アゾールとキャンディンの耐性
アゾール系抗真菌薬の耐性メカニズム
アゾール系抗真菌薬の耐性は、複数の機序により発生する複雑な現象である 。主要な耐性機序として、まず薬剤排出ポンプの高発現が挙げられる。Candida albicansにおいては、ATP-binding cassette(ABC)transporterとmajor facilitator superfamily(MFS)typeの薬剤排出ポンプが、フルコナゾールなどのアゾール剤を基質として認識し、細胞外に汲み出すことによりアゾール耐性を獲得する 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjmm/50/2/50_2_057/_pdf
ERG11遺伝子の変異や過剰発現も重要な耐性機序である 。ERG11によってコードされているlanosterol 14α-demethylaseが標的分子であり、この酵素の変異により薬剤親和性が低下する 。さらに、ERG3遺伝子の変異による有害ステロール蓄積の回避機構も耐性に寄与している 。
参考)https://www.antibiotics.or.jp/wp-content/uploads/67-4_263-271.pdf
興味深いことに、アスペルギルス属では環境要因も耐性獲得に関与している 。農薬として使用されるアゾール系化合物の大量使用が、環境中のアスペルギルス属の薬剤耐性獲得に寄与している可能性が議論されている 。このような状況は、医療用アゾール系抗真菌薬の効果を低下させるだけでなく、公衆衛生上のリスクも高めることになる 。
参考)アスペルギルス症: 薬剤耐性問題の現状と対策|国立健康危機管…
キャンディン系抗真菌薬の耐性発生機序
キャンディン系抗真菌薬の耐性は、β-1,3-グルカン合成酵素をコードするFKS遺伝子の特定部位における変異により発生する 。これらの耐性菌はカスポファンギン、ミカファンギン、アニデュラファンギンに対して交差耐性を示すが、アゾール剤やアンフォテリシンBなどには感受性を保持している 。
参考)カンジダに対する抗真菌薬の作用機序と耐性機構 (臨床検査 6…
低感受性株のほとんどはC. albicansであるが、C. glabrata、C. krusei、C. tropicalisでも見られ、これらの株はキャンディンに対する感受性が100倍近く低下し、膜画分中のβ-1,3-グルカン合成酵素もキャンディン耐性を示す 。特にC. glabrataにおけるアゾール系とキャンディン系の両系統に耐性を示す株の増加は特に問題視されている 。
一般に、キャンディン系薬耐性株の分離頻度はきわめて低いとされているが 、予想通りキャンディン耐性株が近年増加しており、治療上の問題となっている 。興味深い現象として、一部のキャンディン系薬ではパラドキシカル効果が観察されており、カスポファンギンがミカファンギンやアニデュラファンギンよりパラドキシカル効果を起こしやすいとされている 。
参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM1006_01.pdf
アゾール・キャンディン交差耐性の臨床課題
交差耐性の発生は臨床現場における治療選択を複雑化させている 。フルコナゾール耐性のC. albicansおよびC. tropicalisでは他のアゾール系薬にも交差耐性を示すことが確認されており、一方でミカファンギンおよびアンフォテリシンBはこれらの菌株に優れた殺菌作用を示している 。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/05504/055040257.pdf
特に注目すべきは、C. glabrataにおける耐性パターンの変化である 。7つのサーベイランス報告によると、C. albicans、C. parapsilosis、C. tropicalisの3菌種におけるフルコナゾール耐性頻度は0~4.4%と低いレベルにあるが、C. glabrataの耐性頻度は5.2~15.8%と増大し、C. kruseiに至っては17.2~100%と最も高い耐性頻度を示している 。
多剤耐性Candida aurisの出現は特に深刻な問題となっている 。米国では90%のC. aurisがフルコナゾール耐性、30%がアンフォテリシンB耐性であり、キャンディン耐性は5%未満であるが、全てのクラスの抗真菌薬に耐性を示す株も知られている 。このような多剤耐性菌に対しては、感受性測定が重要であり、一般に治療の第一選択はキャンディン、第二選択はアムホテリシンBリポソーム製剤となる 。
参考)https://www.jsmm.org/pdf/draft_summary.pdf
アゾール・キャンディン耐性株の治療戦略
耐性株に対する治療戦略は、薬剤感受性試験の結果に基づいた個別化医療が基本となる 。2016年のIDSAガイドラインでは、すべての検出されたCandida spp.に対して薬剤感受性試験を行い、アゾール・キャンディン系抗真菌薬が耐性の場合はliposomal amphotericin B(L-AMB)を推奨している 。
参考)https://www.chemotherapy.or.jp/journal/jjc/06703/067030338.pdf
経験的治療においては、アゾール耐性が疑われる場合には、ミカファンギンやアンホテリシンBリポソーム製剤を使用することが推奨される 。特にC. glabrataやC. kruseiはアゾール系薬耐性や低感受性である場合が多く、C. parapsilosisはキャンディン系薬がやや不得意とすることを考慮すると選択の助けになる 。
参考)侵襲性カンジダ症の診断と治療(3/3) │ KANSEN J…
新たな治療選択肢として、従来の抗真菌薬と全く違う機序での抗真菌活性を有するorotomides系のオロロフィムが注目されている 。この薬剤は、隠蔽種を含むアゾール耐性のアスペルギルスに十分な感受性を有しており、従来の治療に抵抗性を示す症例への新たな選択肢となる可能性がある 。
参考)https://www.jstct.or.jp/uploads/files/guideline/01_04_shinkin03n.pdf
アゾール・キャンディン耐性対策の未来展望
薬剤耐性真菌感染症への対策は、予防と治療の両面からのアプローチが重要である 。抗菌薬の乱用が薬剤耐性細菌の増加につながるように、真菌も抗真菌薬に曝露すればするほど、薬剤耐性真菌が自然に増えていくことが指摘されている 。そのため、抗真菌薬の適正使用が耐性菌出現抑制の基本となる。
参考)抗真菌薬の過剰処方が薬剤耐性真菌感染症増加の一因に|医師向け…
環境中の薬剤耐性菌対策も重要な課題である 。医学と農業分野での抗真菌薬の重複使用により、ヒト病原菌における耐性発達を防ぐための包括的な対策が必要とされている 。特にアゾール系化合物については、農薬使用による環境への影響を考慮した使用指針の策定が求められている。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10693676/
分子診断技術の進歩により、耐性遺伝子の迅速検出が可能となっており、早期の治療選択に貢献している。FKS遺伝子のホットスポット変異やERG11遺伝子変異の検出により、適切な抗真菌薬選択が可能となり、治療成功率の向上が期待される 。
また、薬剤の相互作用を利用した併用療法の研究も進んでいる。従来単剤では効果が限定的であった症例に対して、作用機序の異なる抗真菌薬の組み合わせにより、相乗効果を期待する治療戦略が検討されている。これにより、耐性菌に対する治療選択肢の拡大が期待される。