虚血性意識消失の病態生理機序
虚血性意識消失における脳血流動態
虚血性意識消失は、脳全体への血液供給が一過性に途絶されることで発症します 。正常な脳機能を維持するには継続的な血流が必要であり、血流が6-8秒間途絶えるだけで意識レベルの低下が始まります 。収縮期血圧が60mmHg以下に低下すると、脳血管の自動調節能が破綻し、重篤な意識障害に至ります 。
参考)失神/一過性意識障害
この病態では、心拍出量の低下が主要な原因となることが多く、心原性失神では不整脈による心拍数異常や器質的心疾患による収縮機能低下が脳虚血を引き起こします 。特に心拍数が30-35回/分以下の徐脈や、150-180回/分以上の頻脈では十分な心拍出量が確保できず、失神に至ります 。
参考)失神 – 04. 心血管疾患 – MSDマニュアル プロフェ…
虚血性意識消失の分類と頻度
虚血性意識消失は病因により以下の3つに大別されます。
- 神経調節性(反射性)失神:全体の35-65%を占める最も頻度の高いタイプ
- 心原性(心血管性)失神:全体の5-37%で、予後が最も不良
- 起立性低血圧による失神:全体の3-24%程度
神経調節性失神は迷走神経反射により血管拡張と徐脈が生じ、血圧低下から脳血流減少に至る機序です 。状況失神として排尿後、咳嗽後、嚥下後などに発症することも多く観察されます 。
参考)意識消失発作(失神)-聖マリアンナ医科大学脳血管内治療科
心原性失神では、虚血性心疾患に伴う心室不整脈や構造的心疾患による流出路閉塞が主因となります 。特に急性心筋梗塞では、まれに失神が初発症状となることがあり、迅速な診断が生命予後を左右します 。
参考)虚血性心疾患や心不全における失神の意義を症候学から病態生理で…
虚血性心疾患に伴う意識消失の特徴
虚血性心疾患患者における失神は、冠動脈の狭窄や閉塞により心筋虚血が生じ、局所的収縮能低下から心拍出量減少に至る過程で発症します 。典型的な胸部不快感を伴わずに失神のみが現れることもあり、診断には高い臨床的判断力が求められます 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma/71/6/71_558/_pdf
冠攣縮性狭心症では、冠動脈スパズムによる一過性の心筋虚血で失神を来すことがあり、心電図上のST変化や心室性不整脈の検出が診断の鍵となります 。心不全を伴う症例では、心機能低下により代償機構が破綻し、軽微な誘因でも失神発作を起こしやすくなります 。
アダムスストークス症候群の病態
アダムスストークス症候群は、重篤な徐脈性または頻脈性不整脈により一過性の脳虚血が生じ、意識消失発作を呈する症候群です 。房室ブロックが原因の5-6割、洞不全症候群が3-4割を占め、心室頻拍や心室細動によるものも見られます 。
参考)アダムスストークス症候群とは? 主な原因や症状・看護のポイン…
徐脈性不整脈では、洞結節から房室結節への刺激伝導系に障害が生じ、心停止または著明な徐脈により脳血流が急激に低下します 。頻脈性不整脈の場合は、心室充満時間の短縮により心拍出量が著しく減少し、同様に脳虚血を引き起こします 。
このような不整脈性失神では、前兆症状なく突然発症することが特徴的であり、めまいなど軽微な症状から数時間から数日後に重篤な意識消失発作へ進展することがあります 。
参考)アダムス・ストークス症候群の症状・原因・対処法 Doctor…
虚血性意識消失と一過性脳虚血発作の鑑別
一過性脳虚血発作(TIA)による意識消失は、椎骨脳底動脈系の一過性虚血で発症することがありますが、頸動脈系のTIAでは意識消失は稀です 。TIAでは局所的な神経症状(片麻痺、失語、構音障害など)が主体となり、全脳虚血による失神とは病態が異なります 。
参考)一過性の意識消失で受診した人がいるのですが,「一過性脳虚血発…
しかし、椎骨脳底動脈循環不全では、脳幹部の虚血により意識障害を来すことがあり、失神との鑑別が重要となります 。この場合、めまい、複視、嚥下障害などの脳幹症状を伴うことが多く、単純な失神と区別する手がかりとなります 。
参考)https://www.itsuki-hp.jp/radio/tia
2009年以降、TIAの定義が「急性脳梗塞を伴わない一過性の神経機能障害エピソード」に変更され、24時間以内という時間的制限が撤廃されました 。このため、数分で回復する意識障害でも脳虚血の可能性を考慮し、積極的な検査と治療が推奨されています 。