リステリア食中毒事例の特徴と発生状況
リステリア食中毒事例の国内発生状況
日本におけるリステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)による食品媒介感染事例は極めて限定的です 。国内で確認された唯一の集団感染事例は、2001年に北海道で発生したナチュラルチーズを原因とする非侵襲性リステリア症の集団感染事例のみとなっています 。
参考)https://www.bfss.co.jp/media/column/Listeria02
この事例では、ウォッシュタイプチーズから血清型1/2b株が分離され、チーズ喫食者への追跡調査で83名がリステリア陽性となり、そのうち38名が胃腸炎症状または風邪様症状を呈しました 。潜伏期間は24時間未満から120時間以上まで幅広く分布し、遺伝子型別(PFGE解析)により、チーズ由来株と患者株が極めて近縁であることが確認されています 。
参考)https://www.niid.jihs.go.jp/images/lab-manual/kisyo/18_R5_Listeria_Okada.pdf
2021年には福岡市内で新たな集団感染事例が報告されており、会食参加者7名のうち3名が体調不良を呈し、鶏肉加工品のRTE食品(そうざい)が原因食品として推定されました 。この事例では複数の血清型(1/2aおよび1/2b)のリステリア菌が検出され、定量試験でそうざい(1)から2.3×10⁵CFU/g、そうざい(2)から2.9×10³CFU/gという高い菌量が確認されています 。
参考)https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/l-monocytogenes-m/l-monocytogenes-iasrd/11432-510d05.html
リステリア食中毒事例の欧米での発生実態
欧米諸国では、日本とは対照的にリステリア食中毒による重篤な集団感染事例が頻繁に報告されています 。主な原因食品として、ナチュラルチーズ、生ハム、肉や魚のパテ、スモークサーモン、コールスロー、ホットドッグ、メロンなど多様なRTE食品が関与しています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000070272.pdf
世界保健機関(WHO)も注意喚起を行っており、欧米では死者を伴う集団食中毒事故が継続的に発生しています 。これらの事例の特徴として、冷蔵庫で長期間保存され、加熱せずにそのまま喫食するRTE食品が事故の原因となることが挙げられます 。
参考)https://www.mhcl.jp/workslabo/hatena/listeria01
食品安全委員会の評価によると、日本でのリステリア感染症の推定患者数は年間200人(平成23年)とされており、食品由来によるリステリア症は年間住民100万人あたり0.1~10人とまれですが、重症化すると致死率が高い疾患として位置づけられています 。
リステリア食中毒事例の高リスク群における重篤化
リステリア食中毒事例において最も注意すべき点は、特定の高リスク群における重篤化です 。妊婦、65歳以上の高齢者、免疫機能が低下している方(抗がん剤治療中やHIVエイズの方など)は、少量のリステリアでも発症し、敗血症や髄膜炎などの重篤な症状を呈する可能性があります 。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/infectious/infectious-disease/listeriosis/
妊婦における感染では、母体が重篤な症状になることは稀ですが、胎児・新生児に深刻な影響が出ることがあります 。妊娠中のリステリア症の発生率は一般集団の約10倍であり、妊娠第3期に最も多く診断されます 。感染した妊婦の約20%が自然流産または死産に至ると報告されています 。
参考)https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_299.html
国内の症例報告では、19年間の分娩数23,618例中5例のリステリア感染症が確認され、そのうち2例が子宮内胎児死亡(妊娠20週、23週)、3例が胎児機能不全のため緊急帝王切開による出生(29週、33週、39週)という転帰を示しています 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/59/3/59_392/_article/-char/ja/
高齢者では、65歳以上がリステリア症患者数の77.6%を占めており、若年者よりもリステリアに感染すると発症するリスクが高く、重症化する可能性が高いとされています 。
リステリア食中毒事例から学ぶ独自の病態特性
リステリア食中毒事例の分析から、この病原体の独特な特性が明らかになっています。リステリア菌は4℃以下の低温や12%の食塩濃度下でも増殖できる特異的な性質を有しており、冷蔵庫内の温度帯でも時間をかけて食中毒の原因となるほどに増殖することが可能です 。
参考)https://www.shokukanken.com/colum/colum-14502/
福岡市の事例では、複数の血清型・遺伝子型のリステリア菌による複合感染の可能性が示唆されており、これまでの単一株による感染とは異なる病態が報告されています 。この事例は、非侵襲性リステリア症における複数株感染という新たな知見を提供する貴重な症例となっています 。
また、リステリア症は感染症法に基づく届出対象疾患ではないものの、食品衛生法に基づく届出対象の食中毒病因物質として管理されており、ナチュラルチーズの一部に成分規格(100CFU/g)が設定されるなど、食品安全管理体制が整備されています 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000067540.pdf
健常者では食品中の菌量が10⁴CFU/g以下では食中毒リスクは低いとされていますが、それ以下の菌量でも発症事例が報告されており、特にハイリスク群では少量の菌でも重篤な侵襲性リステリア症を発症する可能性があることが明らかになっています 。
リステリア食中毒事例の効果的な予防対策と検査体制
リステリア食中毒事例の予防には、食品安全管理の基本原則に加えて、リステリア菌の特性を考慮した特別な対策が必要です 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055260.html
温度管理による予防対策。
- 冷蔵庫を過信せず、食品は期限内に(開封後は速やかに)消費する
- 保存する場合は冷凍庫またはチルド室(0~2℃)で保管する
- 加熱により死滅するため、加熱可能な食品は十分に加熱してから摂取する
食品取り扱いにおける予防対策。
- 生野菜や果物などは食べる前によく洗浄する
- 清潔の保持、生鮮物と調理物の分離、調理の徹底、安全な温度保持、安全な水と新鮮な材料の使用という「食品をより安全に保つ5つの鍵」に従う
参考)https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2018/04021245.html
- 製品ラベルに記載されている保管期間と保管温度を慎重に確認する
検査体制と基準。
厚生労働省は、非加熱食肉製品およびナチュラルチーズ(ソフトおよびセミハードに限る)の成分規格にリステリアの基準値(100CFU/g)を設定し、定量試験法によりn=5で評価する検査体制を整備しています 。食品製造現場では、リステリア・モノサイトゲネス検査(定性/定量)による汚染状況の確認が推奨されています 。
高リスク群に対しては、未殺菌の牛乳から製造された乳製品、総菜や出来合いの肉料理、肉パテやミート・スプレット、低温燻製の海産物の摂取を避けることが特に重要であり、食べる前の再加熱が細菌を殺す非常に効果的な方法として推奨されています 。