ポーリンとグラム陰性菌の関係性
ポーリンの分子構造と特徴
ポーリンは、グラム陰性菌、ミトコンドリア、葉緑体の外膜に存在する独特なタンパク質です 。このタンパク質はβバレル構造を含む膜貫通型タンパク質で、他の膜輸送タンパクとは異なり、分子の受動的拡散(passive diffusion)を許すほど大きな孔(pore)を持っています 。
ポーリンの構造は非常に精巧で、βシート構造で構成されており、通常は細胞質側のβターンとアミノ酸の長いループで結合しています 。βシートは逆平行であり、βバレルと呼ばれる円筒形の構造を作っています 。このβシートでは極性アミノ酸と無極性アミノ酸が交互に並んでおり、無極性アミノ酸は外部に面し無極性脂質と、極性アミノ酸はβバレルの内部に面し水チャネルとそれぞれ相互作用します 。
特筆すべきは、ポーリンのチャネルが「アイレット」と呼ばれるループ構造によって部分的にブロックされることです 。アイレットは通常、それぞれのバレルの第5と第6ストランドの間に存在し、チャネルを通過できる溶質のサイズを決定しています 。
ポーリンのグラム陰性菌での生理機能
グラム陰性菌におけるポーリンの役割は、生存に不可欠な物質輸送システムとして機能することです 。グラム陰性菌の外膜はリポ多糖体から構成された二重膜構造で、内側の膜はリピド、外側の膜はリポ多糖体となっています 。この構造により、グラム陰性菌は外界からの物質の取り込みに厳格な制限を設けています。
参考)https://jsv.umin.jp/microbiology/main_003.htm
水溶性で比較的分子量が小さいβラクタム系などの抗菌薬は、ポーリン孔と呼ばれる3分子のタンパク質で形成される外膜に埋め込まれた「孔」を介してペリプラスム空間に侵入します 。グラム陰性菌の内膜がほとんど透過性を持たないのに対し、外膜はポーリンが存在することで親水性物質の通過を可能にしています 。
参考)http://www.kankyokansen.org/journal/full/03406/034060282.pdf
このシステムにより、グラム陰性菌は必要な栄養素を効率的に取り込む一方で、有害な物質から身を守ることができます。外膜は疎水性バリアーを形成し、外界からの刺激、例えば重金属や消毒薬などから細菌自身を保護する役割も担っています 。
ポーリンと抗菌薬耐性機構の関連性
ポーリンは、グラム陰性菌の抗菌薬耐性において中心的な役割を果たしています 。グラム陰性菌の主要な抗菌薬耐性機構の中で、外膜透過性の低下は重要な要素の一つです。ポーリンの数や機能の変化により、抗菌薬の菌体内への流入量が減少し、薬剤の効果が著しく低下します。
緑膿菌感染症における治療経験では、緑膿菌の持つ半透過性外膜がポーリンと呼ばれるチャネルを持ち、それを介して重要な栄養素を取り込んでいることが知られています 。しかし、このポーリンの変異や発現量の減少により、βラクタム系薬やアミノグリコシド系薬などの抗菌薬の透過性が低下し、治療が困難になる場合があります。
参考)https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_26.html
グラム陰性桿菌のβ-ラクタム系薬に対する耐性機序として、ペニシリン結合蛋白(PBP)の変異、ポーリンの変異、β-ラクタマーゼの産生、排出ポンプの活性化の4つが挙げられますが、この中でもポーリンの変異は薬剤の流入量を直接的に制御する重要な機構です 。
参考)https://www.radionikkei.jp/kansenshotoday/docs/kansenshotoday-230925.pdf
ポーリンを標的とした治療戦略の可能性
近年の研究では、ポーリンの構造と機能を解明することで、新しい治療戦略の開発が期待されています 。病原菌の外膜上にあるタンパク質の研究において、特に髄膜炎菌などのグラム陰性菌が持つ外膜タンパク質である「Porin」への注目が高まっています。
参考)https://cbs.biol.tsukuba.ac.jp/update/668
PorinはTLRに認識される「悪者」の証拠の一つで、本来は病原菌の生育に必要な物質の輸送に関わっているため、「Porinの構造を明らかにすれば、病原菌に効率良く作用する抗生物質やワクチンの開発につなげることができる」とされています 。また、Porinの構造からTLRとの相互作用を解明すれば、症状を抑える薬の開発などに役立てることができます。
実際の研究では、Porinの一種「PorB」の構造がX線結晶構造解析によって明らかにされており、PorBが糖やATP類などの分子と結合している場合の結晶構造も決定されています 。この構造情報と様々な実験結果を合わせることで、PorBはイオンや糖、抗生物質などの輸送する基質によって、異なるルートを持つことが示されています。
ポーリンの病原性における独自の役割
最新の研究では、ポーリンが単なる輸送タンパク質を超えた多面的な機能を持つことが明らかになってきています。特に歯周病原性細菌において、可溶性ポーリンがオートインデューサーを不活化する機能が報告されており 、これは病原菌同士のコミュニケーションシステムであるクオラムセンシングに影響を与える可能性を示唆しています。
参考)https://cir.nii.ac.jp/crid/1541698620221905024
また、播種性Neisseria gonorrhoeae(淋菌)由来のPorBポリンの構造研究では、構造中に2つのリン酸分子が存在し、そのうち1つはチャネル出口の2つのアルギニンと結合していることが明らかになっています 。L3ループとβ2鎖のβバルジは、ポンプの幅を狭くし、水素結合により基質を支えるという精密な制御機構を持っています。
参考)http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/201302271695861824
さらに興味深いことに、強い病原性を持つ野生型と病原性が低い変異体のPorBを比較した研究では、変異体のPorBでは一部の領域が中央の孔側に折れ曲がっており、その部分の表面の電荷も野生型とは大きく異なることがわかりました 。このような構造変化が病原性に直接関与する可能性があり、ポーリンが感染症の重症度を決定する重要な因子である可能性を示唆しています。