バロキサビル マルボキシルの作用機序と副作用

バロキサビル マルボキシルの作用機序と臨床効果

バロキサビル マルボキシル概要
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キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害

ウイルスmRNA合成を初期段階で阻害

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単回経口投与

1回の服用で治療完了、患者負担軽減

迅速な抗ウイルス効果

24時間以内のウイルス量大幅減少

バロキサビル マルボキシルの独自作用機序

バロキサビル マルボキシルは、従来の抗インフルエンザ薬とは全く異なる革新的なメカニズムでウイルス増殖を阻害します。この薬剤はプロドラッグとして体内に取り込まれ、小腸、血液、肝臓中のエステラーゼにより速やかに活性型のバロキサビルに変換されます。

参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-medicine/baloxavir-marboxil/

活性型バロキサビルは、インフルエンザウイルスのmRNA転写において重要な役割を果たすキャップ依存性エンドヌクレアーゼ(CEN)を選択的に阻害します。このCENは、ウイルスがホスト細胞のmRNAの5’末端キャップ構造を切断し、自身のmRNA合成に利用するために必要不可欠な酵素です。

参考)https://www.kansensho.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=52

従来のノイラミニダーゼ阻害薬がウイルスの放出過程を阻害するのに対し、バロキサビル マルボキシルはより上流のmRNA合成段階で作用するため、より迅速かつ強力な抗ウイルス効果を発揮します。

参考)https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=11095

バロキサビル マルボキシルの臨床効果と治療成績

バロキサビル マルボキシルの臨床効果は、複数の大規模ランダム化比較試験(RCT)により実証されています。12歳から65歳以上の2,184名を対象としたCAPSTONE-2試験では、プラセボと比較してバロキサビル投与群において症状緩和までの時間がオセルタミビルと同等の効果を示しました。
特筆すべきは、B型インフルエンザウイルス感染例における優れた効果です。B型ウイルス感染のサブ解析では、オセルタミビルと比較してバロキサビル治療群で有意な症状改善時間の短縮(中央値74.6時間 vs 101.6時間)が認められました。
国内の3,094名を解析対象としたpost marketing surveillanceでは、年齢層およびウイルス型を問わずバロキサビル投与により臨床症状の速やかな改善と安全性が確認されています。また、3編のRCTに含まれる総数3,771例のメタ解析では、バロキサビルはオセルタミビルと比較し投与直後のウイルス力価およびRNA量を有意に減少させることが確認されました。

バロキサビル マルボキシルの薬物動態と持続効果

バロキサビル マルボキシルの薬物動態は、単回投与による治療完結を可能にする重要な特徴を有しています。服用後の血中濃度ピークは約4時間で到達し、その後緩やかに減少しながら数日間にわたってウイルス増殖を抑制し続けます。
体内でのバロキサビル マルボキシルの血清タンパク結合率は92.9~93.9%と高く、血球移行率は48.5~54.4%を示します。この薬物動態プロファイルにより、1回の投与で十分な治療効果を維持できる理論的根拠が示されています。

参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2020/P20201118001/340018000_23000AMX00435_B101_1.pdf

第I相試験における健康成人での検討では、長い半減期を示すことで単回経口投与の妥当性が支持されており、食事摂取により活性体の曝露が減少することも確認されています。この知見から、空腹時での服用が推奨される理由も明確になっています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6267547/

バロキサビル マルボキシルの予防効果と感染拡大抑制

バロキサビル マルボキシルは治療効果だけでなく、予防投与における優れた効果も実証されています。545例のindex caseに曝露された同居家族752名への予防投薬効果を検討した多施設共同二重盲検試験では、曝露後10日目までのインフルエンザ発症割合がバロキサビル投与群で1.9%と、プラセボ群の13.6%と比較して顕著な予防効果(86%の発症防止効果)を認めました。
オセルタミビル耐性ウイルスによる医療機関での集団感染事例でも、バロキサビルへの治療切り替えにより感染拡大が収束し、投与を受けた患者13名において速やかな解熱効果が認められています。これらの知見は、バロキサビル マルボキシルが個人の治療のみならず、公衆衛生上の感染拡大防止にも重要な役割を果たすことを示しています。
さらに、ハイリスク群を対象とした研究および21編のRCTのメタ解析において、バロキサビルはプラセボと比較して副鼻腔炎と気管支炎の合併を有意に抑制することが確認されており、合併症予防効果も期待できます。

バロキサビル マルボキシルの副作用と安全性プロファイル

バロキサビル マルボキシルの安全性プロファイルは良好であり、重篤な副作用の頻度は低いことが報告されています。国内副作用報告(2018年9月1日~2019年8月31日)では、推定使用患者数約427万人に対し重篤副作用報告症例数は348例と、比較的低い頻度を示しています。

参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000561040.pdf

最も頻度の高い副作用は消化器系症状で、下痢が3-5%、悪心が1-3%、嘔吐が1%未満の患者で報告されています。これらの症状は通常一過性であり、多くの場合自然に改善します。
注意すべき副作用として、精神神経系の症状があります。異常行動が14例、譫妄が13例報告されており、特に小児や青年での使用時には慎重な観察が必要です。また、稀ではありますがアナフィラキシーショックやアナフィラキシー反応も報告されており、薬剤アレルギーの既往がある患者では特に注意を要します。
腎機能に関しては急性腎障害の報告もあり、高齢者や基礎疾患を有する患者では慎重な経過観察が推奨されます。全体として、バロキサビル マルボキシルの安全性は許容範囲内であり、適切な患者選択と投与後の観察により安全に使用できる薬剤と評価されています。

バロキサビル マルボキシル耐性ウイルスの問題

バロキサビル マルボキシル使用における最も重要な課題の一つが、耐性ウイルス(PA/I38X変異株)の出現です。初期の臨床試験では、12歳以上の健康成人でバロキサビル治療後に9.7%の患者で耐性変異が検出されました。小児においてはさらに高率で、12歳未満では23.4%~38.8%という高い検出率が報告されています。

参考)https://www3.nhk.or.jp/news/special/sci_cul/2019/03/news/news_190327_8/

PA/I38X変異株が検出された症例では、ウイルス消失までの時間が延長し、症状緩和までの時間も約12時間遅延することが確認されています。特に小児では、耐性変異株検出例で発熱以外の症状改善時間が約2倍、感染性ウイルス排出時間も明らかに遷延することが報告されています。
しかし、その後のサーベイランスでは耐性株の拡大は抑制されています。2018/19シーズンから2019/20シーズンにかけて、PA/I38X変異株の割合はA(H1N1)pdm09で9/395株から1/949株へ、A(H3N2)で34/424株から0/89株へと著明に減少しました。2022/23シーズンでは解析された32株中で同変異株は確認されていません。
現在、国立感染症研究所での解析では、PA/I38X変異を有するウイルスの増加は確認されておらず、バロキサビル マルボキシルは引き続き有用な治療選択肢として位置付けられています。

参考)https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-iasrs/8545-468p01.html