オキサリプラチンの副作用と管理
オキサリプラチンの末梢神経障害の特徴と発現機序
オキサリプラチンによる末梢神経障害は最も重要な副作用の一つで、85-95%の患者に発現する高頻度な有害事象です 。この副作用は急性神経障害と慢性神経障害の2つのタイプに大別されます 。
参考)https://www.nc-medical.com/product/doc/XG-477.pdf
急性神経障害は投与直後から1-2日で発現し、手足や口唇周囲のしびれ感、咽頭・喉頭の絞扼感、呼吸困難、嚥下障害などの症状を呈します 。これは神経細胞の細胞膜でオキサル酸とカルシウムがキレートを形成し、ナトリウムチャネルの流入を阻害することが発現機序と考えられています 。寒冷刺激により誘発・悪化するという特徴があり 、通常は一過性で数日で回復します。
参考)https://oici.jp/file/202207/gansyu/05A0026_20220719.pdf
慢性神経障害は累積投与量が800mg/m²を超えると発現しやすくなり 、後根神経節細胞にオキサリプラチンが蓄積して細胞の代謝や軸索原形質輸送が障害されることで生じます 。ボタンをかけにくい、文字が書きにくい、歩きにくいなど日常生活に支障をきたす運動機能障害が出現し 、回復が困難な場合が多いのが特徴です。
参考)https://yakuzai.kuhp.kyoto-u.ac.jp/doc/20221006_seminar3.pdf
オキサリプラチンの骨髄抑制と感染対策の重要性
オキサリプラチンは骨髄機能抑制により好中球減少(69.2%)、白血球減少(50.0%)、血小板減少(40.8%)を高頻度で引き起こします 。特に他剤との併用療法(FOLFOX法、CapeOX法等)では、単独投与と比較して骨髄機能抑制の発現頻度と重篤度が増加するおそれがあります 。
参考)https://www.nc-medical.com/product/doc/K-291.pdf
骨髄機能抑制は投与から数日後に急激に発現することもあり 、急激な危篤状態に至り最悪の場合は死に至ることがあるため注意が必要です。そのため骨髄機能抑制のある患者への投与では、投与量・投与間隔を考慮し、血液検査を頻回に行い患者の状態を十分に観察する必要があります 。
参考)https://med.mochida.co.jp/tekisei/iri_oxp2903.pdf
前治療による骨髄機能抑制からの回復が不十分なまま治療を継続すると、さらに骨髄機能抑制が増悪するリスクがあります 。医療従事者は白血球数、好中球数、血小板数の定期的なモニタリングを実施し、Grade 3以上の骨髄抑制が認められた場合は休薬や減量を検討する必要があります。
オキサリプラチンのアレルギー反応と脱感作療法
オキサリプラチンによるアレルギー反応は約5%の頻度で発現し 、投与開始6クール目以降に発生しやすいとされています。症状は多彩ですが、皮膚症状(蕁麻疹、掻痒感、皮膚紅潮、紅斑)と呼吸器症状(咳嗽、息切れ、呼吸困難、咽頭違和感)が最も多く報告されています 。
参考)https://cancer-heartsupport.com/lohp-allergy/
投与開始から30分以内にアレルギー発現が80.7%を占めるため 、少なくとも投与開始10分は患者のそばに付き添い、30分は頻回な見回りが必要です。症状が強い場合、命に関わる呼吸困難・血圧低下が出現する可能性もあります 。
参考)https://www.ncn.ac.jp/academic/020/2020/2020jns-ncnj10.pdf
軽度のアレルギー反応に対しては、オキサリプラチンの投与速度を遅くし、アレルギー反応を抑制する前投薬を行うことで対応可能です 。重度の場合は脱感作療法が有効で、1000倍、100倍、10倍に希釈したオキサリプラチンを段階的に投与し、最終的に原液を12時間で投与する方法により、約90%の確率でアレルギー反応を制御できるとされています 。
オキサリプラチンの消化器症状と栄養管理の実際
オキサリプラチンによる消化器症状は非常に高頻度で発現し、悪心(80.0%)、下痢(56.0%)、嘔吐(49.1%)、食欲不振(89.1%)、口内炎(35.4%)が主な症状として報告されています 。これらの症状は患者の栄養状態やQOLに大きな影響を与えるため、適切な支持療法が重要です。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00065718
悪心・嘔吐に対しては、化学療法開始前から5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾンを組み合わせた制吐剤の予防的投与が標準的な対応となります 。下痢については、軽度から中等度の場合はロペラミドなどの止痢薬を使用し、重度の場合は脱水や電解質異常を防ぐために輸液療法が必要となることがあります。
参考)https://order.nipro.co.jp/pdf/BB0-B003-0062-00.pdf
口内炎の予防には、口腔ケアの徹底と低温療法(アイスクリーム摂取など)が推奨されます。食欲不振に対しては、少量頻回の食事、高カロリー・高タンパクの栄養補助食品の活用、必要に応じて栄養士による栄養指導を行います。重度の栄養状態悪化が認められる場合は、経腸栄養や中心静脈栄養の検討も必要です。
オキサリプラチンの冷却療法による神経障害予防効果
オキサリプラチンによる急性末梢神経障害は寒冷刺激により誘発・悪化するという特徴がありますが、近年、手足の冷却療法(クライオセラピー)が慢性神経障害の予防に効果的であることが注目されています 。これは一見矛盾するように思われますが、局所的な低温により神経への薬物取り込みを減少させることで、長期的な神経障害を軽減する効果があるとされています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/6208e0b48a8fd00cf18823f8eb84260b2052f381
冷却療法では、オキサリプラチン投与開始15分前から投与終了後15分まで、手足を氷や冷却手袋で冷却します。複数の臨床試験で、冷却療法により慢性神経障害の発現率が有意に低下することが示されており、特に累積投与量が多い患者において効果的とされています 。
参考)http://jascc.jp/wp/wp-content/uploads/2024/10/91eafc78cda9babc6d3ca25912c0e28d.pdf
ただし、急性神経障害を有する患者には冷却療法は適用できません。また、冷却による局所的な不快感や皮膚障害のリスクもあるため、患者の耐容性を確認しながら実施する必要があります。医療従事者は患者に対して冷却療法の意義と方法を十分に説明し、治療継続のための支援を行うことが重要です。
この冷却療法は、従来の「寒冷刺激を避ける」という指導とは異なる新しいアプローチとして、オキサリプラチン治療の継続可能性を高める重要な手法となっています。