メトヘモグロビンとパルスオキシメーターの測定限界と診断上の注意点

メトヘモグロビンとパルスオキシメーターの測定誤差

メトヘモグロビンとパルスオキシメーター
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メトヘモグロビンの特徴

3価の鉄イオンにより酸素結合・運搬能力が失われた状態

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パルスオキシメーターの測定原理

赤色光と赤外光の2波長で動脈血酸素飽和度を測定

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測定限界

メトヘモグロビンの影響で正確なSpO2値が得られない

メトヘモグロビンの病態生理と診断における重要性

メトヘモグロビンは、ヘモグロビン中の2価の鉄イオン(Fe²⁺)が酸化されて3価の鉄イオン(Fe³⁺)になった状態で、酸素結合・運搬能力が失われています。正常な血液中のメトヘモグロビン濃度は1-2%以下ですが、これが上昇したメトヘモグロビン血症では、通常のパルスオキシメーターによる測定値と動脈血ガス分析による測定値との間に乖離が生じます。

参考)https://www.masimo.co.jp/pdf/spmet/demystifying_methemoglobinemia_white_paper.pdf

メトヘモグロビン血症は先天性と後天性に分類され、先天性はNADHシトクロム還元酵素欠損により生じる常染色体劣性遺伝疾患です。一方、後天性は薬剤性が最も多く、15-20%以上に増加するとチアノーゼを生じ、40%以上では頭痛、めまい、呼吸困難、意識障害などの重篤な症状が出現します。

参考)https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0413.html

臨床上重要な点は、メトヘモグロビン濃度が10-20%程度に上昇した場合、動脈血酸素飽和度(SaO₂)が正常でもチアノーゼを呈する点です。これは、パルスオキシメーターで測定されるSpO₂が低下している一方で、SaO₂とSpO₂に乖離が生じることを意味しています。

参考)メトヘモグロビン血症には初期症状はありますか? |メトヘモグ…

パルスオキシメーターの測定原理とメトヘモグロビンによる干渉

パルスオキシメーターは、指先などに装着したセンサから赤色光(約660nm)と赤外光(約940nm)の2種類の波長を照射し、これらの光がヘモグロビンに吸収される量の違いを利用して酸素飽和度を測定します。心臓の拍動により動脈血の厚みが変化することで、透過光量も変化し、この変化成分から動脈血のみの酸素飽和度を算出する仕組みです。

参考)パルスオキシメータの原理 深堀解説

しかし、メトヘモグロビンの660nmと940nm波長での吸光度は酸化ヘモグロビン(O₂-Hb)と類似しており、この特性がSpO₂測定値に影響を与えます。具体的には、SaO₂が85%以上ではSpO₂測定値を低下させ、85%以下では逆に上昇させる現象が生じます。

参考)https://www.jrs.or.jp/file/pulse-oximeter_medical.pdf

この測定誤差により、メトヘモグロビン値が上昇するとSpO₂値は85%前後に収束する傾向を示し、実際の血液の酸素運搬能力とは乖離した値が表示されます。そのため、通常の2波長式パルスオキシメーターでは、メトヘモグロビン血症を正確に診断することは困難です。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/7/106_1468/_pdf

メトヘモグロビン血症の原因薬物と発症機序

後天性メトヘモグロビン血症の原因薬物は多岐にわたり、局所麻酔薬(ベンゾカイン、リドカイン、プリロカイン)、サルファ剤、硝酸薬、亜硝酸塩などが代表的です。特に局所麻酔薬のベンゾカインは、歯科治療や内視鏡検査時の粘膜麻酔で使用されることが多く、臨床上注意が必要です。

参考)メトヘモグロビン血症の原因は何がありますか? |メトヘモグロ…

ジアフェニルスルホン(DDS)やST合剤による薬剤性メトヘモグロビン血症も報告されており、これらはともにアリルアミン化合物であり、類似したヒドロキシルアミン代謝産物へと変化することで原因物質になると考えられています。また、N-acetyl transferaseやシトクロムb5/NADHシトクロムb5還元酵素により代謝され、これら代謝酵素活性の個人差がメトヘモグロビン血症の生じやすさに影響します。

参考)https://is.jrs.or.jp/quicklink/journal/nopass_pdf/ajrs/007010059j.pdf

工業用化学物質としては、アニリン、ニトロベンゼン、亜硝酸エステル類なども原因物質として知られており、職業曝露や偶発的な中毒による発症例も報告されています。乳児では井戸水に含まれる硝酸塩・亜硝酸塩による発症例もあり、地域性のある問題として注意が必要です。

参考)https://www.jaam-chubu.jp/images/journal_2021/2021vol17_05.pdf

SpO2とSaO2の乖離による診断アプローチ

メトヘモグロビン血症の診断において最も重要なのは、パルスオキシメーターで測定されるSpO₂と動脈血ガス分析によるSaO₂との乖離(飽和ギャップ)です。飽和ギャップが5%を超える場合、メトヘモグロビンやカルボキシヘモグロビンなどの異常な形態のヘモグロビンが存在することを示唆します。

参考)メトヘモグロビン血症 – NYSORA

難治性低酸素血症を呈するにも関わらず、動脈血酸素分圧(PaO₂)が正常範囲である場合は、メトヘモグロビン血症を疑う重要な臨床所見です。このような患者では、通常の酸素投与に反応しないチアノーゼが特徴的で、血液の色調も暗褐色を呈することが多いです。
日本のICUにおける研究では、SpO₂とSaO₂の平均バイアスは-1.23%と比較的小さいものの、隠れた低酸素血症(SaO₂<88%、SpO₂≥88%)は患者の0.8%に発生し、重度の隠れた低酸素血症(SpO₂≥92%)は0.6%に発生することが報告されています。特に慢性血液透析患者や循環不全のある患者では、SaO₂の過大評価や過小評価が顕著であることが示されています。

参考)注目論文:アジア人ICU患者におけるパルスオキシメーターの精…

Rainbow SET技術による非侵襲的メトヘモグロビン測定

従来の2波長式パルスオキシメーターの限界を克服するため、マシモ社が開発したRainbow SET パルスCOオキシメトリ技術により、メトヘモグロビン濃度(SpMet)の非侵襲的・連続的測定が可能になりました。この技術は多波長を用いた革新的なセンサテクノロジーで、光の吸収率に基づいて様々な状態のヘモグロビンを分離・特定・定量化できます。

参考)Masimo – メトヘモグロビン濃度(SpMet)

Rainbow SET技術では、通常のSpO₂、脈拍数、灌流指標に加えて、メトヘモグロビン濃度(SpMet)とカルボキシヘモグロビン濃度(SpCO)を同時に測定できます。これにより、医療従事者はメトヘモグロビン血症患者を非侵襲的かつ迅速に診断し、適切な治療を開始することが可能となりました。

参考)Masimo – Rainbow SET パルス CO オキ…

この技術の臨床的意義は、従来の侵襲的な採血や時間のかかる検査分析を必要とせず、リアルタイムでのモニタリングが可能な点にあります。特に新生児のiNO療法など、メトヘモグロビン血症のリスクが高い治療において、連続的なモニタリングによる早期発見と治療介入が期待されています。

メトヘモグロビン血症の治療とメチレンブルーの役割

メトヘモグロビン血症の治療において、メチレンブルー(メチルチオニニウム塩化物)は世界的に標準治療として用いられてきました。日本では2014年12月に「メチレンブルー静注50mg「第一三共」」として承認され、中毒性メトヘモグロビン血症の治療薬として使用可能となりました。

参考)中毒性メトヘモグロビン血症に対するメチレンブルーの安全性およ…

メチレンブルーの作用機序は、赤血球において還元酵素存在下でロイコメチレンブルーに変換され、これが3価の鉄を2価の鉄に還元することでメトヘモグロビンを正常なヘモグロビンに戻すことです。通常、投与後1時間以内に臨床症状の改善が期待でき、血中メトヘモグロビン濃度の半減時間の中央値は2.7時間と報告されています。

参考)くすりのしおり : 患者向け情報

日本での使用成績調査では、46例中41例において、メチレンブルー投与前後の血中メトヘモグロビン濃度がそれぞれ32.4%および2.0%と統計的に有意な低下が認められました。副作用については5例に認められ、重篤なものは溶血性貧血の3例でした。投与量は、生後3ヵ月を過ぎた乳幼児、小児および成人に対して1-2mg/kgを5分以上かけて静脈内投与します。

参考)医療用医薬品 : メチレンブルー (メチレンブルー静注50m…

ただし、G6PD欠損症患者ではメチレンブルーにより溶血を引き起こす可能性があるため禁忌とされており、治療前にG6PD活性の確認が重要です。また、重篤な症例では血液透析による原因薬物の体外除去も併用される場合があります。

参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00065140.pdf