シクロオキシゲナーゼとプロスタグランジンの炎症反応における役割

シクロオキシゲナーゼとプロスタグランジンの関係

シクロオキシゲナーゼとプロスタグランジンの基本概念
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酵素と生理活性物質の関係

シクロオキシゲナーゼがアラキドン酸を代謝してプロスタグランジンを産生

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炎症反応の分子基盤

COX-1とCOX-2の異なる役割と発現パターン

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治療標的としての重要性

NSAIDsをはじめとする薬物療法の作用機序


シクロオキシゲナーゼ(COX)は、アラキドン酸をプロスタグランジンやトロンボキサンなどの生理活性物質に変換する重要な酵素です 。この酵素系は炎症反応、疼痛、発熱といった生体防御反応において中心的な役割を担っています 。

参考)https://numon.pdbj.org/mom/17?l=ja

プロスタグランジンエンドペルオキシドシンターゼとも呼ばれるこの酵素は、アラキドン酸に二つの酸素分子を付加する反応を触媒します 。この反応により生成されるプロスタグランジンH2(PGH2)は、さらに各種の特異的合成酵素により、プロスタグランジンE2(PGE2)、プロスタグランジンI2(PGI2)、トロンボキサンA2(TXA2)などに変換されます 。

参考)シクロオキシゲナーゼ – Wikipedia

シクロオキシゲナーゼのアイソザイム構造と機能

シクロオキシゲナーゼには、COX-1、COX-2、COX-3の3つのアイソザイムが存在し、それぞれ異なる生理学的役割を担っています 。COX-1は大部分の組織に恒常的に発現し、胃粘膜、血管内皮、腎臓などの臓器保護に関与するプロスタグランジンの産生を担当しています 。この酵素は構成酵素として分類され、基本的な生体機能の維持に不可欠な「管理維持の信号」を伝達するプロスタグランジンを産生します 。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/100/10/100_2888/_pdf

一方、COX-2は通常の細胞内にはほとんど存在せず、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1)、増殖因子(PDGF)、ホルモンなどの刺激により誘導される誘導酵素です 。炎症部位の線維芽細胞、血管内皮細胞、マクロファージ、滑膜細胞などにおいて、NF-κBやAP-1などの転写因子の活性化や各種MAPキナーゼのリン酸化を介して急激に大量発現します 。

参考)COX-2選択的阻害剤【セレコックス】①

COX-1とCOX-2の立体構造の違いは薬物開発において重要な意味を持ちます 。COX-2にはCOX-1には存在しない523番目のバリンの後に親水性のサイドポケットが存在し、選択的阻害薬はこの構造的違いを利用して設計されています 。

参考)m3電子書籍

シクロオキシゲナーゼによるプロスタグランジン産生メカニズム

シクロオキシゲナーゼによるプロスタグランジン産生は、アラキドン酸カスケードと呼ばれる複雑な生化学反応の一部として進行します 。組織損傷や炎症刺激により、細胞膜のリン脂質からホスホリパーゼA2(PLA2)の作用でアラキドン酸が遊離されます 。遊離したアラキドン酸は、シクロオキシゲナーゼの二機能性活性部位において、まずシクロオキシゲナーゼ活性により酸素添加反応を受けてPGG2となり、続いてペルオキシダーゼ活性によりPGH2に変換されます 。

参考)https://www.merckmillipore.com/INTERSHOP/web/WFS/Merck-JP-Site/ja_JP/-/JPY/ShowDocument-Pronet?id=201006.056

このPGH2は、各種プロスタグランジン最終合成酵素により特異的なプロスタグランジン類に変換されます 。プロスタグランジンE合成酵素(PGES)によりPGE2、プロスタサイクリン合成酵素によりPGI2、トロンボキサン合成酵素によりTXA2などが産生されます 。

参考)プロスタグランジンE2 – Wikipedia

プロスタグランジンE合成酵素にはmPGES-1、mPGES-2、cPGESの3種類が存在し、それぞれ異なる特徴を示します 。mPGES-1は炎症時に誘導され、COX-2と協調してPGE2産生を増大させる重要な酵素として注目されています 。

参考)https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2020-file/release201012.pdf

シクロオキシゲナーゼ阻害による炎症制御メカニズム

非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs)は、シクロオキシゲナーゼの阻害を通じて抗炎症、解熱、鎮痛作用を発揮します 。アスピリンは代表的なNSAIDsで、アラキドン酸がシクロオキシゲナーゼの活性部位に結合するのを阻害することにより、プロスタグランジン産生を抑制します 。
従来のNSAIDsはCOX-1とCOX-2の両方を非選択的に阻害するため、治療効果とともに副作用も引き起こします 。COX-1の阻害により胃粘膜保護作用を持つプロスタグランジンの産生が低下し、胃潰瘍などの消化管障害が発生します 。また、腎血管拡張に働くPGE2やPGI2の産生阻害により、腎血流が減少し急性腎不全を引き起こすことがあります 。

参考)薬剤性消化管障害(非ステロイド抗炎症薬 と抗血小板薬)につい…

これらの副作用を軽減するため、COX-2選択的阻害薬が開発されました 。セレコキシブなどのCOX-2選択的阻害薬は、極性のスルホンアミド基とメチルフェニル基を有し、COX-2の親水性サイドポケットに特異的に結合します 。これにより炎症部位でのプロスタグランジン産生を選択的に抑制し、生体保護機能を担うCOX-1は温存することが期待されました 。

参考)当院で処方する鎮痛薬「NSAIDs」について解説

シクロオキシゲナーゼとプロスタグランジンの病態生理学的意義

プロスタグランジンは、炎症反応において多面的な役割を果たします 。プロスタグランジンE2(PGE2)は最も代表的な炎症性メディエーターで、発熱、痛覚過敏、血管透過性亢進を引き起こします 。PGE2自体には直接的な発痛作用は弱いものの、ブラジキニンなどの発痛物質の作用を増強し、疼痛閾値を低下させます 。

参考)プロスタグランジンとはどんな関係?

興味深いことに、最近の研究でPGE2がマスト細胞上のEP3受容体に作用してマスト細胞を活性化させることが明らかになりました 。活性化したマスト細胞は脱顆粒により放出されるヒスタミンを通じて血管透過作用を発揮し、炎症を惹起します 。この発見は、従来考えられていた血管拡張作用とは異なる新たな炎症惹起メカニズムを示しており、EP3遮断薬が副作用のない抗炎症薬となる可能性を示唆しています 。

参考)https://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/pressrelease/2013_file/release131219.pdf

シクロオキシゲナーゼ-2の過剰発現は、さまざまな病的状態と関連しています 。皮膚癌の発生においてCOX-2発現との関連性が報告されており 、乳癌の骨転移においてもCOX-2の関与が示されています 。また、血管内皮増殖因子-C(VEGF-C)がVEGF-R3/JNK/AP-1経路を介してCOX-2を誘導し、白血病細胞の血管新生を促進することも明らかになっています 。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/bcf3a36095cf4739320172309a411c1094dadd85

シクロオキシゲナーゼを標的とした先進的治療戦略

シクロオキシゲナーゼとプロスタグランジン系を標的とした治療戦略は、従来の薬物療法を超えて多様化しています 。低分子ペプチドを用いたCOX-2の最適阻害に向けた合理的設計により、非常に効果的な抗炎症薬の開発が進められています 。また、関節リウマチ患者の滑膜細胞に対するレンチウイルス媒介COX-2核酸干渉の研究により、遺伝子治療の可能性も探索されています 。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b6110527f13b377b0d39002a663c06dceea3a02b

天然物由来の阻害剤の研究も注目されており、ヤマモモの葉が5-リポキシゲナーゼ(5-LOX)とシクロオキシゲナーゼ(COX)の両方を阻害する可能性が報告されています 。これは、アラキドン酸代謝の複数経路を同時に制御する新しいアプローチとして期待されています 。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/cebff3a3fe8cd31520803f4e7bc904c564682d52

肺高血圧症の研究においては、圧力負荷が肺動脈由来平滑筋細胞のCOX-2発現を遅延させることが明らかになり 、病態に応じたCOX-2発現制御の重要性が示されています 。ドコサヘキサエン酸(DHA)がインターロイキン-1β誘導性COX-2発現に与える影響についても研究が進められており 、栄養学的アプローチからの炎症制御の可能性が探られています。

参考)肺動脈由来平滑筋細胞におけるインターロイキン-1β誘導性シク…

さらに、オリーブ油化合物が膠芽腫細胞のCOX-2発現低下を介してTNF-αによる内皮細胞移動のパラクリン調節を阻害するという報告もあり 、食品成分による炎症制御メカニズムの解明が進んでいます。これらの研究は、従来の薬物療法とは異なる新たな治療選択肢の可能性を示唆しており、個別化医療の発展に寄与することが期待されています。

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/9021c976a72bcfd2d5a414098a040918bdbcc768