甲状腺の機能と疾患について詳しく解説

甲状腺の機能と疾患

甲状腺疾患の主な種類
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バセドウ病

甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、新陳代謝が亢進する自己免疫疾患

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橋本病

甲状腺に対する自己抗体により、甲状腺機能低下を引き起こす慢性甲状腺炎

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亜急性甲状腺炎

甲状腺の炎症により一過性の機能亢進と痛みを伴う「甲状腺の風邪」とも呼ばれる疾患

甲状腺は喉仏の下に位置する蝶形の内分泌器官で、全身の新陳代謝を調節する重要な役割を担っています。縦2~3cm、横4~5cm、厚さ1cm程度の小さな臓器ですが、その機能異常は全身に様々な影響を及ぼします。甲状腺は海藻などに含まれるヨードを取り込み、甲状腺ホルモンを産生・分泌しています。

甲状腺ホルモンには主に2種類あり、トリヨードサイロニン(T3)とサイロキシン(T4)が知られています。これらのホルモンは血中では主に蛋白質と結合した形で存在していますが、実際にホルモンとしての活性を持つのは蛋白質と結合していないフリー(遊離)の形態のみです。そのため臨床検査では、Free T3(FT3)、Free T4(FT4)の測定が重要となります。

甲状腺の機能は脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって調節されており、このフィードバック機構により甲状腺ホルモンの適切なバランスが保たれています。しかし、様々な要因によりこのバランスが崩れると、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症などの疾患が発症します。

甲状腺ホルモンの生理作用と代謝への影響

甲状腺ホルモンは全身の新陳代謝を活性化する重要なホルモンです。具体的には以下のような生理作用を持っています。

  1. 基礎代謝の調節:甲状腺ホルモンは細胞のエネルギー産生を促進し、基礎代謝率を上昇させます。
  2. 体温調節:熱産生を増加させ、体温維持に寄与します。
  3. 心血管系への作用:心拍数や心収縮力を増加させ、末梢血管抵抗を減少させます。
  4. 神経系への作用:中枢神経系の発達や機能維持に重要な役割を果たします。
  5. 骨代謝への影響:骨のリモデリングを促進します。
  6. 消化器系への作用:腸管の蠕動運動を促進します。

甲状腺ホルモンが過剰になると(甲状腺機能亢進症)、新陳代謝が過剰に活性化され、動悸、多汗、体重減少、イライラ感などの症状が現れます。逆に甲状腺ホルモンが不足すると(甲状腺機能低下症)、新陳代謝が低下し、倦怠感、寒がり、体重増加、便秘などの症状が現れます。

甲状腺ホルモンの分泌量は、視床下部-下垂体-甲状腺軸(HPT軸)と呼ばれるフィードバック機構によって厳密に調節されています。視床下部からのTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)が下垂体に作用してTSH(甲状腺刺激ホルモン)の分泌を促し、TSHが甲状腺に作用して甲状腺ホルモンの合成・分泌を促進します。血中の甲状腺ホルモン濃度が上昇すると、視床下部や下垂体にネガティブフィードバックがかかり、TRHやTSHの分泌が抑制されるという巧妙な調節機構が存在します。

甲状腺のバセドウ病と橋本病の特徴と診断

甲状腺疾患の中でも特に頻度の高いバセドウ病と橋本病は、どちらも自己免疫疾患であり、女性に多く見られるという共通点がありますが、その病態や症状は大きく異なります。

バセドウ病

バセドウ病は甲状腺ホルモンが過剰に分泌される代表的な疾患で、20~30代の女性に多く発症します。男女比は1:5と女性に多い傾向があります。

バセドウ病の特徴的な症状には以下のようなものがあります。

  • 動悸・頻脈
  • 多汗・暑がり
  • 体重減少(食欲は増加)
  • 手指の細かい震え
  • イライラ・不安感
  • 眼球突出(バセドウ眼症)
  • 甲状腺腫大

バセドウ病の診断には、血液検査でFT3、FT4の上昇とTSHの低下を確認します。さらに特異的な検査として、TSH受容体抗体(TRAb)やTSH刺激抗体(TSAb)の測定が有用です。これらの自己抗体は甲状腺のTSH受容体に結合して刺激し、甲状腺ホルモンの過剰分泌を引き起こします。

橋本病

橋本病(慢性甲状腺炎)は、日本人医師の橋本策先生によって発見された疾患で、甲状腺に対する自己抗体により甲状腺組織が徐々に破壊される自己免疫疾患です。男女比は1:20と圧倒的に女性に多い疾患です。

橋本病の特徴。

  • 初期は無症状のことが多い
  • 甲状腺の腫大(びまん性、弾性硬)
  • 徐々に進行する甲状腺機能低下症状
    • 倦怠感・疲労感
    • 寒がり
    • 体重増加
    • 便秘
    • 皮膚乾燥
    • 記憶力低下・思考力低下

    橋本病の診断には、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)や抗サイログロブリン抗体(TgAb)の測定が有用です。これらの自己抗体は橋本病の診断マーカーとなります。また、甲状腺エコー検査では甲状腺の腫大と不均一な低エコーパターンが特徴的です。

    両疾患とも早期診断と適切な治療が重要であり、定期的な経過観察が必要です。

    甲状腺の亜急性甲状腺炎の症状と治療法

    亜急性甲状腺炎は「甲状腺の風邪」とも呼ばれる比較的頻度の高い疾患ですが、一般的な認知度は低く、患者向けの分かりやすい情報も少ないのが現状です。

    亜急性甲状腺炎の特徴

    亜急性甲状腺炎は、甲状腺に強い炎症が生じる疾患で、以下のような特徴があります。

    • 発症年齢:30~59歳が好発年齢
    • 男女比:1:3~7と女性に多い
    • 季節性:夏または冬に発症しやすい
    • 発症要因:約半数が風邪に引き続いて発症することから、ウイルス感染の関与が示唆されている
    • 遺伝的要因:患者の約50~80%が特定の白血球型(HLA-B 35)を持っている

    主な症状

    亜急性甲状腺炎の主な症状には以下のようなものがあります。

    1. 頚部痛:甲状腺部位に一致した比較的強い痛みが特徴的
    2. 甲状腺機能亢進症状:甲状腺の炎症により甲状腺ホルモンが漏出することで一過性に
      • 動悸
      • イライラ感
      • 多汗
    3. 全身症状
      • 発熱
      • 倦怠感
      • 筋肉痛
      • 肝機能障害を伴うこともある

    診断方法

    亜急性甲状腺炎の診断には以下の検査が有用です。

    1. 問診と触診:頚部痛の訴えと甲状腺部位の圧痛
    2. 甲状腺エコー検査:痛みのある部位に一致した低エコー域の確認
    3. 血液検査
      • 炎症マーカー:白血球数増加、CRP上昇
      • 甲状腺ホルモン:初期にはFT3、FT4の上昇、TSHの低下
      • 経過とともに一過性の甲状腺機能低下症を呈することもある

    治療法

    亜急性甲状腺炎の治療には以下のアプローチがあります。

    1. 軽症例:非ステロイド性抗炎症薬NSAIDs)による対症療法
      • ロキソニンなどで症状が改善することもある
    2. 中等症~重症例:ステロイド療法
      • プレドニゾロン10~15mg/日から開始
      • 症状改善後も自己中断せず、6~10週間かけて漸減
      • プレドニンによる治療は永続的な甲状腺機能低下症のリスクを低減する可能性がある
    3. 経過観察
      • 治療終了後も定期的な血液検査による甲状腺機能のモニタリングが必要
      • 約20~30%に再発がみられる
      • まれに(約5.9%)永続的な甲状腺機能低下症に進展する例もある
      • 稀にバセドウ病に移行する例も報告されている

    亜急性甲状腺炎は適切な治療により多くの場合良好な経過をたどりますが、再発や甲状腺機能低下症への進展のリスクがあるため、治療終了後も注意深い経過観察が重要です。

    亜急性甲状腺炎の予後に関する隈病院の研究

    甲状腺腫瘍の種類と鑑別診断のポイント

    甲状腺にできるしこりを総称して甲状腺腫瘍と呼びます。甲状腺腫瘍には良性と悪性があり、適切な鑑別診断が重要です。

    甲状腺腫瘍の種類

    1. 良性腫瘍
      • 濾胞腺腫:最も一般的な良性腫瘍で、甲状腺内に水分が溜まった構造物として現れる
      • 腺腫様甲状腺腫:複数の結節が甲状腺内に形成される状態
      • コロイド嚢胞:コロイド(甲状腺ホルモンの貯蔵形態)が溜まった嚢胞
    2. 悪性腫瘍
      • 乳頭がん:最も頻度の高い甲状腺がん(全体の約80%)で、増殖速度が遅く予後良好
      • 濾胞がん:乳頭がんに次いで多い(約10%)、血行性転移をきたしやすい
      • 髄様がん:C細胞由来のがんで、カルシトニンを産生する(約5%)
      • 未分化がん:稀だが極めて悪性度が高く予後不良(約2%)
      • 悪性リンパ腫:甲状腺原発の悪性リンパ腫、橋本病に合併することが多い

    甲状腺腫瘍の症状

    甲状腺腫瘍の主な症状には以下のようなものがあります。

    • 頚部のしこり
    • のどの違和感
    • 嚥下困難感
    • 声のかすれ(反回神経浸潤時)
    • 頚部リンパ節腫大(転移時)

    多くの甲状腺腫瘍は無症状で、健診や他疾患の画像検査で偶然発見されることも少なくありません。

    鑑別診断のポイント

    甲状腺腫瘍の鑑別診断には以下の検査が重要です。

    1. 触診:しこりの硬さ、可動性、圧痛の有無などを評価
    2. 超音波検査:最も基本的かつ重要な検査
      • 良性を示唆する所見:境界明瞭、整、嚢胞成分主体、ハロー(辺縁低エコー帯)あり
      • 悪性を示唆する所見:境界不明瞭、不整、微細石灰化、内部不均一、血流豊富
    3. 穿刺吸引細胞診(FNA):超音波ガイド下に腫瘍に針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で観察
      • 良悪性の鑑別に最も有用な検査
      • ベセスダシステムによる6段階評価が国際的に用いられている
    4. 血液検査
      • サイログロブリン(Tg):甲状腺がんのマーカー(特に術後の再発・転移の評価に有用)
      • カルシトニン:髄様がんのマーカー
      • 抗甲状腺抗体:橋本病の合併評価
    5. CT・MRI検査:大きな腫瘍や周囲組織への浸潤評価に有用
    6. PET-CT:遠隔転移の評価に有用

    甲状腺腫瘍の治療方針は、良悪性の鑑別、腫瘍の大きさ、患者の年齢や全身状態などを考慮して決定されます。良性腫瘍では経過観察が基本ですが、悪性腫瘍では手術が第一選択となります。特に乳頭がんは増殖速度が遅く、早期発見・早期治療により良好な予後が期待できます。

    甲状腺ホルモン検査の解釈と免疫放射定量分析法

    甲状腺疾患の診断において、