肥大型心筋症の診断基準と治療指針
肥大型心筋症の診断基準と分類
肥大型心筋症の診断は心エコー検査による画像診断が最も有用で、心室中隔の肥大所見と非対称性中隔肥厚(拡張期の心室中隔厚/後壁厚≧1.3)の確認が必要です。診断基準では、原則として成人で最大左室壁厚15mm以上、小児ではZ-score 3以上の原因不明の左心室肥大を認める場合に診断されます。
参考)肥大型心筋症(指定難病58) href=”https://www.nanbyou.or.jp/entry/320″ target=”_blank” rel=”noopener”>https://www.nanbyou.or.jp/entry/320amp;#8211; 難病情報センタ…
病型分類は以下の5つに大別されます。
- 非閉塞性肥大型心筋症:安静時および負荷時に30mmHg以上の圧較差を認めない
- 閉塞性肥大型心筋症:安静時または運動誘発により30mmHg以上の圧較差を認める
- 心室中部閉塞性心筋症:左室中部狭窄所見を呈する
- 心尖部肥大型心筋症:心尖部肥大所見を示す
- 拡張相肥大型心筋症:左室駆出率低下と左室内腔拡張を認める
診断時は高血圧性心疾患、心臓弁膜疾患、先天性心疾患などの二次性心筋症との鑑別が必須となります。心電図異常は75~96%の症例で認められ、スクリーニング検査として非常に有用です。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/001173536.pdf
肥大型心筋症の薬物治療選択
LVEF≧50%の非閉塞性肥大型心筋症に対しては、β遮断薬やカルシウム拮抗薬(主にベラパミルやジルチアゼム)が第一選択薬となります。これらの薬剤は心拍数を低下させ、拡張充満期を延長させることで左室充満を改善します。心筋の収縮力を抑制し、厚くなった心筋による血流遮断の改善も期待できます。
参考)肥大型心筋症 – 06. 心臓と血管の病気 – MSDマニュ…
閉塞性肥大型心筋症では、症状改善と合併症予防を目的とした治療に加え、原因に直接作用する治療薬の使用が考慮されます。ジソピラミドやシベンゾリンといった心筋収縮抑制作用を持つ薬剤が有効とされています。2025年の心不全診療ガイドライン改訂版では、マバカンテンという新しいミオシン阻害薬も治療選択肢として注目されています。
参考)『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』における肥大型心…
LVEF<50%の拡張相に移行した症例では、ACE阻害薬/ARB、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬、利尿薬などの心不全治療薬が適応となります。薬物選択においては、硝酸薬や利尿薬は左室充満圧を低下させ症状を悪化させる可能性があるため注意が必要です。
参考)肥大型心筋症 – 04. 心血管疾患 – MSDマニュアル …
肥大型心筋症の不整脈管理とリスク評価
肥大型心筋症患者では、心室性期外収縮が50~85%、非持続性心室頻拍が20~28%、心房細動が5~15%の頻度で検出されます。心筋の肥大は筋原線維の乱れ、微小血管障害、心筋瘢痕化と関連し、これらが心室性頻拍性不整脈や突然死の素因となります。
致死性不整脈に対しては、アミオダロンによる薬物治療やICD(植込み型除細動器)の適応が検討されます。ただし、アミオダロンは不整脈抑制効果があるものの、突然死予防には限界があります。心停止や失神の既往があるハイリスク症例では、ICDの埋め込みが強く推奨されます。
突然死のハイリスク因子として以下が挙げられます。
- 心停止・失神の既往
- 突然死や心不全の家族歴
- 著明な左室肥大(最大壁厚≧30mm)
- 左室流出路圧較差50mmHg超
- 運動負荷による血圧低下(40歳未満)
- 致死性不整脈の存在
これらのリスク因子の評価により、ICDの適応を決定することが重要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9574997/
肥大型心筋症の外科的治療とカテーテル治療
薬物療法で症状コントロールが不十分な閉塞性肥大型心筋症に対しては、外科的中隔心筋切除術が検討されます。この手術は開胸下に厚くなった心筋を直接切除し、左室流出路の血流を改善する確実性の高い治療法です。特に若年患者では第一選択となる場合もあります。
参考)肥大型心筋症の治療法
低侵襲治療として経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)があります。これはカテーテルを用いて肥大した心筋に栄養を送る血管を同定し、エタノールを注入して意図的に小さな心筋梗塞を起こす治療法です。治療後は繊維化により心筋容量が減少し、流出路狭窄が改善されます。
参考)閉塞性肥大型心筋症に対するカテーテル治療(経皮的中隔心筋焼灼…
PTSMAの合併症として、約10%の頻度で心臓の伝導路障害によるペースメーカー植え込みが必要となります。その他、出血、感染、不整脈、穿孔などの合併症も考慮する必要があります。治療適応の決定には、症状の程度、年齢、合併症リスクを総合的に評価することが重要です。
参考)経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA) href=”https://gifu-heart-center.jp/medical_shd_team-ptsma/” target=”_blank” rel=”noopener”>https://gifu-heart-center.jp/medical_shd_team-ptsma/amp;#8211; 岐阜ハー…
肥大型心筋症の遺伝学的検査と予後管理
肥大型心筋症は遺伝性疾患としての側面があり、サルコメア遺伝子変異の同定が診断に有用です。家族性発生の確認や遺伝子診断は確定診断に重要な情報を提供します。特に予後不良とされる遺伝子変異を有する症例では、より厳重な管理が必要となります。
参考)診る 肥大型心筋症を識る 心筋症診療ガイドライン(2018年…
2023年ESCガイドラインでは、心筋症の管理における遺伝子検査の重要性が改めて強調されています。血縁者のスクリーニング検査も推奨されており、症状がなくても心エコー検査による定期的な評価が必要です。
参考)https://www.tcross.co.jp/meeting/esc/5950
日本人の肥大型心筋症に関するビッグデータ解析研究では、病型によって予後が異なることが判明し、欧米のガイドラインをそのまま適用することの困難さも指摘されています。今後は日本人に特化した診療ガイドラインの策定が期待されます。
参考)日本人肥大型心筋症のビッグデータ解析研究:病型によって異なる…
一般的に本疾患の経過は良好で、無症状のまま天寿を全うする患者も少なくありませんが、症状の有無にかかわらず不整脈や心機能低下が起こりうるため、専門医による長期的な経過観察が不可欠です。定期的な運動耐容能評価、心機能評価、不整脈監視を行い、適切なタイミングでの治療介入を図ることが重要です。