腸管出血性大腸菌の種類
腸管出血性大腸菌O157の特徴と血清型
腸管出血性大腸菌の中で最も重要な位置を占めるのがO157:H7です。この菌は志賀様毒素産生型として知られ、全体の分離株の50%から60%を占めています。 O157は病原性を保持し、典型的には汚染された食品や生乳、十分に加熱されていない牛ひき肉などの摂取により食中毒を引き起こします。
参考)腸管出血性大腸菌はO157だけではありません|大阪健康安全基…
大腸菌の血清型は、菌体表面に発現しているO血清群(菌体表層のリポ多糖を構成する糖鎖ユニットO抗原)とH抗原(べん毛の主要構成たんぱく質フラジェリン)の組み合わせによって表されます。 現在、O血清群はO1からO188まで、H型はH1からH56まで定められており、O157:H7という表記はO157血清群とH7型を組み合わせたものです。
参考)富山県/腸管出血性大腸菌の血清型の決定
O157の感染は出血性下痢や腎不全を引き起こす可能性があり、5歳未満の子供、高齢の患者、および免疫不全患者の死亡を引き起こすことが報告されています。 感染力が強く、通常の細菌性食中毒では100万個単位の菌の摂取が必要なのに対し、わずか100個程度の菌数の摂取で発症するといわれています。
参考)腸管出血性大腸菌感染症
腸管出血性大腸菌の非O157系統の種類
日本で分離される腸管出血性大腸菌のO抗原タイプは約60種類で、毎年少しずつ増加しています。 O157に次いで多い血清型がO26で、その他にO111、O121、O128、O145などが重要な非O157系統として知られています。
参考)腸管出血性大腸菌Q&A|厚生労働省
O26は2番目に多い血清型として確認されており、O157と同様にベロ毒素を産生します。 O111についても重症化するケースが報告されており、シガ毒素(またはベロ毒素)とインチミンと呼ばれる腸管に定着するためのタンパク質を主な病原因子とします。
参考)腸管出血性大腸菌O111について
これらの非O157系統の腸管出血性大腸菌も、症状や重症度においてO157と同様のリスクを持っています。 無症状な潜伏期を過ぎると、初期には下痢と腹痛が起き、3日目ぐらいから激しい腹痛とともにベロ毒素によって大腸の粘膜が傷められ血便が出始めます。
参考)http://www.kansen-wakayama.jp/topcs/topcs61.html
腸管出血性大腸菌のベロ毒素産生メカニズム
腸管出血性大腸菌の最も重要な病原因子はベロ毒素(Verotoxin:VT、またはShigatoxin:Stxと呼ばれる)です。 ベロ毒素は実験などに使われる培養細胞のベロ細胞(アフリカミドリザルの腎臓の細胞)に対して致死的に作用することからこの名前が付けられています。
参考)腸管出血性大腸菌感染症(詳細版)|国立健康危機管理研究機構 …
ベロ毒素には免疫学的に異なる2種類があり、1つは志賀赤痢菌が産生するのと同じ毒素で、細胞のタンパク質合成を抑制し、細胞を死滅させる作用があります。 特に腎臓、脳、肺などが障害を起こすといわれており、腎臓に作用すれば溶血性尿毒症症候群(HUS)、脳に作用すれば血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)などを発症することがあります。
参考)https://jvma-vet.jp/mag/06706/d1.pdf
ベロ毒素の検出は、大腸菌が持つベロ毒素抗原を特異的に認識する抗体を用いたイムノクロマト法で迅速に行われます。 興味深いことに、緑茶のカテキンには大腸菌O157に対する抗菌効果があり、菌が出すベロ毒素にも効果があることが研究で示されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/ac9ace194c00d2e1aa141cc3613e02c3d2f7c92f
腸管出血性大腸菌による溶血性尿毒症症候群の発症機序
溶血性尿毒症症候群(HUS)は、主に志賀毒素やベロ毒素によって惹起される血栓性微小血管障害です。 腸管出血性大腸菌感染症患者の約1~10%に発症し、下痢あるいは発熱出現後4~10日に発症することが一般的です。
HUSの診断は3つの主徴をもって行われます:(1)溶血性貧血(破砕状赤血球を伴う貧血Hb10g/dl以下)、(2)血小板減少(血小板数10万/µl以下)、(3)急性腎機能障害(血清クレアチニン濃度が年齢別基準値の97.5%値以上で、各個人の健常時の値の1.5倍以上)です。
HUSの発症は5歳以下の小児に特に多く、中枢神経症状(意識障害、痙攣、頭痛、急性脳症など)、肝機能障害、肝内胆管・胆嚢結石、膵炎、DICを合併することがあります。 治療法は、ベロ毒素除去のための輸液、利尿薬、血液透析、血漿交換と、感染症に対する抗生物質治療が必要で、急性期死亡率は2~3%です。
参考)https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0915.html
腸管出血性大腸菌の隠れた感染源と環境中での生存戦略
腸管出血性大腸菌は本来動物の腸管内に住む菌で、牛などの反芻動物は健康でも一定の割合で保菌していることが知られています。 意外にも、この菌は河川の源流・上流部にも存在することが研究で明らかになっており、環境中での分布は予想以上に広範囲です。
参考)さいたま市/腸管出血性大腸菌感染症(O157など)
菌は家畜の糞便に汚染された食肉や飲料水、また環境中からO157の汚染を受けたあらゆる食品が原因食品となり得ます。 感染経路は糞口経路であり、多くの場合は汚染された生野菜、加熱が不十分な肉、生乳によるものです。
参考)腸管出血性大腸菌O157:H7 – Wikipedia
特に注目すべきは、この菌の環境抵抗性です。腸管出血性大腸菌は熱に弱く75℃で1分間以上の加熱で死滅しますが、消毒薬も有効です。 しかし、冷蔵保存や冷凍保存では死滅せず、むしろ低温環境で長期間生存することができます。
参考)腸管出血性大腸菌感染症(O157、O26、O103など)|沖…
また、井戸水による感染事例も報告されており、地下水汚染による感染リスクも存在します。 高齢者施設での浅漬を原因とした集団食中毒事件も報告されており、発酵食品や漬物類においても感染リスクがあることが示されています。
参考)腸管出血性大腸菌O157等による食中毒|厚生労働省