多剤耐性緑膿菌とアルコール消毒効果

多剤耐性緑膿菌とアルコール消毒

多剤耐性緑膿菌のアルコール消毒効果
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基本的な消毒効果

消毒用エタノールは多剤耐性緑膿菌に対して高い殺菌効果を示します

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バイオフィルム形成時の課題

バイオフィルム状態の緑膿菌では消毒薬の効果が著しく低下します

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院内感染対策の重要性

手指衛生と環境消毒の適切な実施が感染拡大防止の鍵となります

多剤耐性緑膿菌の特徴と定義

多剤耐性緑膿菌(MDRP)は、「広域β-ラクタム剤、アミノ配糖体、フルオロキノロンの3系統の薬剤に対して耐性を示す緑膿菌による感染症」として感染症法で定義されています 。1970年から使用されている用語で、現在では5類感染症定点把握疾患として全国約500カ所の基幹定点医療機関より毎月報告がなされています 。

参考)多剤耐性緑膿菌(MDRP)

緑膿菌は本来病原性の低い弱毒菌ですが、易感染性宿主においては敗血症や骨髄、気道、尿路、皮膚、軟部組織、耳、眼などに多彩な症状を引き起こします 。特に医療施設の水回り環境に常在し、カテーテルを挿入された患者や人工呼吸器装着患者において日和見感染を起こしやすい特徴があります 。

参考)https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi3/part7/

多剤耐性化のメカニズムとして、DNAジャイレースやトポイソメラーゼの変異、細菌外膜の変化、薬剤能動排出ポンプの機能亢進、β-ラクタマーゼの過剰産生、バイオフィルム産生の増加、メタロ-β-ラクタマーゼの産生などの複数の機構が関与しています 。

参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/manual(ver.7)page/manual(ver.7)/8.05)MDRP%2020211001.pdf

多剤耐性緑膿菌に対するアルコール消毒効果

消毒用エタノールは多剤耐性緑膿菌に対して基本的に有効な中水準消毒薬です 。緑膿菌には原則的にすべての消毒薬が有効であり、抗菌薬に対する耐性を獲得した後でも、消毒剤に対する感受性は耐性獲得前の菌種と変わりません 。

参考)多剤耐性緑膿菌

しかし、重要な注意点として、塩化ベンザルコニウムなどの低水準消毒薬は状況によって無効となることがあるため、次亜塩素酸ナトリウムや消毒用エタノールなどの中水準消毒薬を選択することが推奨されています 。特に塩化ベンザルコニウム含浸綿球は3ヶ月間にわたる分割・つぎ足し使用により緑膿菌汚染を受けやすくなることが報告されています 。
手指消毒においては、速乾性手指消毒薬が有効であり、ゲル剤および液剤のいずれを用いても効果があります 。目に見える汚れがない場合にはアルコール手指消毒剤による手指衛生が、目に見えて汚れがある場合には石けんと流水による手洗いが推奨されています 。

多剤耐性緑膿菌バイオフィルム形成時の消毒効果

緑膿菌がバイオフィルムを形成した場合、消毒薬の効果は著しく低下します 。バイオフィルムは細菌自らが分泌する粘性の多糖類と菌体からなる構造体で、結果的に抗菌剤や生体の防御機構から病原菌を保護するように作用します 。
通常の緑膿菌に対して0.1%塩化ベンザルコニウムや0.01%(100ppm)次亜塩素酸ナトリウムは30秒以内に殺滅効果を示しますが、バイオフィルム形成の緑膿菌の殺滅には同じ濃度で30分間の接触時間が必要となります 。
緑膿菌のバイオフィルム形成は段階的に進行し、最初に固体表面への付着から始まり、増殖に伴って凝集体を形成し、細胞外多糖や細胞外DNAなどを分泌しながらマイクロコロニーから成熟したバイオフィルムを形成します 。成熟したバイオフィルムからは菌体が脱離して浮遊状態に移行し、新たな環境で再びバイオフィルムを形成するライフサイクルを持っています 。

参考)https://www.jseb.jp/wordpress/wp-content/uploads/12-02-123.pdf

興味深いことに、3剤感性緑膿菌でもバイオフィルムを形成すると多剤耐性緑膿菌と同様に抗菌薬に対して高い耐性を示すため、感性菌であっても抗菌薬治療が困難になることが報告されています 。

参考)https://plaza.umin.ac.jp/j-jabs/41/41.109.pdf

多剤耐性緑膿菌感染対策におけるアルコール使用の注意点

多剤耐性緑膿菌の感染経路は主に接触感染であり、「感染患者→医療従事者の手指→患者」や「環境→患者」のパターンがあります 。尿、喀痰、創部から多剤耐性緑膿菌が検出される患者をケアした医療従事者の手指を介して他の患者に伝播するため、手指衛生が極めて重要です 。
オムツ交換や清拭の際は、ディスポーザブル手袋の使用および手袋を外した後の擦式アルコール手指消毒剤の使用を徹底する必要があります 。標準予防策に加えて接触予防策を実施し、個室管理またはコホーティングが推奨されています 。

参考)https://www.kansensho.or.jp/sisetunai/2007_11_pdf/15.pdf

環境における注意点として、緑膿菌は流し台や風呂場などの湿潤環境に存在するため、アルコールなどの消毒剤の噴霧は使用者が曝露する危険があり避けるべきとされています 。また、緑膿菌の住み家となりやすい用具として、スポンジ、浴用イス、剃毛用ハケ、経管栄養剤の投与セット、口腔ケア用品、吸引装置、ネブライザーなどがあり、これらの適切な消毒管理が重要です 。

参考)http://www.kanazawa-med.ac.jp/~kansen/situmon3/mdrp.html

多剤耐性緑膿菌におけるアルコール消毒の臨床応用

医療現場において多剤耐性緑膚菌に対するアルコール消毒は、機器や環境表面の消毒において重要な役割を果たします。80℃・10秒間や70℃・30秒間の熱水も有効ですが、実用的にはアルコール系消毒薬が広く使用されています 。
経管栄養剤の投与セットのような構造的に乾燥しにくい器具では、使用のつど水洗いして次回使用時まで0.01%(100ppm)次亜塩素酸ナトリウムに浸漬することが推奨されていますが、アルコール消毒による前処理も併用されることがあります 。
超音波ネブライザーなど緑膿菌汚染を受けやすい機器では、24時間ごとの消毒が必要で、0.01%(100ppm)次亜塩素酸ナトリウム液への1時間浸漬後、食器乾燥器などで乾燥させる方法が標準的ですが、アルコールによる追加消毒も感染対策として有効です 。
金属製品やプラスチック類の消毒においては、水洗い後にアルコール消毒またはビニール袋に入れて消毒に出すプロトコルが確立されており、特にMDRP患者が使用した医療器具の管理において重要な位置を占めています 。

参考)https://saikazo.org/app/wp-content/uploads/2024/05/infection-control_240521K-11.pdf