末梢血液検査と血球形態の基本知識
末梢血液検査は、血液中の赤血球、白血球、血小板という3種類の血球について、その数や形態を詳しく調べる検査です。この検査は血液疾患の診断や治療効果の評価に欠かせない基本的な検査として広く活用されています。
末梢血液検査は大きく分けて、血球数を自動分析装置で測定するCBC(Complete Blood Count:全血球計算値)と、血液を塗抹して顕微鏡で観察する白血球分類の二つの検査から構成されています。CBCでは赤血球数、白血球数、血小板数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値などを測定し、白血球分類では白血球の種類(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球など)の割合や、血球の形態異常の有無を調べます。
検査に使用する血液は、EDTA-2Kという抗凝固剤が入った専用の採血管に採取します。採取した血液は自動分析装置にかけられ、各種血球の数値が測定されます。また、血液塗抹標本を作製して染色し、臨床検査技師が顕微鏡で観察することで、機械では判別できない血球の形態異常や異常細胞の有無を確認します。
末梢血液検査のCBCで測定する主要項目
CBCとは Complete Blood Count(全血球計算値)の略称で、末梢血液検査の中心となる検査項目です。主に以下の項目が測定されます。
- 白血球数(WBC: White Blood Cell):血液1μL中の白血球の数を測定します。基準値は成人で4,000~9,000/μLです。感染症や炎症、白血病などで増加し、ウイルス感染や骨髄抑制などで減少します。
- 赤血球数(RBC: Red Blood Cell):血液1μL中の赤血球の数を測定します。基準値は男性で400~550万/μL、女性で350~500万/μLです。貧血で減少し、多血症で増加します。
- 血色素量(ヘモグロビン濃度:Hb, Hgb):血液中のヘモグロビン濃度を測定します。基準値は男性で13.5~17.5g/dL、女性で11.5~15.0g/dLです。貧血の診断に重要な指標となります。
- ヘマトクリット値(Ht, Hct):全血液中に占める赤血球の容積比率を示します。基準値は男性で39.8~51.8%、女性で33.4~44.9%です。貧血や赤血球増加症の評価に用いられます。
- 血小板数(Plt: Platelet):血液1μL中の血小板数を測定します。基準値は15~35万/μLです。血小板減少症や血小板増加症の診断に重要です。
- 赤血球恒数:赤血球の大きさや色素量に関する指標で、以下の3つがあります。
- 平均赤血球容積(MCV):赤血球1個あたりの平均容積
- 平均赤血球血色素量(MCH):赤血球1個あたりの平均ヘモグロビン量
- 平均赤血球血色素濃度(MCHC):赤血球容積あたりのヘモグロビン濃度
これらの値は貧血の分類(小球性、正球性、大球性)や原因の推定に役立ちます。
末梢血液検査における白血球分類の重要性
白血球分類(白血球分画)は、末梢血液中の白血球をその種類ごとに分類し、それぞれの割合(百分率)を求める検査です。白血球には主に以下の5種類があります。
- 好中球:白血球の約50~70%を占め、細菌感染症に対する防御の最前線で働きます。核が分葉しているため「分葉核好中球」とも呼ばれます。急性細菌感染症で増加します。
- リンパ球:白血球の約20~40%を占め、免疫応答に重要な役割を果たします。ウイルス感染症や慢性感染症で増加することがあります。
- 単球:白血球の約2~8%を占め、組織に入ると大食細胞(マクロファージ)になります。慢性炎症や一部の感染症で増加します。
- 好酸球:白血球の約1~5%を占め、アレルギー反応や寄生虫感染で増加します。
- 好塩基球:白血球の約0~1%を占める最も少ない白血球で、アレルギー反応に関与します。
白血球分類は自動血球分析装置でも測定できますが、異常細胞の出現や形態異常がある場合は、血液塗抹標本を作製して臨床検査技師が顕微鏡で観察します。これにより、白血病細胞などの異常細胞の検出や、白血球の質的異常(核の形態異常、細胞質内の異常顆粒など)を評価することができます。
末梢血液検査で見る赤血球形態異常と疾患
末梢血液検査では、赤血球の数だけでなく、その形態も重要な診断情報を提供します。赤血球の主な形態異常には以下のようなものがあります。
- 大小不同(anisocytosis):赤血球の大きさにばらつきがある状態です。MCV値の異常と関連し、様々な貧血で見られます。
- 奇形赤血球(poikilocytosis):赤血球の形が変形している状態です。以下のような特徴的な形態があります。
- 標的赤血球:中心部と辺縁部が濃く染まり、その間が薄く染まる的のような形状。肝疾患や溶血性貧血で見られます。
- 鎌状赤血球:鎌のような形状。鎌状赤血球症(sickle cell disease)で見られます。
- 涙滴状赤血球:涙の滴のような形状。骨髄線維症などで見られます。
- 棘球(有棘赤血球):表面に棘状の突起がある赤血球。肝疾患や溶血性貧血で見られます。
- 赤血球内封入体:赤血球内に見られる異常構造物です。
- Howell-Jolly小体:核の残存物で、脾臓機能低下や重症貧血で見られます。
- 塩基性斑点:RNA残存物で、鉛中毒や重症貧血で見られます。
- 多染性赤血球:未熟な赤血球で、通常の赤血球より青みがかって見えます。急速な赤血球再生が起こっている状態(出血後など)で増加します。
これらの形態異常は、特定の疾患に特徴的なパターンを示すことがあり、診断の手がかりとなります。例えば、鉄欠乏性貧血では小球性低色素性(小さく色が薄い)赤血球が特徴的であり、ビタミンB12欠乏性貧血では大球性(大きい)赤血球が見られます。
末梢血液検査における網赤血球数の臨床的意義
網赤血球(reticulocyte)は、骨髄で産生された後、末梢血中に放出された若い赤血球です。通常の赤血球染色では他の赤血球と区別できませんが、特殊な超生体染色(新メチレンブルーなど)を行うと、細胞質内のRNA残存物が網状に染まることからこの名前がついています。
網赤血球数の測定は、骨髄の赤血球産生能(造血能)を評価する上で重要な検査です。網赤血球は通常、末梢血中の全赤血球の0.5~2.0%を占めています。
網赤血球数が増加する状態(網赤血球増加症)は、骨髄での赤血球産生が亢進していることを示します。以下のような場合に見られます。
- 急性出血後:出血により赤血球が失われると、骨髄は赤血球産生を増加させて対応します。
- 溶血性貧血:赤血球の破壊が亢進している状態では、それを補うために骨髄での赤血球産生が増加します。
- 貧血の治療反応:鉄欠乏性貧血などで鉄剤投与を行うと、骨髄での赤血球産生が回復し、網赤血球数が増加します。
一方、網赤血球数が減少する状態は、骨髄での赤血球産生が低下していることを示します。以下のような場合に見られます。
- 再生不良性貧血:骨髄の造血幹細胞の障害により、赤血球産生が低下します。
- 巨赤芽球性貧血:ビタミンB12や葉酸の欠乏により、赤血球前駆細胞の成熟が障害されます。
- 骨髄浸潤性疾患:白血病や骨髄腫などにより、正常な造血が抑制されます。
網赤血球数は貧血の鑑別診断において重要な役割を果たします。例えば、ヘモグロビン値が同程度に低下していても、溶血性貧血では網赤血球数が増加しているのに対し、再生不良性貧血では網赤血球数が減少しています。このような違いは治療方針の決定に大きく影響します。
末梢血液検査の自動化と人工知能活用の最新動向
末梢血液検査の分野では、技術の進歩により検査の自動化と精度向上が進んでいます。最新の動向としては以下のようなものがあります。
- 多項目自動血球分析装置の進化:現代の血球分析装置は、従来のCBC項目に加え、網赤血球数や未熟顆粒球数など多くのパラメータを同時に測定できるようになっています。また、散乱光や蛍光、電気抵抗などの複数の原理を組み合わせることで、より正確な血球分類が可能になっています。
- デジタル画像解析技術の導入:血液塗抹標本の顕微鏡観察をデジタル化し、画像解析技術を用いて血球の形態を自動評価するシステムが開発されています。これにより、検査の標準化と効率化が進んでいます。
- 人工知能(AI)の活用:機械学習やディープラーニングなどのAI技術を用いて、血球形態の自動認識や異常細胞の検出を行うシステムの研究が進んでいます。AIは大量の画像データから学習することで、熟練した検査技師に匹敵する精度で血球形態を評価できるようになりつつあります。
例えば、白血病の早期発見においては、AIが微妙な形態変化を検出することで、人間の目では見逃してしまうような初期の異常を捉えられる可能性があります。また、AIによる画像解析は24時間稼働可能であり、検査の迅速化にも貢献します。
しかし、これらの技術が進歩しても、最終的な判断には臨床検査技師や医師の専門知識と経験が不可欠です。特に異常値や珍しい所見が見られる場合は、AIの判断だけでなく、専門家による確認が重要となります。
末梢血液検査の自動化とAI活用は、検査の精度向上と効率化に大きく貢献する一方で、検査技師の役割も「機械操作」から「高度な判断と解釈」へとシフトしつつあります。今後も技術の進歩により、より迅速で正確な血液検査が可能になることが期待されています。
日本検査血液学会誌に掲載された「血液検査における人工知能の活用と展望」では、AIを用いた血球形態認識の最新研究について詳しく解説されています
以上のように、末梢血液検査は血液疾患の診断や治療効果の評価において欠かせない基本的な検査です。CBCによる血球数の測定と白血球分類による形態観察を組み合わせることで、様々な血液疾患の診断に役立つ情報を得ることができます。また、技術の進歩により検査の自動化と精度向上が進んでおり、今後もさらなる発展が期待されています。