エステラーゼとエラスターゼの臨床的意義

エステラーゼとエラスターゼの基本的な特性

エステラーゼとエラスターゼの基本的な特性
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エステラーゼの基質特異性

エステル結合を加水分解し、血液細胞の分類に重要な役割を果たす

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エラスターゼの分解機能

エラスチンなどのタンパク質分解酵素として膵臓で産生される

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臨床検査での識別

類似した名称だが機能と診断意義が全く異なる酵素グループ

エステラーゼの種類と基質特異性

エステラーゼは、エステル結合を加水分解する酵素の総称で、基質特異性により複数のサブタイプに分類されます。臨床的に重要なのは、非特異的エステラーゼ(比較的短鎖のエステルを加水分解)と特異的エステラーゼ(比較的長鎖のエステルを加水分解)の区別です。非特異的エステラーゼは単球、前単球、単芽球、血小板で強陽性を示し、顆粒球系細胞はほとんど陰性または弱陽性となります。

参考)https://www.beckmancoulter.co.jp/dx/blog/hematology/morphology/esterase/

アゾ色素法による染色原理では、naphtholの酢酸エステルに酵素が作用してエステルを加水分解し、分離したnaphtholとdiazomium塩がカップリングしてアゾ色素を形成、酵素の局在部位に沈着します。基質にはα-ナフチルブチレートやα-ナフチルアセテートなどがあり、使用する基質により各種血液細胞の反応態度が異なるため、細胞同定に利用されています。

参考)https://www.mutokagaku.com/products_search/es/item_51

エラスターゼの分子構造と機能

エラスターゼは主に膵臓に存在するタンパク質分解酵素の一つで、結合組織であるエラスチンを分解する作用を持ちます。膵由来のエラスターゼには2種類のアイソザイム(エラスターゼ1、2)が存在し、分子量が異なり免疫学的交差性もない別の分子です。エラスターゼ1は血中エラスターゼの測定で用いられ、膵疾患に特異性が高く、血清アミラーゼと比較して上昇期間が長いという特徴があります。

参考)https://www.falco.co.jp/rinsyo/detail/060339.html

エラスターゼは白血球などでもわずかに産生されますが、膵由来のエラスターゼとは性質が異なります。便中膵エラスターゼは消化管内でほとんど分解されずに便と共に排泄されるため、膵臓からの消化酵素分泌を推定する指標として利用されています。便中膵エラスターゼが200μg/g以下であれば膵外分泌不全と診断され、酵素補充療法の適応となります。

参考)https://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3802526

エステラーゼ染色による白血病の病型分類

エステラーゼ染色は急性骨髄性白血病(AML)の病型分類において中心的な役割を担っています。特に急性骨髄単球性白血病(M4)と単球性白血病(M5)の鑑別にエステラーゼ二重染色が用いられ、単球系細胞と骨髄球系細胞の識別が可能です。α-ナフチルブチレート(αNB法)による非特異的エステラーゼ染色では、単球系細胞が赤褐色に染色され、単球、マクロファージ系、巨核球系細胞の大部分がびまん性に強陽性を示します。

参考)https://data.medience.co.jp/guide/guide-10020006.html

特異的エステラーゼ染色では顆粒球系細胞が強陽性となりますが、単球系はほとんど陰性となるため、これらを組み合わせた二重染色により細胞系統の同定が行われます。興味深い現象として、急性骨髄単球性白血病(M4)の約10%では病的現象として非特異的エステラーゼ染色に陰性の単球が存在することが報告されています。また、α-NAE染色をpH 5.8に調整することでTリンパ球(CD4+ヘルパーT)の証明にも有用となります。

参考)https://uwb01.bml.co.jp/kensa/search/detail/3803672

エラスターゼの膵臓疾患における診断価値

エラスターゼ1は膵癌において比較的早期から上昇する腫瘍マーカーとして重要な診断価値を持ちます。膵癌では腫瘤による膵管閉塞に基づく随伴性膵炎を反映して異常高値を示し、特に切除術可能な比較的早期の症例で1,000 ng/dLを超える異常高値がしばしば認められます。基準値は300 ng/dL以下とされ、膵癌での陽性率は約70%です。

参考)https://data.medience.co.jp/guide/guide-04010013.html

一方、組織破壊の著しい進行がんでは正常値または低値を示す傾向にあるため、エラスターゼ1は膵癌の早期発見に有用なマーカーと考えられています。急性膵炎においてはアミラーゼと同様に高値を示し、慢性膵炎でも高率に増加するため、膵疾患の診断補助や経過観察の指標として利用されます。CA19-9と組み合わせて測定することで診断精度が向上し、膵頭部癌では膵尾部癌よりも高値を示しやすいという特徴があります。

参考)https://www.central-cl.or.jp/result/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BC1/

エステラーゼの未知の臨床応用と将来の展望

エステラーゼの研究領域では、従来の血液学的診断以外にも新たな応用が期待されています。京野菜を中心とした野菜類の機能性研究では、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、コラゲナーゼ阻害活性が注目されており、食品機能性成分としてのエステラーゼ阻害物質の同定が進んでいます。また、環境微生物由来のエステラーゼでは、有機溶媒耐性や好熱性・好塩性を持つ新規エステラーゼの発見が相次いでおり、バイオテクノロジー分野での応用が期待されています。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/492ddb8342f648814db59dc6d610efc50c984029

プロドラッグの体内動態においても、カルボキシルエステラーゼが重要な役割を果たしており、有機リン剤(OP)に対する反応性の違いから3つのグループに分類されています。炎症マーカーとしての創傷被覆材上でのヒト好中球エラスターゼ(HNE)の検出技術も開発され、創傷治癒の評価における新たな指標として活用が始まっています。これらの発展により、エステラーゼとエラスターゼの臨床応用範囲は今後さらに拡大すると予想されます。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/749ac56cf5205e6cd6cd4d46e25029b3dcc7c7aa