メチルドパと脱炭酸酵素阻害
メチルドパの分子構造と酵素阻害機序
メチルドパ(α-メチル-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)は、カテコールアミンの前駆物質であるドパのα-メチル体として設計された降圧薬です。米国メルク社研究所において1951年に開発プログラムが開始され、1954年にin vitro試験でドパ脱炭酸酵素を最も強く阻害する成分として発見されました。メチルドパの最大の特徴は、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)に対する可逆的阻害作用にあります。
この酵素阻害機序により、メチルドパは体内のノルアドレナリン、アドレナリン、ドパミン、セロトニン等の組織内濃度を可逆的に低下させることが認められています。興味深いことに、メチルドパ自体も芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の基質となり、α-メチルドパミンを経てα-メチルノルアドレナリンに代謝されます。この代謝物が中枢神経系において偽神経伝達物質として機能し、本来のノルアドレナリンと置換することで降圧効果を発揮する独特な作用機序を示します。
芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の生理学的役割
芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)は、ピリドキサルリン酸を補酵素として含む重要な酵素で、L-ドーパをドパミンに、5-ヒドロキシトリプトファン(5-HTP)をセロトニンに脱炭酸化する反応を触媒します。この酵素は神経伝達物質であるドパミン、ノルエピネフリン、セロトニンの合成に必須の役割を担っています。
AADCは基質とする芳香族L-アミノ酸が多数存在しますが、特にL-ドーパと5-HTPに対する親和性が高く、チロシンやフェニルアラニン、トリプトファンには親和性が低いという特性があります。L-ドーパに対しては低いKm値と高いVmax値を示し、内因性L-ドーパは即座にドパミンに変換されるため、カテコラミン含有組織中のL-ドーパ濃度は極めて低く保たれています。この酵素の分布は副腎髄質、腎臓、肝臓、松果体など多岐にわたり、脳では特にドパミン、ノルアドレナリン、セロトニン酸性細胞である黒質、青斑核、縫線核に高濃度で存在します。
参考)DOPAデカルボキシラーゼ (生体の科学 49巻5号)
興味深いことに、AADC欠損症という遺伝性疾患も存在し、この酵素の欠損により乳児期早期から発達遅滞や眼球運動異常、四肢ジストニアが発症します。これらの症例では髄液中のホモバリニン酸(HVA)や5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)の低値が特徴的所見として認められ、ドパミンアゴニストなどの治療が試みられています。
メチルドパによる中枢神経系への影響機序
メチルドパの降圧作用は、主に中枢神経系における複雑な作用機序によって発現します。投与されたメチルドパはノルアドレナリン神経に取り込まれ、ノルアドレナリンを合成する酵素によってα-メチルノルアドレナリンに代謝されます。このα-メチルノルアドレナリンがノルアドレナリンと置換して偽伝達物質として神経終末内の顆粒に貯蔵されるのが特徴です。
生理的な神経興奮によってこの代謝物がノルアドレナリンに代わって遊離し、下位脳幹部のα2受容体に結合することで中枢における血圧制御機構に影響を与えます。具体的には、脳幹部のアドレナリン作動性ニューロンが血圧制御に主要な役割を果たしているため、メチルドパが脳内でα-メチルノルアドレナリンに代謝され、シナプス後α2受容体を刺激することで降圧効果が発現します。
参考)http://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1amp;yjcode=2145001F2350
この作用機序に加えて、メチルドパは血漿レニン活性の低下も引き起こすことが知られており、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系への影響も降圧効果に寄与していると考えられています。さらに、メチルドパの芳香族アミノ酸脱炭酸酵素阻害作用により、末梢におけるカテコールアミンの合成が抑制され、交感神経系の活動が総合的に低下することも降圧機序の一部を構成しています。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00003951.pdf
脱炭酸酵素阻害薬としての臨床的特性
メチルドパは、当初血圧降下作用を有する脱炭酸酵素阻害剤として開発されましたが、その臨床的特性は他の脱炭酸酵素阻害薬とは大きく異なります。パーキンソン病治療で使用されるカルビドパやベンセラジドといった末梢性芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素阻害薬は、血液脳関門を通過せず、末梢でのL-ドーパのドパミンへの変換を阻害することでL-ドーパの脳内到達率を向上させます。
一方、メチルドパは血液脳関門を通過し、中枢神経系内で代謝されてα-メチルノルアドレナリンとなるという独特な薬物動態を示します。この特性により、メチルドパは脱炭酸酵素阻害薬でありながら、同時に中枢性降圧薬としての作用を発揮する二重の機序を持っています。
メチルドパの成人における通常の投与量は、初期量として1日250〜750mgの経口投与から開始し、適当な降圧効果が得られるまで数日以上の間隔をおいて1日250mgずつ増量します。維持量は通常1日250〜2000mgとされており、患者の病態や反応性に応じて調整されます。副作用としては、脱力感、頭痛、眠気、めまい、徐脈、起立性低血圧などが報告されており、これらは中枢神経系への作用と密接に関連しています。
参考)医療用医薬品 : アルドメット (アルドメット錠125 他)
メチルドパの代謝経路と酵素阻害の実態
メチルドパの体内における代謝経路は、その薬理効果を理解する上で極めて重要です。メチルドパは経口投与後、消化管から吸収され、まず肝臓で一部代謝を受けますが、主要な薬理活性は脳内での代謝に依存しています。脳内に移行したメチルドパは、芳香族アミノ酸脱炭酸酵素によってα-メチルドパミンに脱炭酸され、さらにドパミン-β-ヒドロキシラーゼによってα-メチルノルアドレナリンに変換されます。
興味深いことに、メチルドパによる芳香族アミノ酸脱炭酸酵素の阻害は完全阻害ではなく、可逆的な競合阻害の性質を示します。これは、メチルドパ自体が酵素の基質として作用することで、内因性の基質(L-ドーパ、5-HTP)との間で競合的に酵素と結合するためです。この可逆性により、メチルドパの血中濃度が低下すると、内因性カテコールアミンやセロトニンの合成が回復するという安全性の面での利点があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00026160.pdf
メチルドパの半減期は約1.7時間と比較的短いですが、その代謝物であるα-メチルノルアドレナリンは組織内により長時間留まり、持続的な降圧効果をもたらします。この代謝物は偽神経伝達物質として機能し、正常なノルアドレナリンによる交感神経伝達を阻害することで、血管拡張と心拍出量の減少を引き起こします。また、メチルドパは腎機能による排泄が主要な消失経路であるため、腎機能障害患者では投与量の調整が必要になります。