ライ症候群とライエル症候群の違い

ライ症候群とライエル症候群の違い

ライ症候群とライエル症候群の違いの概要
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ライ症候群

ウイルス感染後に起こる急性脳症で肝機能障害を伴う小児疾患

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ライエル症候群

薬物による重篤な表皮壊死を起こす皮膚疾患(TEN)

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鑑別ポイント

発症臓器、原因、症状、治療法が全く異なる別々の疾患

ライ症候群の定義と病態

ライ症候群(Reye’s syndrome)は、ウイルス感染後に急性脳浮腫と肝機能障害を特徴とする希少な小児疾患です。病理学的には、脳の神経細胞の膨化または萎縮と、肝臓をはじめとする諸臓器への脂肪沈着を認めます。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1718987/

本症候群の最も重要な病態はミトコンドリア機能障害であり、細胞内のエネルギー産生が著しく障害されます。これにより脳浮腫、肝性脳症、代謝性アシドーシスなどの多臓器不全が引き起こされます。特に小児では、インフルエンザや水痘などのウイルス感染にアスピリン使用が重なると発症リスクが劇的に増加することが知られています。

参考)ライ症候群 – 23. 小児の健康上の問題 – MSDマニュ…

現在では年間発症例が極めて少なく、米国では年に2例程度まで減少しています。これはアスピリンの小児への使用が制限され、ワクチン接種により水痘の発症が減少したことが主因です。

ライエル症候群の定義と病態

ライエル症候群(Lyell’s syndrome)は、中毒性表皮壊死症(TEN: Toxic Epidermal Necrolysis)の別名であり、薬物による重篤な皮膚障害を特徴とする疾患です。全身の皮膚表皮が真皮と分離し、体表面積の30%以上に水疱や表皮剥離が生じます。

参考)中毒性表皮壊死症 – Wikipedia

本疾患の病態は、HLAなどの遺伝的背景を有する患者において、活性化されたリンパ球から産生される細胞傷害性因子が表皮細胞のアポトーシスを引き起こすことにあります。発症には免疫学的機序が深く関与し、特定の薬剤に対する過敏反応として発症します。

参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000089941.pdf

死亡率は20-40%と極めて高く、死因の多くは敗血症と続発性の多臓器不全です。発生頻度は100万人当たり0.4-1.9人と非常に稀ですが、一度発症すると生命に関わる重篤な経過をたどります。

症状における決定的な違い

ライ症候群の症状は二相性の経過を示し、まずウイルス感染の回復期に突然の嘔吐で始まります。その後、数時間から数日で意識障害、錯乱状態、けいれん、昏睡へと進行します。脳症状が主体で、皮膚症状は認めません。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1705231/

一方、ライエル症候群では高熱と全身倦怠感とともに、口唇・口腔、眼、外陰部を含む全身に紅斑とびらんが多発します。皮膚を軽く擦るだけで表皮が剥離する「ニコルスキー現象」が陽性となり、まるで火傷のような外観を呈します。

参考)中毒性表皮壊死症(TEN)/ スティーブンス・ジョンソン症候…

症状の時間的経過も大きく異なります。

疾患名 主要症状 進行パターン 特徴的所見
ライ症候群 脳症状・意識障害 急速進行(数時間~数日) 嘔吐→意識障害→昏睡
ライエル症候群 皮膚・粘膜症状 進行性(数日~1週間) 紅斑→水疱→表皮剥離

原因と発症機序の根本的相違

ライ症候群の発症には複数の因子が関与しますが、最も重要なのはウイルス感染後のアスピリン使用です。インフルエンザや水痘ウイルス感染にサリチル酸系薬剤が加わることで、ミトコンドリア内の脂肪酸β酸化が阻害され、細胞のエネルギー産生が破綻します。

参考)ライ症候群 – 脳・神経疾患

ライエル症候群では、薬剤が主要な原因となります。消炎鎮痛薬、抗菌薬、抗てんかん薬、高尿酸血症治療薬などが発症に関与することが多く報告されています。特にスルファ系薬剤、フェニトイン、カルバマゼピンなどが高リスク薬剤として知られています。

発症機序も全く異なり、ライ症候群では代謝系の障害、ライエル症候群では免疫系の異常反応が中心となります。前者はミトコンドリア機能不全による細胞死、後者はT細胞媒介性の表皮細胞アポトーシスが主病態です。

興味深いことに、両疾患とも遺伝的素因が関与する可能性が示唆されています。ライ症候群では先天代謝異常症との関連が、ライエル症候群ではHLA型との関連が報告されています。

参考)https://www.childneuro.jp/uploads/files/about/AE2016GL/7ae2016_4dysbolism.pdf

診断基準と検査所見による鑑別

ライ症候群の診断には、以下の基準が用いられます:①先行するウイルス感染の病歴、②急激な意識レベルの変化、③肝機能検査値の上昇(AST・ALT・CKの上昇)、④高アンモニア血症、⑤凝固障害の存在です。

参考)https://jsnm.org/wp_jsnm/wp-content/themes/theme_jsnm/doc/kaku_bk/1996/003309/009/1005-1010.pdf

血液検査では、アンモニア値の著明な上昇(正常値の3倍以上)が特徴的で、プロトロンビン時間の延長も認めます。画像検査では、CT/MRIで脳浮腫の所見(脳回の平坦化、脳溝の狭小化)が確認されます。
ライエル症候群の診断基準は明確に定められており:①体表面積の30%を超える水疱・表皮剥離・びらん、②ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)の除外、③発熱の存在が必須項目です。

参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000064412.pdf

皮膚生検では表皮全層の壊死と真皮との分離が認められ、ニコルスキー現象陽性が確認されます。血液検査では炎症反応の上昇は見られますが、肝機能や意識レベルは通常正常範囲内です。

以下に主要な鑑別点をまとめます。

  • 検査所見の違い:ライ症候群では肝機能異常と高アンモニア血症、ライエル症候群では皮膚病理所見が決定的
  • 画像所見:ライ症候群では脳浮腫、ライエル症候群では特異的画像所見なし
  • 病理学的特徴:ライ症候群は脂肪肝とミトコンドリア異常、ライエル症候群は表皮全層壊死

治療アプローチと予後の違い

ライ症候群の治療は、脳圧降下療法が中心となります。浸透圧利尿薬(マンニトール)の投与、過換気による CO₂分圧の調整、ステロイドの使用などにより脳浮腫の軽減を図ります。肝性脳症に対してはアンモニア除去療法も併用されます。
集中治療管理が必須で、人工呼吸器管理、血液浄化療法、栄養管理などの支持療法が重要です。早期診断と迅速な治療介入により、予後は大幅に改善されています。
ライエル症候群では、まず原因薬剤の同定と即座の中止が最優先です。治療は熱傷に準じた管理が行われ、感染予防、水分電解質バランスの維持、栄養管理が重要となります。
近年では、TNF-α阻害薬(インフリキシマブ、エタネルセプト)による治療が注目されており、従来の治療法と比較して死亡率の改善が報告されています。ステロイド治療については議論が分かれており、免疫抑制による感染リスクとの兼ね合いが重要です。

参考)301 Moved Permanently

予後については、ライ症候群では早期診断・治療により多くの症例で完全回復が期待できる一方、ライエル症候群では死亡率が20-40%と依然として高く、眼や消化管などに重篤な後遺症を残すことが多い疾患です。

両疾患とも専門的な集中治療が必要であり、ライ症候群では小児集中治療部、ライエル症候群では熱傷センターや皮膚科専門施設での管理が推奨されています。