髄鞘とミエリンの構造機能と神経疾患

髄鞘とミエリンの構造機能

髄鞘(ミエリン)の基本概要
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絶縁性の脂質膜構造

神経軸索を何重にも取り囲み、電気信号の伝導速度を高める専門化した膜構造

跳躍伝導の実現

ランヴィエ絞輪間で興奮が跳躍し、無髄神経の数十倍の伝導速度を実現

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グリア細胞による形成

中枢神経系ではオリゴデンドロサイト、末梢神経系ではシュワン細胞が形成


髄鞘(ずいしょう)は神経細胞の軸索を何重にも取り囲む絶縁性の膜構造で、主にミエリンと呼ばれる脂質に富んだ物質から構成されています 。この構造は脊椎動物の神経系において神経パルスの伝導を高速化する重要な機能を持っており、特にコレステロールを含む絶縁性により電気信号の効率的な伝達を可能にしています 。

参考)髄鞘 – Wikipedia

髄鞘はグリア細胞によって形成され、中枢神経系ではオリゴデンドロサイト(稀突起膠細胞)が、末梢神経系ではシュワン細胞がその役割を担います 。これらの細胞は神経細胞そのものではなく、神経系の支持機能を持つ特殊な細胞です 。

参考)https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E6%9C%89%E9%AB%84%E7%B7%9A%E7%B6%ADamp;mobileaction=toggle_view_desktop

髄鞘の分子構造と組成成分

髄鞘は脂質が70~80%を占める特殊な生体膜で、残りの20~30%がタンパク質で構成されています 。主要な構成脂質には、ガラクトシルセラミド(GalC)、スルファチド、フォスファチジルセリンなどのスフィンゴ脂質が含まれ、これらが膜の安定性と絶縁性を提供しています 。

参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fchem.2022.1041961/pdf

主要なミエリンタンパク質として、ミエリン・プロテオリピッドタンパク質(PLP)とミエリン塩基性タンパク質(MBP)があります 。PLPは中枢神経系のミエリンに特異的に発現する4回膜貫通型タンパク質で、細胞外ドメインでミエリン膜どうしの相互作用に関与します 。MBPはミエリン膜の裏打ちタンパク質として機能し、膜の内側どうしの接着に重要な役割を果たしています 。

参考)オリゴデンドロサイト – 脳科学辞典

その他の重要なタンパク質には、cyclic nucleotide phosphodiesterase(CNPase)、myelin-associated oligodendrocyte basic protein(MOBP)、myelin oligodendrocyte glycoprotein(MOG)、myelin-associated glycoprotein(MAG)などがあり、それぞれがミエリンの形成と維持に特定の機能を持っています 。

髄鞘による跳躍伝導のメカニズム

髄鞘の最も重要な機能は跳躍伝導(saltatory conduction)の実現です。これは1938年に田崎一二によって発見された現象で、有髄神経線維における効率的な興奮伝導の形式です 。髄鞘は高い絶縁性を持つため、髄鞘部分には活動電流が流れず、代わりに活動電流がランヴィエ絞輪からランヴィエ絞輪へと流れます 。

参考)跳躍伝導 – Wikipedia

ランヴィエ絞輪は隣接する髄鞘間の約1μmの小さな構造で、電位依存性Na⁺チャネルが高密度に集積しています 。一個の絞輪が脱分極すると、流入した大量のNa⁺イオンが次の絞輪まで軸索を通って流れ、そこで新たな脱分極を引き起こします 。この過程により、興奮が絞輪間を跳躍するように伝達し、無髄神経線維と比較して遥かに高速な伝導が実現されます 。

参考)中枢神経においてランビエ絞輪を形成する3つの機序 : ライフ…

髄鞘形成に関わる細胞と制御機構

オリゴデンドロサイトは中枢神経系において髄鞘形成の専門細胞で、「オリゴ(少ない)」と「デンドロ(突起)」の名前通り、比較的少ない突起を持つ小型のグリア細胞です 。1つのオリゴデンドロサイトから1~2本から多い場合は50本もの軸索に突起を伸ばして髄鞘を形成することができ、その断面はバウムクーヘンのような層状構造を示します 。

参考)第15回

最近の研究により、オリゴデンドロサイトは特定の神経細胞に対して選択的に髄鞘を形成することが明らかになっています 。この選択性は神経回路の精密な制御に重要で、適切な神経線維のみが高速伝導を獲得することで、脳の情報処理効率が最適化されています 。

参考)NIPS_Research

髄鞘形成の制御には複数の分子メカニズムが関与しており、例えばPtprzというタンパク質チロシン脱リン酸化酵素が髄鞘形成に抑制的に働くことが発見されています 。Ptprzを欠失させたマウスでは髄鞘形成が早期に開始され、脱髄に対する抵抗性と髄鞘再形成能の亢進が観察されています 。

参考)プレスリリース – 髄鞘形成の制御機構の解明 〜脱髄疾患の治…

髄鞘の病的変化と脱髄疾患

髄鞘の構造や機能が障害される脱髄疾患は、神経系の重篤な機能障害を引き起こします。最も代表的な疾患である多発性硬化症(Multiple Sclerosis, MS)では、免疫系が自身の髄鞘を攻撃する自己免疫反応により、中枢神経系の各所でミエリンが破壊されます 。

参考)Video: 多発性硬化症-MSDマニュアル家庭版

多発性硬化症の病態では、リンパ球や白血球が誤って自己の髄鞘(ミエリン)を異物として攻撃し、炎症と脱髄を引き起こします 。この脱髄により神経信号の伝達が遅延、錯綜、または遮断され、筋肉の協調運動障害、視覚障害、四肢のしびれやピリピリ感、疲労感、失禁などの多様な症状が現れます 。

参考)多発性硬化症

脱髄疾患の診断においては、髄鞘の破壊を反映してミエリン塩基性タンパク質(MBP)の増加が髄液中で検出されることがあり、これが診断の補助となります 。また、MRI検査では脱髄病変が白質の高信号域として描出され、疾患の進行度や治療効果の評価に用いられています。

参考)多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13) href=”https://www.nanbyou.or.jp/entry/3806″ target=”_blank” rel=”noopener”>https://www.nanbyou.or.jp/entry/3806amp;#8211; …

現在の脱髄疾患治療では、脱髄部位に存在するオリゴデンドロサイト前駆細胞を積極的にオリゴデンドロサイトに分化・成熟させて髄鞘の再形成を促す治療戦略が注目されています 。特に、髄鞘形成制御に関わる分子メカニズムの解明により、Ptprzの酵素活性を選択的に阻害する化合物などの新しいタイプの治療薬開発が期待されています 。
基礎生物学研究所による髄鞘形成制御機構の研究成果
ミエリン脂質とタンパク質の詳細な解説論文
脳科学辞典における髄鞘の包括的解説