的に作用し、一つの水分子がプロトン供与体として、もう一つが受容体として機能する。遷移状態TS2では活性化エネルギーが40.5 kcal/molとなり、熱力学的には不利であるが、特定の環境条件下では優勢となる可能性がある。
反応の進行により、C-O結合の切断と同時にO-H結合の形成が起こり、四面体中間体を経て最終生成物が形成される 。この過程で、水分子の求核攻撃によりエステル結合が開裂し、サリチル酸のフェノール性ヒドロキシ基が再生される。

参考)https://protmed.uoradea.ro/facultate/publicatii/protectia_mediului/2018A/im/04.%20Ganea%20Mariana%201.pdf

pH条件による加水分解速度論的変化

アセチルサリチル酸の加水分解速度は環境のpHに強く依存し、特に塩基性条件下で劇的に加速される 。pH 4-8の範囲では反応速度がほぼ一定であるが、より塩基性の条件では水酸化物イオン(OH⁻)が直接求核攻撃を行うため、反応速度が大幅に増加する。

参考)http://icho.csj.jp/46/pre/IChO46_Prep_Q35_Ver2.pdf

塩基触媒による加水分解機構では、水酸化物イオンがエステル結合の炭素原子に直接攻撃し、四面体中間体を形成後、酢酸イオンが脱離する 。この反応はSN2型機構に従い、反応速度は[OH⁻]の濃度に比例する。
酸性条件下では、プロトンによりカルボニル酸素が活性化され、水分子の求核性が相対的に向上する 。しかし、この条件での反応速度は塩基性条件と比較して著しく遅い。実験的には、pH 1-2の強酸性下でも加水分解が確認されており、医薬品の胃内での安定性評価に重要な知見を提供している。

参考)https://www.chem-agilent.com/appnote/pdf/an-monitoring-flow-chemistry-reaction-1260-infinity-II-prime-lc-5994-4733ja-jp-agilent.pdf

生体内におけるアセチルサリチル酸代謝と加水分解

生体内では、アセチルサリチル酸の加水分解が複数の組織で同時に進行し、主要な代謝経路となっている 。肝臓における初回通過効果により、経口投与されたアスピリンの28-35%が代謝され、血中に到達する前にサリチル酸に変換される。

参考)https://www.viatris-e-channel.com/viatris-products/di/detail/assetfile/Aspirin_IF.pdf

血清、肝臓、腎臓などの各種組織に存在するエステラーゼ酵素が加水分解反応を触媒し、酵素反応により非酵素的加水分解よりも高効率で進行する 。0.65gのアスピリン投与後1時間で、血漿中の未変化アスピリンは全サリチル酸の約30%にまで減少する。
腸管での吸収過程においても加水分解が進行し、特に十二指腸のアルカリ性環境(pH 8-9)では迅速な分解が起こる 。この現象により、アスピリンの生物学的利用率は50-70%に制限され、薬物動態に大きな影響を与えている 。

参考)https://study.com/academy/lesson/hydrolysis-of-aspirin-mechanism-reaction.html

アセチルサリチル酸安定性に対する水分および温度の影響

アセチルサリチル酸の化学的安定性は水分含量と温度に極めて敏感であり、これらの因子が薬物の貯蔵安定性を決定する主要な要因となっている 。非凍結水(NFW)含量が増加すると、分子の流動性が向上し、加水分解反応の進行が促進される。

参考)301 Moved Permanently

温度上昇により反応速度定数が指数関数的に増加し、アレニウス式に従った温度依存性を示す 。40°C、相対湿度75%の条件下では、5週間で顕著な分解が観察され、UV-Vis分光光度法により分解生成物のサリチル酸が定量的に検出される 。
セルロース系添加剤との混合により、水分による分解を抑制することが可能であり、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)や ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)が保護効果を示す 。これらの高分子は水分子を結合し、自由水の活量を低下させることで加水分解反応を抑制する機構が提案されている。

参考)301 Moved Permanently

アスピリン結合サリチル酸と酢酸への分解は、湿度84%の条件下で計算値の3.3倍の速度で進行することが実測値から明らかになっており、理論予測と実際の分解挙動に差異があることが報告されている 。