ペリプラズムとペプチドグリカンの違い

ペリプラズムとペプチドグリカンの違い

ペリプラズムとペプチドグリカンの基本的な違い
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ペリプラズムの特徴

細胞膜間に存在する水溶性の空間で、酵素とタンパク質を含有

ペプチドグリカンの特徴

細胞壁を構成する網目状ポリマーで、細胞の形状と強度を保持

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存在部位の違い

ペリプラズムは空間、ペプチドグリカンは固体物質として機能

ペリプラズムの空間的特徴と分子組成

ペリプラズムは、グラム陰性細菌における内膜と外膜の間に存在する水溶性の空間領域です 。この空間は細胞の全体積の最大40%に達することもあり、細菌の機能維持において極めて重要な役割を担っています 。

参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%A0

ペリプラズム内には、アルカリホスファターゼ、環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼ、酸性ホスファターゼ、5′-ヌクレオチダーゼなど多様な酵素が存在しています 。これらの酵素は栄養素の結合、輸送、フォールディング、分解、加水分解から、ペプチドグリカンの生合成、電子伝達、薬物代謝まで広範な機能に関与しています 。
特に注目すべき点は、ペリプラズムがATPを含まないため、ここに存在する酵素はATPに依存しない機構で作用することです 。また、ペリプラズムには結合タンパク質が高濃度で存在し、基質への結合や加水分解、細胞外シグナルの受容に関わっています 。

参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E8%8F%8C%E3%81%AE%E7%B4%B0%E8%83%9E%E6%A7%8B%E9%80%A0

ペプチドグリカンの化学構造と物理的性質

ペプチドグリカンは、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)とN-アセチルムラミン酸(MurNAc)という2種のアミノ糖の交互繰り返しを基本単位とする高分子化合物です 。この構造は細菌の種類によって異なり、黄色ブドウ球菌では、ペンタグリシンを架橋としたL-アラニン-γ-D-グルタミン-L-リシン-D-アラニンのテトラペプチドがリシンに結合しています 。
大腸菌では、リシンの代わりにmeso-ジアミノピメリン酸が結合しており、細菌種間で構造的多様性を示しています 。ペプチドグリカンは網目状の強固な構造を形成し、細胞質の浸透圧に対する耐久性を提供し、細胞の形態と強度を保持する重要な機能を果たしています 。
ペプチドグリカン層の厚さは細菌の種類によって大きく異なり、グラム陽性菌では20-80nm、グラム陰性菌では7-8nmとなっています 。グラム陽性菌では細胞乾燥重量の90%に達するのに対し、グラム陰性菌では10%程度に留まります 。

ペリプラズムにおけるペプチドグリカンの配置関係

グラム陰性細菌においては、ペリプラズム内に薄いペプチドグリカン層が存在しています 。この配置により、ペリプラズムは単なる空の空間ではなく、ペプチドグリカンとタンパク質の濃度が高いゲル状の環境を形成しています 。
ペリプラズム内のペプチドグリカンは、内膜と外膜の間に位置し、細菌の構造的完全性を維持しながら、同時に酵素や結合タンパク質の機能的環境を提供しています 。この配置により、栄養分の細胞内への取り込みに必要な分解酵素や結合タンパク質が効率的に機能できる環境が整備されています 。

参考)https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/%E3%83%9A%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%A0/id/411

グラム陽性菌には外膜が存在しないため、厳密な意味でのペリプラズムは存在しませんが、細胞膜と細胞壁の間の領域は”inner wall zone”(IWZ)と呼ばれています 。この違いは、細菌の分類における基本的な構造的特徴の一つです。

ペリプラズムタンパク質とペプチドグリカンとの相互作用

ペリプラズムに存在するタンパク質は、ペプチドグリカンの生合成や修飾において重要な役割を果たしています。特に、ジスルフィド結合形成に関与するDsbAという酵素は、ペリプラズムで分泌タンパク質にジスルフィド結合を直接導入し、タンパク質の正しいフォールディングを促進します 。

参考)https://bsw3.naist.jp/research/index.php?id=81

ペプチドグリカンの合成過程では、Lipid IIと呼ばれる脂質結合前駆体が細胞質膜の内葉で合成され、その後膜を横切って移動し、複雑な多タンパク質機械によって重合・架橋されます 。この過程において、ペリプラズム内の環境と酵素系が協調して機能しています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9098691/

さらに、ペプチドグリカン認識タンパク質(PGRP)は、細菌のペプチドグリカンに結合し、場合によってはこれを加水分解する自然免疫系のパターン認識受容体として機能しています 。これらのタンパク質は、ペプチドグリカンの特定の構造を認識し、免疫応答を調節する重要な機能を担っています。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC535381/

ペリプラズムとペプチドグリカンの医学的重要性と抗生物質標的

ペプチドグリカンの生合成経路は、多くの抗生物質の標的となっています。β-ラクタム系抗生物質は、ペプチドグリカンの合成を阻害することで細菌を殺菌する効果を示します 。ペニシリン結合タンパク質(PBP)は、ペプチドグリカンの架橋形成に関与する酵素であり、これらの抗生物質の主要な標的となっています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11168573/

ペリプラズム環境は、抗生物質の作用機序においても重要な役割を果たしています。グラム陰性菌の外膜は透過障壁として機能するため、抗生物質がペリプラズムに到達し、そこでペプチドグリカン合成を阻害する必要があります 。

参考)https://foodmicrob.com/gram-positive-negative-structure/

また、ペプチドグリカンは強力な免疫刺激物質として知られており、動物の免疫応答を誘発します 。この特性は、ワクチンアジュバントとしての応用や、感染症の診断マーカーとしての利用において重要な意味を持っています 。
現代の感染症治療においては、ペリプラズムとペプチドグリカンの相互作用メカニズムの理解が、新たな抗菌戦略の開発に不可欠となっています。特に薬剤耐性菌の増加に対応するため、これらの基本的構造と機能の詳細な解析が求められています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10031507/