コアグラーゼとクランピング因子の違い

コアグラーゼとクランピング因子の基礎

コアグラーゼとクランピング因子の基本特徴
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コアグラーゼ(遊離型)

菌体外に分泌される酵素で、血漿中のプロトロンビンと結合し血液凝固を引き起こす

クランピング因子(結合型)

菌体表面に存在し、フィブリノーゲンに直接作用して菌の凝集を促進する

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臨床的診断価値

黄色ブドウ球菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の鑑別において重要な指標

コアグラーゼの分子構造と機能

コアグラーゼは黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が産生する重要な病原因子の一つで、血漿凝固を引き起こす酵素として知られています 。この酵素は菌が増殖する過程で菌体外に分泌される物質で、ヒトや動物の血漿中に存在するプロトロンビンに類似したCRF(coagulase-reacting factor)と呼ばれる物質に作用します 。

参考)https://www.jscm.org/journal/full/02501/025010019.pdf

コアグラーゼそのものには酵素活性は全くなく、CRFの結合タンパクとしての性質を有する物質です 。血漿中のプロトロンビンと結合して複合体を作ることで活性化し、このスタフィロトロンビンがフィブリノーゲンをフィブリンへと変換して血漿を凝固させます 。

参考)https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/lecture/hatsu/h10/g1/

特に注目すべき点は、コアグラーゼの免疫学的特異性からⅠ〜Ⅷ型に型別されることです 。食中毒を起こすのはⅡ、Ⅲ、ⅥおよびⅦ型の4型で、この型別は食中毒発生時の疫学調査において重要な指標となります 。

参考)https://www.asama-chemical.co.jp/KIN/ST/ST.HTM

クランピング因子の構造的特徴

クランピング因子(結合コアグラーゼとも呼ばれる)は、菌体細胞表面に存在するタンパク質で、血漿中のフィブリノーゲンに直接作用してフィブリンを形成します 。この因子は黄色ブドウ球菌の特異的な性状であり、ヒトまたはウサギの血漿と混合することによって血漿中のフィブリノーゲンと菌が凝集塊を形成する特徴があります 。

参考)https://www.eiken.co.jp/uploads/es11c.pdf

クランピング因子の作用機序は、コアグラーゼとは異なり、フィブリノーゲンに直接作用してフィブリンを析出させる作用を持ちます 。この反応により、菌同士が集まって凝塊を形成し、白血球や血漿中の抗体による排除を逃れる防御機構として機能します 。

参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E8%89%B2%E3%83%96%E3%83%89%E3%82%A6%E7%90%83%E8%8F%8C

興味深いことに、クランピング因子陽性菌株の多くは遊離コアグラーゼも産生するといわれており、これらの病原因子は相互に補完的な役割を果たします 。また、結合型コアグラーゼは主にスライド法で、遊離型コアグラーゼは主に試験管法で検出されるため、検査方法による特異性も重要な特徴です 。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon/staph_koag-prot.html

コアグラーゼとクランピング因子の検査法

コアグラーゼとクランピング因子の検出には、主に2つの検査方法が用いられます。スライド法(クランピング因子検査)では、黄色ブドウ球菌とヒトのプール血漿をラテックスに感作した試薬を混合します 。血漿中のIgGのFc部分がプロテインAと結合し、同時に血漿中のフィブリノーゲンにクランピング因子が作用して凝集が認められます 。

参考)https://aimg.as-1.co.jp/c/64/2193/44/64219344cats.pdf

一方、試験管法(コアグラーゼテスト)では、菌の培養液とウサギプラズマを混合し、37℃で培養して凝固の有無を観察します 。遊離型コアグラーゼは菌が増殖時に菌体内から分泌されるため、増殖を支持するブロスの使用により検出感度が向上します 。

参考)https://www.jscm.org/journal/full/02503/025030204.pdf

これらの検査において注意すべきは、Staphylococcus scuriやStaphylococcus xylosusなどのコアグラーゼ陰性株でも、プロテインAを産生することにより偽陽性を示すことがある点です 。また、抗菌薬治療経過中に遊離型コアグラーゼの産生能が低下する報告もあり、診断時期の考慮が重要です 。

コアグラーゼの病原性メカニズム

コアグラーゼは黄色ブドウ球菌の重要な病原因子として、感染の成立と維持において多面的な役割を果たします。まず、フィブリンの網をバリアにして食細胞の貪食から免れる作用があります 。これにより、菌は宿主の免疫システムから逃れ、感染部位での増殖を継続することが可能になります。

参考)https://www.jalas.jp/files/infection/kan_64-4_2.pdf

さらに、コアグラーゼによる血液凝固は菌の増殖の場となる凝集塊を作り出し、感染部位における菌の定着を促進します 。この凝集塊形成は、菌が血流中に侵入した際の血管内での定着にも重要な役割を果たし、敗血症や急性心内膜炎などの重篤な全身感染症の発症に寄与します。
コアグラーゼの作用は、他の病原因子と相互作用することでより複雑な病態を形成します。例えば、スタフィロキナーゼの存在により、形成されたフィブリン血栓が溶解され、菌の拡散が促進される場合があります 。この相反する作用により、黄色ブドウ球菌は感染の局在化と拡散を巧妙にコントロールしています。

クランピング因子の独特な作用特性

クランピング因子の最も特徴的な性質は、フィブリノーゲンへの直接的な結合能力です。この因子は血液凝固カスケードを介さずに、直接フィブリノーゲンと結合してフィブリン様の凝集を引き起こします 。この作用により、菌体周囲に保護的なフィブリン層が形成され、抗菌薬の浸透や免疫細胞のアクセスが阻害されます。

参考)https://osaka-amt.or.jp/bukai/saikin/200402/6.htm

臨床的に重要な点として、クランピング因子を持たないStaphylococcus intermediusなどの菌種では、スライド凝集法で陽性になりにくいことが知られています 。これは、菌種の鑑別において重要な手がかりとなり、特に動物由来の感染症診断において意義があります。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/staphylo-intermedius.html

また、結合コアグラーゼが陰性で遊離コアグラーゼのみが陽性という黄色ブドウ球菌株も存在し、この場合ラテックス凝集反応が陰性となることがあります 。このような菌株の存在は、診断の複雑性を示すとともに、複数の検査法を組み合わせることの重要性を示しています。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/mucoido.html