メチシリンβラクタマーゼと薬剤耐性の分子機構

メチシリンβラクタマーゼの薬剤耐性機構

メチシリンβラクタマーゼの基本概念
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βラクタマーゼの分類

Amblerの分類によりClass A~Dの4つに大別される薬剤分解酵素群

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メチシリン耐性機構

変異型PBP2aの産生により薬剤結合親和性が低下する分子レベルの耐性

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MRSA感染拡大

院内感染を中心とした薬剤耐性菌の急速な増加と治療上の課題

メチシリンβラクタマーゼの分子構造と分類

βラクタマーゼは、細菌が産生する薬剤分解酵素の総称であり、メチシリンを含むβラクタム系抗菌薬を無効化する重要な耐性機構です 。Amblerの分類体系では、βラクタマーゼはClass A~Dの4つのクラスに大別されています 。

参考)https://www.nite.go.jp/mifup/note/view/92

Class Aβラクタマーゼは「ペニシリナーゼ」とも呼ばれ、活性中心にセリン残基を有する酵素群です 。この酵素は主にペニシリン系および第1世代・第2世代セファロスポリン系薬剤を分解対象としています。メチシリンが開発された1960年当初は、この酵素による分解を受けにくい設計となっていましたが、翌年には早くもメチシリン耐性菌が出現したことが報告されています 。

参考)https://www.jsbba.or.jp/manabu/site/17_05.html

Class Bβラクタマーゼは「メタロ-βラクタマーゼ」と称され、活性中心に亜鉛を含む金属酵素です 。この酵素群は特にカルバペネム系抗菌薬に対して強力な分解活性を示し、「カルバペネマーゼ」とも呼ばれています。Class CおよびDβラクタマーゼは、それぞれセファロスポリナーゼ、オキサリナーゼと称され、特定の薬剤系統に対する分解特異性を有しています 。

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌のPBP2a産生機構

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の耐性機構は、従来のβラクタマーゼによる薬剤分解とは異なる独特のメカニズムを有しています 。MRSAは、PBP2’(Penicillin Binding Protein 2 prime)と呼ばれる新たな細胞壁合成酵素を産生することで、βラクタム系抗菌薬全般に対する耐性を獲得しています 。

参考)https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/hp-lab/rinkenhome/subfile/DCMI/mrsa_pdf.pdf

このPBP2’は、通常の黄色ブドウ球菌が保有するPBP1~4とは構造的に異なる架橋酵素であり、βラクタム系抗菌薬に対する親和性が極めて低く設計されています 。そのため、これらの薬剤はPBP2’に結合できず、細胞壁合成阻害作用を発揮できません。
PBP2’の産生を制御するmecA遺伝子は、SCCmec(Staphylococcal cassette chromosome mec)と呼ばれる外来性DNA断片上に存在しています 。この遺伝子領域には、mecA遺伝子とその制御遺伝子群(mecI、mecR1、mecR2)が含まれており、複雑な転写調節機構により耐性発現が制御されています 。
正常状態では、リプレッサーであるMecIの働きによりmecA遺伝子の転写は抑制されています 。しかし、βラクタム系抗菌薬が存在する環境下では、シグナル伝達タンパク質MecR1が活性化され、MecIのプロモーター結合を阻害します。その結果、抗リプレッサーMecR2の作用によりMecIが不活性化され、mecA遺伝子の転写とPBP2aの産生が誘導されることで、メチシリン耐性が発現します 。

メチシリンβラクタマーゼ産生菌の臨床的意義

メチシリン耐性菌の臨床的意義は、単なる薬剤耐性の獲得にとどまらず、医療現場における感染制御上の重大な問題となっています 。MRSAは皮膚軟部組織感染症から肺炎、敗血症、髄膜炎に至るまで、幅広い重症感染症の原因菌となります 。
特に易感染状態の患者や高齢者、新生児においては、多剤耐性により治療選択肢が制限されるため、感染症の重症化リスクが著しく高くなります 。外科系患者では開腹・開胸手術後の術後感染や人工物挿入後の深部感染症において、治療困難な症例が多数報告されています。
メチシリン耐性の判定には、オキサシリンMIC≧4μg/mLまたはセフォキシチンMIC≧8μg/mLの基準が用いられています 。ただし、MRSAの耐性発現には異質性(heterogeneous expression)という特徴があり、同一菌株内でも耐性レベルの異なる菌集団が混在することが知られています 。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC172944/

臨床検査においては、ペニシリンディスクゾーンエッジテストによるβラクタマーゼ産生の確認が重要です 。MIC値≦0.03μg/mLのメチシリン感受性黄色ブドウ球菌では、βラクタマーゼ産生はほとんど認められないことが報告されています 。

メチシリンβラクタマーゼ阻害薬の開発現状

βラクタマーゼ阻害薬は、セリン-βラクタマーゼの働きを不可逆的に抑制することで、βラクタム系抗菌薬の分解を防ぎ、耐性菌に対する治療効果を回復させる重要な治療戦略です 。現在、臨床で使用されているβラクタマーゼ阻害薬には、クラブラン酸、スルバクタム、タゾバクタムの3剤があります 。
これらの阻害薬は、主にClass Aβラクタマーゼに対して強力な阻害活性を示しますが、AmpCやカルバペネマーゼに対する効果は限定的です 。特にESBL産生菌に対しては、in vitroでの感受性結果に関わらず、臨床的な信頼性が低いことが問題となっています 。
新世代のβラクタマーゼ阻害薬として、Avibactamが注目されています 。この薬剤はClass A、C、Dβラクタマーゼに対して広範囲な阻害作用を有し、一部のカルバペネマーゼ産生菌に対してもコリスチンより副作用が少なく、死亡率改善効果が期待されています 。
また、Vaborbactamは、Class Aβラクタマーゼに対する強力な阻害作用に加えて、KPC、TEM、SHV、CTX型などの一部カルバペネマーゼに対しても阻害効果を示すことが報告されています 。これらの新規阻害薬配合抗菌薬は、日本においても近い将来に臨床導入される可能性が高く、多剤耐性菌感染症の治療選択肢拡大が期待されています。

メチシリンβラクタマーゼ対策の治療戦略と今後の展望

メチシリン耐性菌感染症の治療戦略は、耐性機構の理解に基づいた適切な抗菌薬選択が基本となります 。MRSAに対してはバンコマイシン、テイコプラニンリネゾリド、ダプトマイシンなどの抗MRSA薬が第一選択として推奨されています。
ESBL産生菌に対しては、カルバペネム系抗菌薬が最も確実な治療選択肢とされていますが、抗菌薬適正使用の観点から、感受性結果に応じてセフメタゾールやST合剤へのデエスカレーションが検討されています 。セフメタゾールは、ESBLによる分解を受けないセファマイシン系抗菌薬として、軽症から中等症の感染症において有効性が報告されています 。

参考)http://hospitalist.jp/wp/wp-content/themes/generalist/img/medical/jc_20170426_02.pdf

抗菌薬適正使用の原則として、①使用機会の最小限化、②適切な投与量・投与間隔の遵守、③治療期間の最適化が重要です 。不適切な抗菌薬使用は、耐性菌の選択圧となり、さらなる多剤耐性菌の出現を招く危険性があります。
今後の展望として、新規作用機序を有する抗菌薬の開発や、既存薬剤の組み合わせによる相乗効果の活用が期待されています。また、感染制御対策の強化により、耐性菌の伝播を防止することも、長期的な薬剤耐性対策として極めて重要な課題となっています。βラクタマーゼ産生菌の多くはプラスミドによる水平伝播が可能であるため、院内感染対策の徹底が不可欠です 。