DNA複製が5’→3’方向に進む理由とメカニズム

DNA複製が5’→3’方向に進む理由

DNA複製方向性の分子基盤
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エネルギー供給システム

dNTPのリン酸結合エネルギーを利用した効率的なDNA合成

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酵素の構造的制約

DNAポリメラーゼの活性部位による方向性の決定

校正機能の維持

3’→5’エキソヌクレアーゼ活性による複製精度の確保

DNA複製におけるエネルギー供給の仕組み

DNA複製が5’→3’方向に進む最も根本的な理由は、エネルギー供給システムにあります 。DNAポリメラーゼがDNA合成を行う際、基質となるデオキシリボヌクレオシド三リン酸(dNTP)に含まれる高エネルギーリン酸結合が重要な役割を果たします 。

参考)https://easy-bio-blog.com/genetics-dna-duplication/

dNTPの3つのリン酸間には高エネルギーリン酸結合が存在し、この結合の切断により放出されるエネルギーがDNA合成の駆動力となります 。5’→3’方向の合成では、新たに付加されるdNTPの5’末端のリン酸基がエネルギー源として機能し、ピロリン酸の遊離とともにDNA鎖への組み込みが進行します 。

参考)http://nsgene-lab.jp/dna_structure/replication-basic/

この反応により生成されるピロリン酸の加水分解は不可逆的であり、DNA合成反応全体を前進させる重要な要因となっています 。ピロリン酸の加水分解により生じる自由エネルギー変化は負となり、熱力学的に有利な反応を維持することができます 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6159520/

DNAポリメラーゼの構造的制約と方向性

DNAポリメラーゼの活性部位の構造は、5’→3’方向の合成のみを許可するよう設計されています 。結晶構造解析により、DNAポリメラーゼの活性部位には2つのマグネシウムイオンが存在し、これらがヌクレオチド転移反応を触媒することが明らかになっています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3397672/

活性部位では、DNA鎖の3’末端のヒドロキシル基が脱プロトン化され、求核攻撃によってdNTPのα-リン酸との間にホスホジエステル結合を形成します 。この反応過程では、プライマー鎖の3’末端の糖のコンフォメーションがC2′-endo型からC3′-endo型に変化し、立体的な衝突を回避しながら結合形成が進行します 。

参考)https://first.lifesciencedb.jp/archives/5336

興味深いことに、反応過程では一過的に現れる水分子が重要な役割を果たします 。この水分子は3′-OH基の脱プロトン化を助け、反応の進行とともに遊離していくことが観察されています 。このような分子レベルの精密な制御により、5’→3’方向の一方向性が保証されています。

DNA複製の校正機能と3’→5’エキソヌクレアーゼ活性

DNAポリメラーゼが5’→3’方向にのみ機能する重要な理由の一つは、校正機能の維持です 。多くのDNAポリメラーゼは、DNA合成活性に加えて3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有しています 。

参考)https://easy-bio-blog.com/genetics-okazakifragment/

この3’→5’エキソヌクレアーゼ活性は、誤って組み込まれたヌクレオチドを除去するプルーフリーディング機能を担っています 。DNA合成中にミスマッチが生じた場合、DNAポリメラーゼは合成を停止し、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性により誤ったヌクレオチドを除去した後、正しいヌクレオチドで再合成を行います 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2685094/

このプルーフリーディング機能により、DNA複製の精度は劇的に向上し、突然変異率を約100分の1に削減することが可能になります 。この校正機能が効率的に機能するためには、DNAポリメラーゼの合成方向と校正方向が逆である必要があり、これが5’→3’合成方向が保存されている進化的理由の一つと考えられています 。

DNA複製フォークにおける非対称的な合成

DNA複製が5’→3’方向にのみ進むことにより、複製フォークでは非対称的な合成が行われます 。DNAの二本鎖は逆平行に配置されているため、一方の鎖(リーディング鎖)では連続的な合成が可能ですが、もう一方の鎖(ラギング鎖)では断続的な合成が必要になります 。

参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/DNA%E8%A4%87%E8%A3%BD

リーディング鎖では、複製フォークの進行方向と同じ方向に5’→3’のDNA合成が行われ、一度プライマーが設置されると連続的にDNA鎖が伸長されます 。一方、ラギング鎖では複製フォークの進行方向とは逆方向にDNA合成が行われるため、岡崎フラグメントと呼ばれる短いDNA断片が形成されます 。

参考)https://sato-ayumi.com/2019/05/06/%E3%83%A9%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%82%B0%E9%8E%96%E3%81%A7%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%8C%E5%BD%A2%E6%88%90%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E4%BB%95%E7%B5%84/

岡崎フラグメントは、真核生物では100-200塩基対程度、原核生物では1000-2000塩基対程度の長さを持ちます 。これらの断片は最終的にDNAリガーゼによって連結され、完全なDNA鎖が形成されます 。

参考)http://nsgene-lab.jp/dna_structure/replication-mechanism/

DNA複製機構の熱力学的考察

DNA複製の方向性は熱力学的な観点からも理解することができます 。ホスホジエステル結合の形成に必要なエネルギーは、dNTPの高エネルギーリン酸結合の加水分解により供給されます 。この反応の自由エネルギー変化は約-30.5 kJ/molと大きな負の値を示し、反応が自発的に進行することを示しています 。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/50/1/50_1_24/_pdf

もしも3’→5’方向の合成が行われる場合、エネルギー供給源となる高エネルギーリン酸結合は既にDNA鎖に組み込まれたヌクレオチド側に存在することになり、効率的なエネルギー利用が困難になります 。現在の5’→3’システムは、新たに付加されるdNTPからのエネルギー供給により、効率的かつ制御された方法でDNA合成を実現しています。

参考)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13147348713

さらに、ピロリン酸の加水分解酵素(ピロホスファターゼ)の存在により、遊離したピロリン酸は速やかに分解され、反応の不可逆性が保証されています 。この複合的なエネルギー制御システムにより、DNA複製の高い忠実度と効率性が達成されています。

参考)https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20180625_agr_1.pdf