テラプレビル販売中止の理由と経緯
テラプレビルの重篤な皮膚障害による死亡例
テラプレビル(商品名:テラビック錠)は2011年から2017年まで使用されたC型肝炎治療薬でしたが、販売中止の最大の理由は重篤な皮膚障害による死亡例の多発でした 。2011年11月の発売から約2年間で、1万1135人が服用し、そのうち約23%にあたる2588人に重篤な副作用が発現しました 。
参考)C型肝炎治療薬「テラビック」、副作用で15人死亡 – 日本経…
特に深刻だったのは、中毒性表皮壊死融解症(TEN)や皮膚粘膜眼症候群(SJS)などの重症薬疹で、50代から70代の男女15人が死亡に至りました 。これらの死亡例の多くは、処方対象外とされていた重度の肝硬変や肝臓がんの患者への処方でしたが、適応内の患者でも発疹などの副作用の兆候を医師が見逃すケースが指摘されました 。
製造販売元の田辺三菱製薬は、テラプレビルの使用に際して皮膚科専門医との連携を必須とし、グレード1の皮膚障害時点でも皮膚科への紹介を推奨していました 。しかし、グレード1から3へ急激に悪化し死亡に至る症例も報告されており、重篤な皮膚障害のリスクを完全に回避することは困難でした 。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000143490.pdf
テラプレビル併用療法の高い副作用発現率
テラプレビルの3剤併用療法(ペグインターフェロン+リバビリン+テラプレビル)では、副作用発現率が100%に達していました 。主な副作用として、貧血(91.3%)、発熱(77.8%)、白血球数減少(68.3%)、血小板数減少などの血液系異常が高頻度で認められました 。
参考)https://heisei-ph.com/pdf/H24_6_21_1.pdf
さらに、テラプレビル投与時には重篤な感染症の誘発リスクも指摘されており、2012年11月までに70例の重篤な感染症が報告され、その中には腎盂腎炎15例、肺炎15例、敗血症13例が含まれていました 。敗血症による死亡例も3例確認されており、免疫低下を招きやすい経口ステロイド使用患者での発症が多く見られました 。
参考)https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=43837
国内第Ⅲ相試験における治療完遂率は約60%に留まり、3人に1人の割合でテラプレビルの投薬期間である12週間が経過する前に投薬中止となっていました 。これは他の治療薬と比較して明らかに高い中止率であり、薬剤の安全性に重大な問題があることを示していました。
参考)テラプレビル服用時に尿中に特徴的な結晶成分を認めた症例
第2世代DAA薬剤の登場による治療選択肢の拡大
テラプレビル販売中止の背景には、より安全で効果的な第2世代Direct-Acting Antiviral(DAA)薬剤の登場がありました 。特にシメプレビル(ソブリアード®)は、テラプレビルと同等の治療効果を持ちながら、副作用プロファイルが大幅に改善された第2世代プロテアーゼ阻害薬として注目されました 。
2014年7月にはインターフェロンフリーのDAA治療として、アスナプレビル(スンベプラ®)とダクラタスビル(ダクルインザ®)の併用療法が認可され、従来IFN不適格例やIFN無効例に対する治療が可能となりました 。このIFNフリー治療のSVR率は80~90%と高い効果を示しました 。
参考)https://www.kajiwara-cl.jp/wp-content/uploads/05_pdf_05.pdf
さらに2015年には、ソホスブビル(ソバルディ®)とレジパスビルの併用療法が認可され、国内臨床試験でSVR率99%という驚異的な治療成績を達成しました 。この治療法では副作用による投与中止例がなく、重篤な副作用も認められませんでした 。
医療現場でのテラプレビル使用実態と問題点
テラプレビルの使用には多くの制約があり、消化器科専門医と連携可能な肝臓専門医に処方が限定されていました 。しかし、実際の医療現場では適切な副作用管理が困難なケースが多く見られました。
特に問題となったのは、テラプレビル投与開始後の皮膚症状の早期発見と対応でした 。多形紅斑の大半や重症薬疹は治療開始1~2ヶ月以降に発症するため、継続的な観察が必要でしたが、発疹などの初期症状を見逃すケースが頻発しました 。
参考)テラプレビルによる皮膚障害 (臨床皮膚科 67巻5号)
また、テラプレビルの薬物相互作用も治療上の大きな問題でした。肝臓で代謝されるCYP3A4の強力な阻害薬であるため、併用禁忌薬が多数存在し、患者の基礎疾患や併用薬によっては使用が制限される場合が多くありました 。
参考)薬物相互作用 (25―C型肝炎治療薬テラプレビルにおける薬物…
テラプレビル販売中止による現在のC型肝炎治療への影響
2017年のテラプレビル製造販売中止により、C型肝炎治療ガイドラインからもテラプレビルの記載が削除されました 。現在では第2世代プロテアーゼ阻害薬およびIFNフリーDAA治療が標準となっており、治療成績の向上と副作用の軽減が同時に実現されています。
参考)C型肝炎治療ガイドライン|日本肝臓学会ガイドライン|ガイドラ…
テラプレビルの販売中止は、医薬品の安全性と有効性のバランスを考慮した適切な判断でした。現在利用可能な新規DAA治療では、SVR率95%以上という高い治療効果と優れた安全性プロファイルにより、C型肝炎の根治が現実的な目標となっています 。
参考)http://www.kawaguchi-hp.or.jp/wp-content/uploads/2014/04/b5e1c2fed9c4fe316f1cc19101cb80201.pdf
特筆すべきは、テラプレビルの使用経験から得られた教訓が、その後のDAA開発において活かされている点です。薬物相互作用の軽減、投与回数の簡便化(1日1回投与)、治療期間の短縮(8~12週間)など、患者にとってより使いやすい治療選択肢が提供されています 。
現在の医療現場では、テラプレビル時代と比較して格段に安全で効果的なC型肝炎治療が実施されており、患者のQOLを大きく損なうことなく根治を目指すことが可能となっています。テラプレビルの販売中止は、より良い治療法への発展過程における必然的な結果と評価できるでしょう。