慢性腎臓病 CKDの定義と重症度分類
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)は、腎臓の機能が徐々に低下していく病態を指します。近年では「新しい国民病」とも呼ばれるほど患者数が増加しており、日本国内では約1300万人(成人の約13%)がCKDと推定されています。この数字は成人7-8人に1人が罹患していることを意味し、特に高齢者では発症率が高く、70歳代では4人に1人、80歳代では2人に1人がCKDと言われています。
CKDは以下の定義に当てはまる状態が3ヶ月以上続く場合に診断されます。
- 尿異常、画像診断、血液検査、病理検査で腎障害の存在が明らかである(特に尿タンパクの存在が重要)
- 糸球体濾過量(GFR)が60mL/分/1.73m²未満
これらのいずれか、または両方が3ヶ月以上持続している状態をCKDと定義します。CKDは早期発見・早期治療が非常に重要な疾患です。なぜなら、一度低下した腎機能が回復することはまれであり、適切な治療を行わないと末期腎不全へと進行し、最終的には腎代替療法(透析や腎移植)が必要になるからです。
慢性腎臓病 CKDの重症度分類とステージ
CKDの重症度は、原因(Cause: C)、腎機能(GFR: G)、タンパク尿(Albuminuria: A)を組み合わせたCGA分類で評価されます。特に重要なのはGFRとタンパク尿の程度です。
GFRによる分類(G1〜G5)。
- G1:正常または高値(≧90 mL/分/1.73m²)
- G2:正常または軽度低下(60〜89 mL/分/1.73m²)
- G3a:軽度〜中等度低下(45〜59 mL/分/1.73m²)
- G3b:中等度〜高度低下(30〜44 mL/分/1.73m²)
- G4:高度低下(15〜29 mL/分/1.73m²)
- G5:末期腎不全(<15 mL/分/1.73m²)
タンパク尿による分類。
- A1:正常〜軽度増加(<30mg/gCr)
- A2:中等度増加(30〜299mg/gCr)
- A3:高度増加(≧300mg/gCr)
これらを組み合わせて総合的な重症度が評価され、ステージが上がるにつれて腎機能が悪化していることを示します。eGFRは運動や測定誤差などの影響で±7%程度は上下するため、境界値付近(例:G3bとG4の境界である30前後)での判断には注意が必要です。
重要なのは、eGFRが60未満になった場合は医療機関を受診することが推奨されます。また、健康診断で尿タンパクが検出された場合も、CKDの可能性があるため医師の診察を受けるべきです。
慢性腎臓病 CKDの主な原因と危険因子
CKDの原因は多岐にわたりますが、日本では以下の疾患が主な原因となっています。
- 糖尿病性腎症:糖尿病患者の約40%がCKDを発症するとされ、血糖コントロールが不良な場合に腎臓の細小血管が障害されることで発症します。
- 慢性糸球体腎炎:免疫異常により腎臓の糸球体が炎症を起こす疾患で、IgA腎症などが含まれます。
- 腎硬化症:高血圧により腎臓の血管が障害され、腎機能が低下する疾患です。尿タンパクが陰性のことが多いのが特徴です。
- 嚢胞腎:遺伝性疾患で、両側の腎臓に多数の嚢胞が形成され、徐々に腎機能が低下します。
CKDの危険因子としては以下が挙げられます。
- 高血圧
- 糖尿病
- 高脂血症
- 肥満
- メタボリックシンドローム
- 高齢
- 喫煙
- 家族歴
これらの危険因子を持つ人は、定期的な腎機能検査を受けることが重要です。特に、高血圧と糖尿病はCKDの最大のリスク因子であり、適切な管理が必要です。
慢性腎臓病 CKDの症状と進行による変化
CKDの最大の特徴は、初期段階では特有の症状がほとんどないことです。そのため、「サイレントキラー」とも呼ばれ、健康診断などで偶然発見されることが多い疾患です。
CKDの進行に伴って現れる可能性のある症状。
初期(G1〜G3a)。
- ほとんど無症状
- 軽度の疲労感
- 夜間頻尿
中期(G3b〜G4)。
- 倦怠感の増強
- 食欲不振
- 軽度の浮腫(むくみ)
- 高血圧
- 貧血による息切れ
末期(G5)。
特に注目すべきは、末期腎不全になっても自覚症状がないことが多いという点です。そのため、定期的な健康診断での検査が非常に重要になります。また、CKDは高血圧を高率に合併するため、血圧管理も重要です。
CKDが進行すると、腎臓の機能低下に伴い様々な合併症が現れます。
これらの合併症は生命予後にも影響するため、早期からの適切な管理が必要です。
慢性腎臓病 CKDの診断と検査方法
CKDの診断には、主に以下の検査が用いられます。
- 血清クレアチニン測定とeGFR計算。
血清クレアチニン値から推算糸球体濾過量(eGFR)を計算します。日本人のGFR推算式は以下の通りです。
eGFR(mL/分/1.73m²)= 194 × 血清クレアチニン値^(-1.094) × 年齢^(-0.287) × 0.739(女性の場合)
eGFRは腎機能の指標として最も一般的に用いられ、60mL/分/1.73m²未満が持続する場合はCKDと診断されます。
- 尿検査。
- 尿タンパク/クレアチニン比(g/gCr)
- 尿中アルブミン/クレアチニン比(mg/gCr)
- 尿沈渣
尿タンパクは定量するだけでなく、必ず尿中クレアチニンも同時に測定し、その比をとって評価します。これは尿の濃縮度による影響を排除するためです。
- 画像検査。
これらの検査により、腎臓のサイズや形態異常、嚢胞の有無などを評価します。
- 腎生検。
原因不明の腎機能低下や、治療方針決定のために必要な場合に行われます。
CKDの診断には、これらの検査結果が3ヶ月以上持続していることを確認する必要があります。一時的な腎機能低下や尿異常は、必ずしもCKDを意味するわけではありません。
健康診断などで以下の異常値を指摘された場合は、医療機関の受診を強く推奨します。
- eGFR低下(特に60mL/分/1.73m²未満)
- 尿タンパク陽性
- 血尿
- 高血圧
慢性腎臓病 CKDと心血管疾患の関連性
CKDは単に腎臓の病気というだけでなく、全身の血管系に影響を及ぼす疾患です。特に注目すべきは、CKDと心血管疾患の密接な関連性です。
CKDは以下の心血管イベントのリスク因子となります。
実際、CKD患者の死因の第一位は心血管疾患であり、腎不全で死亡する患者よりも多いとされています。これは「心腎連関」と呼ばれる現象で、腎臓と心臓の機能が相互に影響し合うためです。
CKDが心血管疾患のリスクを高める理由。
- 動脈硬化の促進。
CKDでは尿毒症物質の蓄積や慢性炎症により、動脈硬化が促進されます。
- 高血圧。
CKD患者の多くは高血圧を合併し、これが心血管系に負担をかけます。
- 貧血。
腎性貧血により心臓に負担がかかり、心不全のリスクが高まります。
- ミネラル代謝異常。
カルシウムやリンの代謝異常により、血管の石灰化が促進されます。
- 脂質異常症。
CKDでは脂質代謝も障害され、動脈硬化のリスクが高まります。
このような背景から、CKD患者の管理においては腎機能の保持だけでなく、心血管リスクの管理も非常に重要です。具体的には、血圧管理、脂質管理、血糖コントロール、禁煙、適度な運動などが推奨されます。
特に注目すべき研究として、HDL(善玉コレステロール)とCKDの関連性があります。最近の研究では、玄米食の摂取がHDL-Cを増加させる可能性が示唆されており、CKD患者の心血管リスク管理に新たな視点を提供しています。
日本腎臓学会誌に掲載されたCKDと心血管疾患の関連性に関する総説
CKD患者は定期的な心機能評価も重要であり、心エコー検査や心電図検査などを適宜実施することが推奨されます。また、CKD患者に特化した心血管リスク評価ツールも開発されており、個々の患者に応じたリスク管理が可能になってきています。
以上のように、CKDは腎臓だけの問題ではなく、全身の血管系に影響を及ぼす疾患であることを理解し、包括的な管理を行うことが重要です。
慢性腎臓病 CKDの治療と腎代替療法の選択肢
CKDの治療は、原因疾患の治療と腎機能低下の進行を遅らせるための対策が中心となります。ステージに応じた適切な治療が重要です。
保存期CKDの治療(G1〜G4)。
- 原因疾患の治療。
- 糖尿病:血糖コントロール(HbA1c 7.0%未満を目標)
- 高血圧:降圧治療(目標血圧130/80mmHg未満)
- 慢性糸球体腎炎:免疫抑制療法など
- 生活習慣の改善。
- 減塩(6g/日未満)
- 適正体重の維持
- 禁煙
- 適度な運動
- アルコール摂取の制限
- 薬物療法。
- 食事療法。
- タンパク質制限(0.6〜0.8g/kg/日)
- カリウム制限(ステージG4以降)
- リン制限(ステージG3b以降)
末期腎不全(G5)の治療。
腎機能が著しく低下し、保存的治療では生命維持が困難になった場合、腎代替療法が必要となります。主な選択肢は以下の通りです。
- 血液透析(HD)。
体外循環により血液を浄化する方法で、日本では最も普及しています(約90%)。週3回、1回4時間程度の透析が標準的です。
- 腹膜透析(PD)。
腹腔内に透析液を注入し、腹膜を介して老廃物を除去する方法です。日本では約3%の患者が選択しています。自宅で毎日行うことができるのが特徴です。
- 腎移植。
健康な腎臓を移植する方法で、QOLの観点からは最も優れていますが、ドナー不足などの問題があります。日本では年間約2000人が腎移植を受けています。
- 保存的腎臓療法(CKM)。
最近では、高齢者や合併症の多い患者を中心に、透析を行わずに対症療法を中心とした保存的治療を選択するケース