ベロ毒素と志賀毒素の構造と病原性機序

ベロ毒素と志賀毒素の構造機能

ベロ毒素と志賀毒素の基本特性
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分子構造の特徴

A1B5型構造を有し、Aサブユニット1分子とBサブユニット5分子から構成される強力な外毒素

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産生菌の特性

腸管出血性大腸菌O157、O26、O111と志賀赤痢菌が産生し、極少量で強い毒性を発揮

毒性の強度

破傷風毒素、ボツリヌス毒素と同等の強さで、自然界最強クラスの細菌性タンパク毒素

ベロ毒素1型と志賀毒素の同一性

ベロ毒素1型(VT1またはStx1)は、志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae 1型)が産生する志賀毒素と完全に同一の毒素であることが判明しています。この毒素は315個のアミノ酸残基から構成されるAサブユニット1分子と、89個のアミノ酸残基からなるBサブユニット5分子で構成されるA1B5型構造を持ちます。志賀潔が1897年に赤痢菌を発見した数年後、この毒素の存在が既に報告されており、赤痢患者の神経症状の原因として考えられています。
参考)ベロ毒素 – Wikipedia
この毒素の発見経緯は興味深く、腸管出血性大腸菌が産生する毒素が培養細胞のベロ細胞(アフリカミドリザルの腎臓細胞)に対して致死的に作用することから「ベロ毒素」と命名されました。後に詳細な分析により、ベロ毒素1型と志賀毒素が同じ分子であることが確認され、現在では国際的にShiga toxin(志賀毒素)の呼称が推奨されています。
参考)志賀毒素産生性大腸菌感染症 (ガストロ用語集 2023 「胃…

ベロ毒素2型の分子特性と多様性

ベロ毒素2型(VT2またはStx2)は、ベロ毒素1型と生物学的症状は類似しているものの、免疫学的性状と物理化学的性状が異なる独立した毒素です。Stx2は319個のアミノ酸残基からなるAサブユニット1分子と、89個のアミノ酸残基で構成されるBサブユニット5分子から成るA1B5型構造を有しています。
Stx2は重症化により強く関与するとされており、複数の亜型が存在することが知られています。この多様性は、バクテリオファージが保有する毒素遺伝子によってもたらされるもので、本来大腸菌が持たない外来性遺伝子として機能します。そのため、この毒素遺伝子を持つファージに感染した細菌は、ベロ毒素産生株へと変化する可能性があります。
参考)第2回:腸管出血性大腸菌O157と他の下痢原因の大腸菌につい…

ベロ毒素のリボソーム標的機序

ベロ毒素と志賀毒素の作用機序は、真核細胞のリボソームを標的とした極めて特異的なメカニズムです。Aサブユニットは、RNA N-グリコシダーゼ活性を有しており、この酵素活性により動物細胞の60Sリボソーム亜粒子を構成する28Sリボソーマル RNAの5’末端から4324番目のアデノシンのグリコシド結合を特異的に加水分解します。
参考)https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi-inf1/part9/8.html
この反応によってアデニンが遊離すると、60Sリボソーム亜粒子へのEF-1依存性アミノアシルtRNAの結合が阻害され、最終的に細胞のタンパク質合成が不可逆的に阻害されます。タンパク質合成が停止した細胞は死に至り、様々な組織で重篤な組織傷害を引き起こします。

ベロ毒素による臓器障害の分子病理

ベロ毒素が特に強い影響を与える臓器は、大腸、脳、腎臓です。まず大腸では、毒素が腸管上皮細胞のリボソームに結合して細胞を破壊することで、腸管から大量の出血が起き、特徴的な血便が生じます。この過程で激しい腹痛を伴う頻回の水様便から血便への移行が観察されます。
参考)腸管出血性大腸菌(STEC)の ベロ毒素(志賀毒素)は牛の…
腎臓への作用では、ベロ毒素が腎血管内皮細胞を傷害することで溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こします。HUSの発症率は腸管出血性大腸菌感染患者の約6%とされており、顔色不良、全身倦怠感、乏尿、浮腫などの症状が現れ、血液検査では溶血、血小板減少、腎機能障害の三徴候が認められます。
参考)O157について|東邦大学医療センター大森病院 臨床検査部
脳への作用では、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)や急性脳症を引き起こし、幻覚、痙攣などの神経症状が出現することがあります。これらの合併症は治療困難とされ、致命的な経過をたどる場合もあります。

ベロ毒素阻害薬開発における分子標的戦略

現在、腸管出血性大腸菌感染症に対する特効薬は存在しておらず、新たな治療薬開発が急務となっています。最近の研究では、志賀毒素のA-サブユニットとB-サブユニットの両方を共通して阻害するペプチドが同定され、X線結晶構造解析によりその結合様式の詳細が明らかにされました。
参考)志賀毒素の毒性発揮に必要な2つのユニットを共通して阻害する分…
特に注目されるのは、クラスター効果を利用した多価型ペプチド性阻害薬の開発です。B-サブユニット5量体は標的細胞の受容体と多価対多価の結合を形成し、最大15分子の受容体と同時に結合することで極めて強い細胞結合を実現します。この現象に対抗するため、4本のペプチド鎖が核構造に放射状に結合した4価型ペプチド構造を持つ阻害薬が開発されており、従来の1本鎖ペプチドでは実現できない強力な阻害効果が期待されています。