母子感染の病原体一覧と感染経路
母子感染とは、母体から胎児や新生児に病原体が伝播される感染現象で、医学的には垂直感染とも呼ばれます。感染経路は主に3つに分類され、それぞれ異なる病原体が関与しています。
参考)http://jsog.umin.ac.jp/70/jsog70/2-2_Dr.Kawana.pdf
胎内感染では、風疹ウイルス、サイトメガロウイルス、トキソプラズマなどが代表的な病原体として知られています。これらの病原体は胎盤を通過して胎児に直接感染し、先天性感染症を引き起こす可能性があります。一方、産道感染では単純ヘルペスウイルス、B群溶血性連鎖球菌(GBS)、クラミジア・トラコマティスなどが主要な原因となります。
参考)母子感染を知っていますか? – 高崎市公式ホームページ
母乳感染については、HTLV-1やHIVが代表的な病原体です。特にHTLV-1では、母乳を介した感染が最も高頻度で起こることが知られており、授乳方法の工夫により感染リスクを大幅に軽減できることが報告されています。
参考)母子感染予防
母子感染を起こすウイルス性病原体一覧
ウイルス性の母子感染では、風疹ウイルス、サイトメガロウイルス(CMV)、単純ヘルペスウイルス(HSV)が最も重要な病原体として挙げられます。風疹ウイルスは胎内感染のみを起こし、妊娠4~20週の初感染により先天性風疹症候群を引き起こします。
B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)は、主に産道感染により母子感染を起こしますが、胎内感染も報告されています。HIVとHTLV-1は、胎内感染、産道感染、母乳感染すべてで伝播可能な特徴を持っています。
水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は胎内感染を起こし、妊娠初期の感染では胎児水痘症候群を、分娩前後の感染では重篤な新生児水痘を引き起こす可能性があります。パルボウイルスB19は胎内感染により胎児貧血や胎児水腫を引き起こすことが知られています。
母子感染を起こす細菌・寄生虫病原体一覧
細菌性の母子感染では、梅毒トレポネーマが最も重要な病原体の一つです。梅毒は胎内感染と産道感染の両方で感染し、先天梅毒として神経や骨の異常をきたす可能性があります。B群溶血性連鎖球菌(GBS)は産道感染の代表的な原因菌で、新生児の髄膜炎や敗血症を引き起こすリスクがあります。
クラミジア・トラコマティスは若年層に多い感染症で、産道感染により新生児肺炎や結膜炎を起こします。淋菌も同様に産道感染により新生児に眼炎や関節炎を引き起こす可能性があります。
寄生虫では、トキソプラズマ原虫が胎内感染の重要な病原体として知られています。妊娠中の初感染により、胎児に肝臓障害、脳内石灰化、網膜症などの重篤な症状を引き起こすことがあります。感染源として生肉や猫の糞便が重要な役割を果たしています。
母子感染における病原体の感染様式分類
母子感染の病原体は、その感染様式により詳細に分類されています。胎内感染を主とする病原体には、風疹ウイルス、サイトメガロウイルス、トキソプラズマ、梅毒があり、これらはすべてTORCH症候群の主要な構成要素です。
参考)TORCH症候群とは?
産道感染を主とする病原体として、単純ヘルペスウイルス、B群溶血性連鎖球菌、クラミジア・トラコマティス、淋菌、カンジダ・アルビカンスが挙げられます。これらは分娩時の産道通過により感染し、新生児に急性症状を引き起こすことが多い特徴があります。
参考)https://www.pharm.or.jp/words/post-184.html
母乳感染を主とする病原体は限定的で、HTLV-1が最も代表的です。HTLV-1の母子感染予防には、完全人工栄養による授乳が最も有効とされ、この方法により感染率を3%程度まで低下させることが可能です。HIVも母乳感染を起こすため、HIV陽性妊婦では人工栄養が推奨されています。
参考)母子感染対策
母子感染診断における検査時期と方法
母子感染の診断には、感染時期に応じた適切な検査方法と検査時期の選択が極めて重要です。先天性感染の確定診断には、生後3週間以内の検体採取が必須条件となっています。
参考)先天性および周産期サイトメガロウイルス(CMV)感染症 – …
新生児の先天性サイトメガロウイルス感染症診断では、尿を用いたCMV核酸検出法が最も信頼性の高い方法とされています。2018年1月より保険適用となったジェネリスCMVによる等温核酸増幅法は、850点で算定可能な検査です。生後3週間を超えると先天性感染と後天性感染の区別が困難になるため、早期検査が不可欠です。
参考)最近の研究成果
血清学的検査では、CMV IgGとIgMの測定が行われますが、先天性感染児の約半数では血液CMV IgMが陰性となることが知られています。このため、尿を用いた核酸検査が診断の gold standard となっています。
TORCH症候群の診断では、複数の病原体を対象とした包括的なスクリーニングが必要です。妊婦健診では風疹、B型肝炎、C型肝炎、HIV、梅毒、HTLV-1の抗体検査が標準的に実施されており、これらの結果を踏まえた適切な母子感染対策が講じられています。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/TORCH%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4/contents/170202-003-WW
母子感染予防のための独自視点からの感染制御戦略
従来の母子感染予防は個別の病原体に対する対策が主流でしたが、近年では感染制御の包括的アプローチが注目されています。特に妊娠前の感染症スクリーニングと免疫状態の評価は、効果的な予防戦略の基盤となります。
妊娠中の免疫力低下を考慮した生活指導では、手洗い・うがいの徹底に加え、特定のリスク行動の回避が重要です。トキソプラズマ予防では、生肉の摂取制限、ガーデニング時の手袋着用、猫の糞便処理への注意が具体的な対策として推奨されています。
HIVやHTLV-1などのレトロウイルス感染では、妊娠中の抗ウイルス療法と分娩様式の選択が感染予防に直結します。HIV感染妊婦では、適切な母子感染対策により感染率を0.5%未満まで低下させることが可能で、これには妊娠中の抗HIV療法、選択的帝王切開、分娩時のAZT投与、新生児への予防投与、人工栄養の6つの要素が含まれます。
産道感染予防では、B群溶血性連鎖球菌に対する抗菌薬の分娩時投与や、単純ヘルペスウイルス感染時の帝王切開選択など、分娩様式の適切な選択が重要な役割を果たしています。これらの予防戦略は、個別の症例に応じたリスク評価に基づいて実施されることが重要です。
参考)https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=to63%2F56%2F9%2FKJ00000864175.pdf