急性喉頭蓋炎の症状と原因
急性喉頭蓋炎は、喉頭蓋(こうとうがい)という気管の入り口にある蓋のような組織とその周囲に急性の炎症が生じる疾患です。喉頭蓋は食べ物や飲み物が気管に入らないようにする重要な役割を担っています。この部位に炎症が起こると、腫れによって気道が狭くなり、呼吸困難を引き起こす可能性があります。
急性喉頭蓋炎は進行が早く、適切な治療が行われないと命に関わる緊急性の高い疾患です。特に気道が細い小児では症状の進行が早いため、迅速な対応が求められます。
急性喉頭蓋炎の主な症状と進行過程
急性喉頭蓋炎の症状は初期から重症化するにつれて段階的に進行します。初期症状を見逃さず、早期に適切な治療を受けることが重要です。
【初期症状】
- のどのヒリヒリとした痛み
- 物を飲み込む際の痛み(嚥下時痛)
- 38℃以上の高熱
【進行した症状】
- 激しいのどの痛み
- 飲み込みにくさ(嚥下困難)
- 声がこもる(含み声)
- よだれが出る(唾液が飲み込めないため)
- 声がれ
【重症化した症状】
- 呼吸困難
- 吸気時の喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという音)
- 首のリンパ節の腫れ
- 顔色不良(チアノーゼ)
症状の進行は非常に早く、初期症状から数時間で呼吸困難に至ることもあります。特に「含み声」(口の中に音がこもって聞こえる声)は急性喉頭蓋炎の特徴的な症状であり、この症状が見られた場合は早急に医療機関を受診する必要があります。
急性喉頭蓋炎の原因と感染経路
急性喉頭蓋炎の主な原因は細菌感染です。特に以下の細菌が原因となることが多いとされています。
- インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae type b:Hib):かつては小児の急性喉頭蓋炎の主な原因でしたが、Hibワクチンの普及により小児での発症は減少しています。
- 肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)
- 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)
- クレブシエラ菌(Klebsiella pneumoniae)
これらの細菌は通常、咳やくしゃみによる飛沫感染、または感染した表面に触れた後に口や鼻を触ることで体内に侵入します。
また、急性咽頭炎や急性扁桃炎に続発して発症することもあります。これは、のどの他の部位の感染が喉頭蓋まで広がることで起こります。
近年では、COVID-19感染症が急性喉頭蓋炎を引き起こす可能性も報告されています。2020年の症例報告では、SARS-CoV-2感染が原因と考えられる急性喉頭蓋炎の症例が確認されています。
急性喉頭蓋炎のリスク要因と予防法
急性喉頭蓋炎の発症リスクを高める要因としては、以下のようなものが挙げられます。
リスク要因:
特に注目すべきは、急性喉頭蓋炎は男性に多く、50歳代での発症が多いという点です。また、医師を対象とした調査では、急性喉頭蓋炎を診察した医師の55.9%が気道確保を必要とした経験があると報告されており、その緊急性と重症度の高さがうかがえます。
予防法:
- ワクチン接種:特に小児に対するHibワクチンの接種は、急性喉頭蓋炎の予防に効果的です。
- 手洗いの徹底:細菌感染を防ぐため、こまめな手洗いを心がけましょう。
- 禁煙:喫煙は喉頭蓋の炎症リスクを高めるため、禁煙が推奨されます。
- 基礎疾患の管理:糖尿病などの基礎疾患がある場合は、適切な管理を行いましょう。
- 免疫力の維持:バランスの良い食事、十分な睡眠、適度な運動を心がけ、免疫力を維持しましょう。
急性喉頭蓋炎と遺伝性血管性浮腫の違い
急性喉頭蓋炎と似た症状を示す疾患として、遺伝性血管性浮腫(HAE)があります。両者は症状が類似しているため、誤診されることがありますが、原因や治療法が異なるため、正確な鑑別診断が重要です。
急性喉頭蓋炎と遺伝性血管性浮腫の違い:
特徴 | 急性喉頭蓋炎 | 遺伝性血管性浮腫(HAE) |
---|---|---|
原因 | 細菌感染による炎症 | 遺伝子変異によるブラジキニンの過剰産生 |
痛み | 強い痛みを伴う | 痛みは少ない |
発熱 | 高熱(38℃以上)が多い | 発熱はほとんどない |
炎症反応 | 血液検査で炎症反応が高い | 血液検査で炎症反応は高くない |
再発性 | 再発は稀 | 繰り返し発作が起こる |
頻度 | 比較的一般的 | 非常に稀(5万人に1人程度) |
遺伝性血管性浮腫も急性喉頭蓋炎と同様に、のどの腫れによる呼吸困難を引き起こす可能性がある緊急性の高い疾患です。しかし、その治療法は急性喉頭蓋炎とは異なります。
急性喉頭蓋炎と似た症状が繰り返し現れる場合は、遺伝性血管性浮腫の可能性も考慮し、専門医に相談することが重要です。
急性喉頭蓋炎の診断方法と検査
急性喉頭蓋炎の診断は、症状の確認と共に以下の検査によって行われます。
1. 喉頭ファイバー検査(内視鏡検査)
最も重要な検査方法です。鼻から細い内視鏡カメラを挿入し、喉頭蓋の状態を直接観察します。口からの観察では喉頭蓋を十分に見ることができないため、この検査が必要となります。
喉頭ファイバー検査では。
- 喉頭蓋の腫れの程度
- 気道の狭窄状態
- 周囲組織への炎症の広がり
などを確認します。
2. 画像検査
喉頭ファイバー検査ができない場合や、より詳細な情報が必要な場合に行われます。
- 頸部X線検査:側面像で「親指サイン」と呼ばれる腫れた喉頭蓋の特徴的な所見が見られることがあります。
- CT検査:喉頭蓋の腫れや周囲の状態をより詳細に評価できます。
3. 血液検査
炎症の程度や原因菌を特定するために行われます。
- 白血球数増加
- CRP上昇などの炎症マーカーの確認
- 血液培養による原因菌の特定
4. 咽頭スワブ検査
のどの奥から綿棒で検体を採取し、原因となる細菌を特定します。
急性喉頭蓋炎が疑われる場合、呼吸状態が不安定であれば診断的検査よりも気道確保が優先されます。特に小児や呼吸困難が顕著な患者では、検査よりも早急な治療開始が重要です。
日本耳鼻咽喉科学会会報に掲載された急性喉頭蓋炎の診断と治療に関する詳細な情報
急性喉頭蓋炎の治療法と緊急対応
急性喉頭蓋炎は緊急性の高い疾患であり、迅速かつ適切な治療が必要です。治療の基本方針は以下の通りです。
1. 気道確保
最も重要かつ緊急を要する処置です。呼吸困難が見られる場合、以下の方法で気道確保が行われます。
- 酸素投与:マスクやカニューレを通じて酸素を供給します。
- 気管挿管:喉頭蓋の腫れが強い場合、全身麻酔下で気管内チューブを挿入します。この際、患者は座位で行うことが多く、自発呼吸を維持しながら慎重に行われます。
- 気管切開術:気管挿管が困難な重症例では、首の前面に小さな切開を加えて気管に直接チューブを挿入する処置が行われることがあります。
医師を対象とした調査では、急性喉頭蓋炎を診察した医師の55.9%が気道確保を必要とした経験があると報告されており、その緊急性の高さがうかがえます。
2. 抗菌薬治療
原因菌に対して効果的な抗菌薬を投与します。
- 広域スペクトラム抗菌薬:セフトリアキソンなどの第三世代セファロスポリン系抗菌薬が一般的に使用されます。
- 投与経路:初期は点滴(静脈内投与)で行われることが多いです。
- 治療期間:症状の改善に応じて7〜10日間程度継続します。
3. 抗炎症治療
喉頭蓋の腫れを軽減するために以下の薬剤が使用されます。
4. 入院管理
症状が軽度の場合を除き、ほとんどの急性喉頭蓋炎患者は入院治療が推奨されます。
- 集中治療室(ICU)での管理:呼吸状態が不安定な場合や気管挿管が必要な場合は、ICUでの管理が行われます。
- 継続的なモニタリング:呼吸状態、酸素飽和度、バイタルサインの継続的な観察が重要です。
- 水分・栄養管理:嚥下困難がある場合は、点滴による水分・栄養補給が行われます。
5. 合併症への対応
喉頭蓋膿瘍(喉頭蓋に膿がたまった状態)を伴う場合は、膿を排出する処置が必要になることがあります。
適切な治療が行われれば、多くの患者は1〜2週間程度で回復します。しかし、治療が遅れると気道閉塞による窒息のリスクがあるため、早期診断・早期治療が極めて重要です。
急性喉頭蓋炎とCOVID-19の関連性
COVID-19パンデミック以降、SARS-CoV-2感染症と急性喉頭蓋炎の関連性が報告されるようになりました。これは従来あまり知られていなかった関連性であり、臨床現場での新たな知見として注目されています。
COVID-19関連急性喉頭蓋炎の特徴:
2020年に報告された症例では、53歳の男性がCOVID-19感染に関連した急性喉頭蓋炎を発症しました。この患者は進行性の嚥下痛と呼吸困難を主訴に救急外来を受診し、安静時の喘鳴が認められました。気管挿管が試みられましたが、気道の著しい浮腫のため成功せず、緊急気管切開が実施されました。入院中、唯一陽性となった微生物学的検査はSARS-CoV-2のPCR検査でした。
COVID-19感染症は上気道症状を引き起こすことが知られていますが、その症状は通常、咽頭痛、鼻閉、鼻汁、嗅覚障害などです。しかし、この症例報告は、COVID-19が急性喉頭蓋炎という生命を脅かす上気道閉塞を引き起こす可能性を示しています。
COVID-19パンデミック中の注意点:
- COVID-19の症状として強い喉の痛みや呼吸困難がある場合、急性喉頭蓋炎の可能性も考慮する必要があります。
- COVID-19検査が陽性で上気道症状が