クロミフェンとレトロゾールの排卵誘発
クロミフェンの作用機序と効果
クロミフェンは視床下部のエストロゲン受容体に拮抗的に結合し、エストロゲンによる負のフィードバックを遮断する抗エストロゲン薬である 。この作用により脳下垂体からのFSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体化ホルモン)の分泌が促進され、卵胞発育と排卵が誘発される 。クロミフェンは月経3日目頃から1日1錠を5日間服用するのが一般的な投与方法である 。
参考)https://www.cl-sacra.com/archives/2564
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)やホルモン分泌がある程度保たれている排卵障害患者の第一選択薬として位置づけられている 。しかし半減期が長いため血中エストロゲンが上昇してもFSHの分泌が継続し、複数の卵胞が発育しやすく、多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが高くなる可能性がある 。
参考)https://ameblo.jp/hanabusa-clinic/entry-12385580732.html
クロミフェンの主な副作用として、頸管粘液の減少と子宮内膜の薄化がある 。これはエストロゲン受容体拮抗作用による影響で、着床環境に悪影響を与える可能性が指摘されている。一方でほてりの発生率がレトロゾールよりも高いことも報告されている 。
参考)https://www.nejm.jp/abstract/vol371.p119
レトロゾールのアロマターゼ阻害機序
レトロゾールはアロマターゼ阻害薬として、テストステロン(男性ホルモン)からエストロゲン(女性ホルモン)への変換を阻害する 。エストロゲンの一過性低下に伴い脳下垂体からのFSH分泌が増加し、同時に卵巣内のテストステロン増加によりFSH受容体が増加する二重の効果で卵胞発育を促進する 。
参考)https://miraiwcl.com/wp-content/uploads/2019/11/c9b3b2c85bd3cca2262db5a7ca85c94f.pdf
レトロゾールの半減期はクロミフェンより短く、服用終了後にFSH分泌が速やかに低下するため、主席卵胞以外の小卵胞は閉鎖され単一排卵となることが多い 。このため多胎妊娠のリスクがクロミフェンよりも低くなるとされている 。
本来は閉経後乳癌の治療薬として承認されているが、排卵誘発剤としての使用は適応外使用である 。そのため保険適用がなく薬剤費が高額になることや、副作用健康被害救済制度の対象外になる可能性があることが注意点である 。
クロミフェンとレトロゾールの治療成績比較
多囊胞性卵巣症候群における大規模臨床試験(750例対象)では、レトロゾール群の累積生児出産率が27.5%(103/374例)、クロミフェン群が19.1%(72/376例)で、レトロゾールが有意に高い結果を示した(P=0.007、率比1.44) 。
排卵率についても、レトロゾール群61.7%(834/1,352サイクル)に対してクロミフェン群48.3%(688/1,425サイクル)で、レトロゾールが有意に優れていた(P<0.001) 。一方で流産率については両群間で有意差は認められなかった 。
双胎妊娠率はレトロゾール群3.4%、クロミフェン群7.4%で、レトロゾールの方が多胎妊娠リスクが低い傾向を示した 。副作用については、クロミフェンでほてりが多く、レトロゾールで疲労とめまいが多いという特徴があった 。
クロミフェン治療における子宮内膜への影響
クロミフェンの抗エストロゲン作用は卵巣だけでなく、子宮内膜や頸管にも影響を及ぼす 。特に子宮内膜の薄化は着床に不利な環境を作り出し、妊娠率低下の一因となる可能性がある 。このため体外受精で新鮮胚移植を考慮する場合、内膜が厚くなりにくいクロミッドよりもレトロゾールが推奨される 。
参考)https://kensui-mc.jp/blog/infertility/590/
頸管粘液の減少も精子の子宮内への侵入を困難にし、自然妊娠の妨げとなる可能性がある 。これらの副作用は長期使用により顕著になるため、クロミフェン治療は一定期間での使用にとどめることが重要である 。
参考)https://mirrazatsurukamekai.jp/blog/20230609.html
一方でクロミフェンは体外受精におけるマイルドな刺激法として、PCOS患者でOHSSリスクが高い場合に複数卵胞発育を目的として使用されることもある 。このような場合には副作用よりも治療効果を優先した選択となる。
レトロゾール使用時の独自の薬理学的特性
レトロゾールのユニークな特徴として、卵巣内テストステロン濃度の上昇によるFSH感受性の向上がある 。この作用により本来発育しなかった小さな卵胞からも成熟した卵子が採卵できる可能性が高まり、体外受精の成功率向上に寄与する 。
エストロゲン低下による子宮内膜のエストロゲン受容体感受性向上も特徴的である 。服用終了後にエストロゲンが速やかに上昇し、内膜も厚くなりやすいため着床環境の改善が期待できる 。
レトロゾールは凍結融解胚移植の自然排卵周期において、確実な排卵誘発目的でも使用される 。この場合クロミフェンと異なり子宮内膜への悪影響が少ないため、移植環境を良好に保ちながら排卵をコントロールできる利点がある。
乳癌など悪性腫瘍患者の妊孕性温存治療では、エストロゲン上昇を抑制しながら卵子凍結や胚凍結が可能で、採卵後もエストロゲン値が月経期レベルに低下するまで継続使用される 。このような特殊な適応においてもレトロゾールの薬理学的特性が活用されている。