嚥下障害とリハビリテーション
嚥下障害のリハビリテーションは、誤嚥性肺炎の予防と安全な経口摂取の確立を目的とした重要な治療介入です 。高齢化社会の進行に伴い、嚥下障害を有する患者数は著しく増加しており、サルコペニア性嚥下障害といった新しい病態概念も注目されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10982211/
リハビリテーションのアプローチは多岐にわたり、食べ物を使用しない間接訓練と実際の食物を用いる直接訓練に大別されます 。治療効果を最大化するためには、適切な評価に基づく個別化されたプログラムの選択が不可欠です 。
近年の研究では、従来の代償的アプローチに加え、神経可塑性を利用した技能ベースの訓練法や筋力強化を重視したアプローチが開発されています 。これらの新しい訓練法は、単なる筋力強化ではなく、嚥下動作の運動制御改善を目指した包括的なアプローチとして注目されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10182941/
嚥下障害の基礎的評価方法
嚥下機能の適切な評価は、安全で効果的なリハビリテーション計画の策定において基盤となります。臨床現場では、嚥下造影検査(VF)と嚥下内視鏡検査(VE)が標準的な評価方法として広く用いられています 。
参考)第3回 摂食嚥下障害の検査−嚥下造影検査(VF)と嚥下内視鏡…
VFは嚥下機能検査のゴールドスタンダードとされ、造影剤入りの食品を摂取する様子をX線動画で記録します 。この検査では、準備期から食道期まで嚥下の全過程を観察でき、不顕性誤嚥の診断に優れた精度を示します 。特に、NIH-Swallowing Safety Scaleを用いた定量的評価により、誤嚥リスクの重症度を客観的に判定できます 。
参考)摂食嚥下機能検査
VEはファイバースコープを用いた直視下観察で、ベッドサイドでも実施可能な機動性の高い検査です 。被曝がなく繰り返し検査が可能であり、実際の食物を用いて咽頭・喉頭の動きを詳細に評価できるという利点があります 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/50/5/50_345/_pdf
嚥下障害における間接訓練の種類と効果
間接訓練は食べ物を使用せずに嚥下関連器官の機能改善を図る訓練法で、誤嚥リスクが高い患者や意識レベルが低い患者に対して安全に実施できます 。主要な訓練法には、嚥下体操、パタカラ体操、頭部挙上訓練、口腔ケアなどがあります 。
参考)嚥下障害への食べ物を使わない基礎訓練 – リニューロ・川平法…
嚥下体操は、嚥下に関わる筋肉のウォーミングアップと機能維持を目的とした基礎訓練です 。頸部回旋、肩の上下運動、胸郭運動、頬・舌の運動を組み合わせ、食事前の準備運動として実施します 。
参考)摂食嚥下障害の看護|原因、検査、摂食嚥下リハビリテーション(…
パタカラ体操は「パ」「タ」「カ」「ラ」の発音を通じて口腔・咽頭筋群を鍛える代表的な訓練法です 。「パ」は唇の閉鎖機能、「タ」は舌先の巧緻性、「カ」は舌根の挙上、「ラ」は舌の巧緻性をそれぞれ強化し、段階的に単音から連続発音、文章発音へと難易度を上げて実施します 。
参考)パタカラ体操のやり方と効果的に行うポイント – LIFULL…
嚥下障害の頭部挙上訓練における筋力強化効果
頭部挙上訓練(Shaker exercise)は、Shakerらによって開発された舌骨上筋群の筋力強化を目的とした間接訓練です 。この訓練は、背臥位で頭頸部を前屈させることにより舌骨上筋群に負荷を加え、食道入口部の開大を促進します 。
参考)47.咽頭期に関する間接訓練(Thermal tactile…
訓練の作用機序は、嚥下時に舌骨・喉頭が前上方へ移動することで輪状咽頭筋が他動的に伸展され、食道入口部が開大するメカニズムを利用しています 。舌骨上筋群(オトガイ舌骨筋、顎舌骨筋、顎二腹筋前腹、甲状舌骨筋)の筋力強化により、喉頭挙上と食道入口部開大の改善が期待されます 。
参考)https://www.dysarthrias.com/wp/wp-content/uploads/2023/10/Vol.8-No.1-pp130-133_compressed.pdf
ランダム化比較試験では、食道入口部開大不全を認めた27例において、頭部挙上訓練群で喉頭の前方移動距離と食道入口部開大前後径の有意な増大が観察されました 。また、咽頭残留の低下や誤嚥の軽減効果も報告されており、高いエビデンスレベルを有する訓練法として位置づけられています 。
参考)(11)食べる機能の障害
しかし、頭部挙上訓練では舌骨上筋群に先行して胸鎖乳突筋に筋疲労が生じやすく、頭頸部屈曲力が低下した症例では適切な負荷が加わりにくいという課題があります 。そのため、舌挙上による代替的な喉頭挙上訓練法も開発されており、胸鎖乳突筋や舌骨下筋群の筋活動を抑制しながら舌骨上筋群を効率的に鍛えることが可能です 。
嚥下障害の直接訓練における摂食指導法
直接訓練は実際の食物を用いて嚥下機能の向上を図る訓練法で、VF検査などで重症度を評価した上で適応を判断します 。主要な訓練法には、介護食調整、交互嚥下、複数回嚥下、横向き嚥下、スライス型ゼリー丸のみ法などがあります 。
参考)嚥下訓練とは?2つの訓練内容と訓練を行う際の注意点 – 三鷹…
介護食調整では、患者の嚥下レベルに応じてゼリー食から段階的に通常食へと移行します 。食形態の工夫により、誤嚥リスクを最小限に抑えながら経口摂取の確立を目指します。
交互嚥下は、パサついた食物の後にゼリーなどとろみの付いた食物を摂取することで、口腔内残留を防ぐ代償的嚥下法です 。複数回嚥下では、通常の一口分を複数回に分けて飲み込み、咽頭残留の軽減を図ります 。
横向き嚥下は、嚥下時に頸部を健側に回旋させることで、食塊を機能の良い咽頭側に誘導する代償法です 。スライス型ゼリー丸のみ法は、薄くスライスしたゼリーを噛まずに丸のみすることで、嚥下反射の惹起と食道入口部の開大を促進します 。
嚥下障害リハビリにおける革新的アプローチ
近年の嚥下リハビリテーション領域では、従来の筋力強化アプローチに加え、技能ベースの訓練法や神経可塑性を利用したアプローチが注目されています 。これらの新しい訓練法は、嚥下障害が必ずしも筋力低下に起因するものではないという理解に基づいて開発されています。
サルコペニア性嚥下障害に対しては、抵抗訓練と栄養サポートを組み合わせた包括的アプローチが推奨されています 。Shaker exercise、Mendelsohn法、舌保持嚥下訓練、開口訓練、嚥下抵抗訓練、舌運動、呼気筋力訓練、神経筋電気刺激、反復的末梢磁気刺激などが有効とされています 。
参考)https://www.mdpi.com/2072-6643/14/4/778/pdf
リハビリテーション栄養学の概念に基づき、栄養管理と機能訓練を統合した治療戦略も重要視されています 。特に高齢者施設や急性期病院において、サルコペニア性嚥下障害の早期発見と介入が患者予後の改善に寄与することが報告されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10620494/
歯科訪問診療による摂食嚥下リハビリテーションでは、訓練、環境調整、歯科治療の3つのアプローチを患者属性に応じて選択します 。環境調整が最も多く選択される一方で、比較的若年で代替栄養を利用している患者には訓練が多く提供されるという特徴があります 。