肝細胞癌治療アルゴリズムの基本概念
肝細胞癌の治療アルゴリズムは、日本肝臓学会により2021年版で大幅に改訂され、エビデンスとコンセンサスに基づく統一されたアプローチを提供しています。このアルゴリズムの中核となるのは、肝予備能・肝外転移・脈管侵襲・腫瘍数・腫瘍径の5因子による評価システムです。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/medical/2017_v4_chap02.pdf
治療選択の基本原則として、肝予備能評価はChild-Pugh分類に基づいて行われ、肝切除を考慮する場合はICG検査を含む肝障害度を用いることが推奨されています。Child-Pugh分類AまたはBの症例では、肝外転移および脈管侵襲の有無により治療方針が細分化されます。
現在の治療アルゴリズムは「局所癌には局所治療、全身癌には全身薬物療法」という基本コンセプトに基づいており、腫瘍の生物学的悪性度と治療法特有の技術的制約を両方考慮しています。
参考)1.肝細胞癌治療アルゴリズム (臨牀消化器内科 39巻5号)…
肝細胞癌治療における肝予備能評価の重要性
肝予備能の評価は肝細胞癌治療において最も重要な判定基準の一つです。Child-Pugh分類による評価では、血清ビリルビン値、血清アルブミン値、プロトロンビン時間、腹水、肝性脳症の5項目で総合的に判定され、A・B・Cの3段階に分類されます。
Child-Pugh分類Aの患者では、肝機能が比較的良好であり、肝切除や局所療法などの積極的治療が選択可能です。分類Bの患者では慎重な治療選択が必要となり、分類Cの患者では肝移植が第一選択となりますが、移植不能の場合は緩和ケアが推奨されます。
肝切除を検討する際には、Child-Pugh分類に加えてICG検査を含む肝障害度による詳細な評価が必要です。これにより、術後の肝不全リスクを最小限に抑えながら、最適な治療選択を行うことができます。
肝細胞癌における腫瘍因子と治療選択
腫瘍の状態は治療方針決定において肝予備能と同等の重要性を持ちます。腫瘍数1~3個で腫瘍径3cm以内の場合、肝切除またはラジオ波焼灼療法(RFA)が選択されます。特に単発例では腫瘍径にかかわらず第一選択として肝切除が推奨されています。
腫瘍数1~3個で腫瘍径が3cm超の場合は、第一選択として肝切除、第二選択として肝動脈塞栓療法(TACE/TAE)が推奨されます。腫瘍数が4個以上の場合は、第一選択としてTACE、第二選択として肝動注化学療法または分子標的治療薬が適応となります。
2021年版ガイドラインでは、3cm以内の単発肝細胞癌に対して切除と焼灼療法が同等に推奨されることになり、長年の論争に一つの決着がついたことになります。これはSURF試験の結果を踏まえた重要な変更点です。
参考)m3電子書籍
肝細胞癌における脈管侵襲の治療戦略
脈管侵襲を伴う肝細胞癌は進行癌の重要な指標であり、特に門脈腫瘍栓は最も重要な予後規定因子とされています。2021年版ガイドラインでは、脈管侵襲陽性肝細胞癌に対してまず切除が推奨され、切除不能例に対して薬物療法、次いで肝動注化学療法ならびにTACEが推奨されています。
脈管侵襲陽性例の治療選択では、塞栓療法、肝切除、肝動注化学療法、分子標的治療薬の4つの選択肢が並列で推奨されており、各症例の条件を総合的に考慮して慎重に治療法を選択することが重要です。Vp3、Vp4の大脈管に腫瘍栓がある場合の塞栓療法は肝梗塞や肝膿瘍のリスクがあるため、特に慎重な適応判定が必要です。
肝静脈腫瘍栓合併肝細胞癌についても、Child-Pugh分類Aで比較的肝機能が保たれ、かつ肉眼的に切除可能であれば、肝切除の適応を考慮することが推奨されています。
肝細胞癌薬物療法アルゴリズムの新展開
2021年版ガイドラインの重要な追加点として、肝細胞癌薬物療法専用のアルゴリズムが新設されました。現在、肝細胞癌に対して8種類のレジメンが使用可能となっており、治療選択の複雑化に対応するため専用のアルゴリズムが必要となりました。
参考)https://www.jsh.or.jp/lib/files/medical/guidelines/jsh_guidlines/medical/guideline_jp_2021_cq39.pdf
一次薬物療法として、アテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法の適応がある場合はこれを第一選択とし、自己免疫疾患などの併存疾患により適応がない場合はソラフェニブまたはレンバチニブが推奨されます。この併用療法は2019年にソラフェニブより高い有効性が報告され、現在では進行肝細胞癌の初回治療として使用されています。
参考)肝細胞がん
二次薬物療法以降では、アテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法後は、レゴラフェニブ、ラムシルマブ(AFP≧400ng/mL)、カボザンチニブが選択肢として挙げられます。治療ラインの進行とともに、腫瘍マーカー値や前治療の効果などを総合的に判断して最適な薬剤を選択することが重要です。
肝細胞癌治療アルゴリズムの将来展望と課題
肝細胞癌治療アルゴリズムは、新たなエビデンスの集積と日常臨床の実態に合わせて継続的な改訂が必要です。特に薬物療法分野では免疫療法の進歩が著しく、従来の分子標的治療薬中心のアプローチから免疫チェックポイント阻害薬を含む併用療法へのパラダイムシフトが起こっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kanzo/64/11/64_540/_pdf
現在開発中の新規治療法として、デュルバルマブ+トレメリムマブといった新たな免疫療法の組み合わせも注目されており、将来的には更なる治療選択肢の拡大が期待されます。これらの進歩により、治療アルゴリズムも更なる細分化と個別化が進むと予想されます。
また、バイオマーカーを用いた治療選択の精密化も重要な課題です。AFP値による治療選択はすでに実装されていますが、今後は遺伝子変異や免疫学的バイオマーカーを活用したより精密な治療選択システムの構築が期待されています。
日本肝臓学会肝癌診療ガイドライン – 最新の治療アルゴリズムと推奨事項の詳細情報
国立がん研究センター東病院肝細胞がん診療情報 – 各治療法の詳細と適応基準