グリコヘモグロビンの種類と測定方法
グリコヘモグロビンの基本種類と構造
グリコヘモグロビンは血液中でヘモグロビンとブドウ糖が非酵素的に結合して生成される糖化産物で、複数の種類に分類されています。成人の正常ヘモグロビンは、HbA(α2β2)、HbA2(α2δ2)、HbF(α2γ2)の3種類から構成されており、その比率はHbAが95%以上、HbA2が3%以下、HbFが1%以下となっています。
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/detail.php?pk=131
ヘモグロビンA1(グリコヘモグロビン)はさらに細分類され、結合した糖の種類によってHbA1a、HbA1b、HbA1cに分画されます。このうちHbA1cは最大分画であり、グルコースが結合した最も重要な糖化産物として、総ヘモグロビンの約4%を占めています。血中ヘモグロビンの各組成は、ヘモグロビンA0が約90%、ヘモグロビンA1約7%、ヘモグロビンA2約2%、ヘモグロビンF約0.5%となっており、特にHbA1cが糖尿病診断に最も重要な指標とされています。
グリコヘモグロビン測定法の種類と原理
HbA1cの測定には現在、HPLC法、酵素法、免疫法の3つの主要な方法が臨床現場で使用されています。各測定方法により、HbA1c 5.6%の人でも上下0.3%程度のバラツキが生じることがあり、測定法の特徴を理解した適切な使い分けが必要です。
参考)https://asklepios-clinic.jp/blog/2019/10/02/measurement-methods-hba1c/
HPLC法(高速液体クロマトグラフィー法)は、分子の大きさと荷電状態に応じて血液成分を分離する最も高精度な手法です。大学病院を含む大病院では主にこの方法が採用されており、学会発表や論文発表においても最もスタンダードな測定法とされています。酵素法はHbA1cの糖化部分を2種類の酵素で切り出して測定する方法で、自動分析装置を用いた大量検体処理に適しています。免疫法は抗原抗体反応を利用した測定法で、HbA1cのみを特異的に測定できるため、一部のHPLC法で見られる検査値への影響を受けにくい特徴があります。
グリコヘモグロビンの標準化と表記方法
日本では2012年4月1日からHbA1cの国際標準化が実施され、従来のJDS値に加えてNGSP値が導入されました。JDS値は日本で決められた条件に従った測定値、NGSP値は主に米国で決められた条件に従った測定値であり、日本のJDS値はNGSP値に比較して約0.4%低い値となっています。
参考)https://www.okayama-u.ac.jp/user/kensa/kensa/tousitu/a1c.htm
換算式は「HbA1c(NGSP)=1.02×HbA1c(JDS)+0.25」で表現され、逆算する場合は「HbA1c(JDS)=0.980×HbA1c(NGSP)-0.245」となります。現在では国際標準化されたHbA1c(NGSP)を主に使用し、従来のHbA1c(JDS)を併記することが推奨されており、この標準化により国際的な比較が可能となっています。基準範囲は4.9~6.0%(NGSP値)とされ、5.6%以上6.1%未満の場合は糖尿病が否定できないため糖負荷試験の実施が必要とされています。
参考)https://satojuichi-clinic.com/diabetes/room2.htm
グリコヘモグロビンの胎児型と異常ヘモグロビン
胎児性ヘモグロビン(HbF)は、α2γ2のポリペプチド鎖から構成され、胎児期のヘモグロビンの約85%を占めています。γ鎖は胎生後期より産生が低下し始め、生後6カ月から1~2年で成人の1%以下の水準になりますが、成人でもHbF保有者が存在することが知られています。
参考)https://data.medience.co.jp/guide/guide-01060006.html
糖尿病患者におけるHbF保有頻度は25.4%(1,310/5,167例)であり、正常群の30.5%(25/82例)と比較して大きな差は見られませんが、HbF 2%以上の高値保有頻度は糖尿病で1.8%となっています。興味深いことに、HbFは(A1-A1c)との間にr=0.96、A1との間にr=0.55で良好な正相関を示すものの、A1cとの間には相関が認められないという特異な性質があります。高HbF血症の症例では、HPLC法によるHbA1c測定値が実際の血糖値より低値を示す乖離現象が報告されており、診断に際して注意が必要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/62/1/62_31/_article/-char/ja/
グリコヘモグロビン測定への影響因子と臨床的考慮
異常ヘモグロビン症やサラセミアは、HbA1c測定値に大きな影響を与える重要な要因です。最も一般的な異常ヘモグロビンであるHbS、HbE、HbC、HbDはすべてHbβ鎖に単一アミノ酸置換を有しており、各測定方法によって異なる影響を受けます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2769887/
α-サラセミア症の一種であるHbH症では、不安定ヘモグロビンであるHbH(β4)の変性物がHbA1cと共溶出するため、HPLC法で偽高値を示すことが報告されています。サラセミアはヘテロ接合体でも常時小球性赤血球症を示すため、血糖値とHbA1c値の乖離が見られた際には、ヘモグロビン異常症の可能性を考慮した診断を進める必要があります。HPLC法では異常ヘモグロビンの識別率が43.3%であるのに対し、毛細管電泳法(CE法)では100%の識別率を示すため、異常ヘモグロビンが疑われる場合の測定法選択が重要となっています。