免疫原性と抗原性の違い

免疫原性と抗原性の基本的違い

免疫原性と抗原性の基本的な違い
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免疫原性

免疫応答を引き起こす能力

抗原性

抗体と特異的に結合する能力

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臨床的重要性

バイオ医薬品の効果と安全性に直結

免疫原性の分子メカニズムと免疫応答誘導機序

免疫原性(immunogenicity)とは、抗原などの異物がヒトや他の動物の体内で免疫応答を引き起こす能力のことを指します。この能力は複数の因子によって決定され、特に分子サイズ、系統発生距離、化学組成の複雑さが重要な要素となります。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%8D%E7%96%AB%E5%8E%9F%E6%80%A7

免疫原性を有する物質(免疫原)は、主に以下のメカニズムで免疫応答を誘導します。

  • 抗原提示細胞(APC)による抗原の捕獲と処理:樹状細胞やマクロファージが免疫原を取り込み、ペプチド断片に分解します
    参考)https://ask-biosimilars.com/wp-content/uploads/2021/11/ASK_educational-handbook_chapter-7-slide-deck_v4_JA.pdf

  • MHCクラスII分子への抗原ペプチドの提示:処理された抗原ペプチドがMHCクラスII分子と結合し、細胞表面に提示されます
  • T細胞の活性化:CD4+ T細胞がMHC-ペプチド複合体を認識し、活性化されます
  • B細胞の増殖と抗体産生:活性化されたT細胞がB細胞を刺激し、IgG抗体(抗薬物抗体)が産生されます

タンパク質は多糖類よりも免疫原性が大幅に高く、通常は抗原性と免疫原性の両方を持つ完全抗原として機能します。一方、脂質や核酸は比較的分子量が小さく、単独では免疫原性を示さない場合が多いとされています。

抗原性の特異的結合能力と分子認識機序

抗原性(antigenicity)とは、ある化学構造が T細胞受容体や抗体のように適応免疫を持つ特定の産物群と特異的に結合する能力を指します。抗体と結合する能力を抗原性と呼び、この結合は主に非共有結合的な相互作用によって実現されます。
参考)https://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/related/hapten/index.html

抗原と抗体の相互作用は以下の分子レベルの力によって媒介されます。

これらの相互作用は個々では弱い非共有結合ですが、複数の結合が形成されることで比較的強固な抗原抗体複合体を形成します。抗原決定基(エピトープ)と抗体の抗原結合部位(パラトープ)の間の特異的結合に関与する部位は、通常はほんの少数のアミノ酸からなっています。
抗原性を持つがハプテンのように免疫原性を欠く物質も存在し、これらは不完全抗原または部分抗原と呼ばれています。ハプテンは血清蛋白や細胞膜蛋白などの担体と結合することで完全抗原として作用し、免疫原性を発揮することができます。

バイオ医薬品における免疫原性評価と薬物動態への影響

バイオ医薬品は抗原として作用し、治療した患者で抗体(抗薬物抗体)の産生が誘導される場合があります。FDAの安全性情報に基づく研究では、バイオ医薬品による抗体産生の誘導率は製品により0%から約25%と大きく異なることが報告されています。
参考)http://www.nihs.go.jp/dbcb/immunogenicity.html

バイオ医薬品の免疫原性は以下の臨床的影響を及ぼします。

有効性への影響

安全性への影響

  • 自己免疫反応:抗薬物抗体が患者自身の内在性因子にも作用し、重篤な有害反応(赤芽球癆等)を引き起こす可能性があります
  • 急性輸注反応(Infusion reaction):投与中から投与後24時間以内に発現する急性過敏性反応のリスクが増大します
    参考)https://www.mhlw.go.jp/content/001380077.pdf

免疫原性の予測は困難であり、動物実験やin vitroモデルではヒトの免疫応答を正確に予測できないため、対象集団での調査が必要とされています。特に、高所得国の免疫原性データは必ずしも低所得国や中所得国に展開できるとは限らない点が課題となっています。

ワクチン開発における免疫原性と抗原性の最適化戦略

ワクチン開発において、免疫原性と抗原性の両方を最適化することが効果的な予防接種の実現に不可欠です。免疫原性はワクチン開発の中心的な側面であり、病原体に対する保護的な免疫応答を誘発するために必要不可欠な特性です。

アジュバントによる免疫原性の強化

アジュバントは抗原に対する免疫応答の有効性と持続性を高める分子、化合物、または高分子複合体です。アジュバントの目的は、併用される抗原の免疫原性を高めることにより免疫系を助けることにあります。現在のアジュバントは以下の多機能を提供しています:
参考)https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/research-and-disease-areas/immunology-research/choosing-the-optimal-vaccine-adjuvant

  • 免疫原性の増強:高純度または組み換え抗原の免疫原性を高めます
  • 抗原量の削減:防御免疫に必要な抗原の量や予防接種の回数を削減します
  • 特殊な集団への効果改善:新生児、高齢者、免疫不全者におけるワクチンの有効性を改善します
  • 粘膜免疫の誘導:粘膜による抗原摂取のための抗原デリバリーシステムとして機能します

ワクチン抗原の免疫原性特性

タンパク質および一部の多糖類は免疫原性を持っており、体液性免疫応答を誘発することができます。また、タンパク質および一部の脂質/糖脂質は、細胞免疫の免疫原として機能する特徴があります。

がん免疫療法への応用

近年のワクチン開発は感染症を超え、がんやアルツハイマー、生活習慣病などの非感染症疾患にまで拡大しています。免疫抵抗性を示すがん腫に対しては、HLA分子との薬物相互作用により抗原提示を変化させ、キラーT細胞を活性化する新たな治療戦略が開発されています。
参考)https://www.inm.u-toyama.ac.jp/result/2023_0803/

免疫原性と抗原性の臨床応用における独自視点と将来展望

従来の免疫学的概念を超えて、免疫原性と抗原性の理解は個別化医療や精密医学の分野で新たな展開を見せています。特に、患者個人のHLA型と薬物の相互作用パターンを解析することで、治療効果を最大化し副作用を最小化する治療戦略の開発が進んでいます。

薬物誘導性免疫原性の活用

近年の研究では、薬物過敏症のメカニズムを逆手に取り、特定のHLA多型分子に薬物が相互作用することで異常な抗原が提示される現象を、がん免疫療法に応用する試みが注目されています。この「薬物によってHLA上の自己抗原が異常抗原に変化し、それに伴ってキラーT細胞が活性化する現象」は、免疫原性が低いがんの抗原性を向上させる革新的な治療戦略となる可能性があります。

免疫寛容の制御と治療応用

免疫寛容は通常、循環する制御性T細胞によって制御されていますが、バイオ医薬品は自己免疫疾患における自己抗原と同様に「自己免疫寛容破綻」を引き起こす可能性があります。この現象を理解し制御することで、自己免疫疾患の治療や移植医療における免疫抑制療法の最適化が期待されています。

次世代バイオ医薬品の設計戦略

動物由来の抗体のアミノ酸配列は免疫原性に関与する他、抗体の体内動態にも影響するため、遺伝子組換えにより動物由来配列をヒト由来配列に置き換える技術が確立されています。今後は、コンピューター予測モデルとAIを活用し、免疫原性を最小化しながら治療効果を最大化するバイオ医薬品の分子設計が主流となると予想されます。

パーソナライズド免疫療法の実現

患者個人のHLA型、免疫応答パターン、薬物代謝能力などを総合的に解析し、最適な免疫原性と抗原性のバランスを持つ治療法を選択する個別化医療の実現が期待されています。特に、がん免疫療法においては、患者固有のネオ抗原の免疫原性を評価し、最も効果的な治療戦略を決定する精密医学アプローチが重要となります。
参考)https://gan911.com/column/6517/

これらの先進的なアプローチにより、免疫原性と抗原性の理解は単なる基礎概念から、実際の臨床現場で患者の治療成績を向上させる実用的な知識へと発展しています。医療従事者にとって、これらの概念の深い理解は、より効果的で安全な治療法の選択と患者ケアの質向上に直結する重要なスキルとなっています。