気管挿管と救急救命士
救急救命士による気管挿管は平成16年に制度化された高度な救命処置で、心肺停止患者の生命維持に直結する重要な技術です 。この手技により、救急現場での迅速かつ確実な気道確保が可能となり、蘇生成功率の向上と救命効果の向上が期待されています 。
気管挿管は気管に専用のチューブを直接挿入して気道を確保する医療行為で、以前は医師のみが実施を認められていました 。しかし、病院前救護の向上と救命率向上を目的として、特別な教育訓練を受けた救急救命士にもその実施が認められるようになりました 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/ODPEC_EMT_M3.pdf
現在では「気管挿管認定救急救命士」として認定を受けた救急救命士のみが、厳格な適応基準の下で気管挿管を実施できます 。この制度により、心肺停止患者への最適な気道管理が救急現場で提供可能となっています 。
参考)救急救命士として欠かせない手技である「気管挿管」と「気管吸引…
気管挿管の手技と手順の基本
気管挿管の手技は高度な技術と十分な医学的知識を必要とする複雑な処置です 。救急救命士が実施する気管挿管は、心臓機能停止状態かつ呼吸機能停止状態の傷病者に対してのみ適用されます 。
参考)救急救命士の気管挿管実習にご協力を! – 宮城県公式ウェブサ…
基本的な手順として、まず物品の準備から始まります 🧰 。吸引装置、喉頭鏡、複数サイズの気管チューブ、カフ用注射器などが必要です 。気管チューブの準備では、カフを目一杯膨らませて破損がないことを確認した後、完全に空気を抜きます 。スタイレットを挿入する際は、気管チューブの先端からスタイレットの先端が出ない位置まで挿入し、潤滑ゼリーを塗布します 。
参考)https://plaza.umin.ac.jp/GHDNet/04/oa-soukan.htm
実際の挿管手順では、スニッフィングポジションを取り、口腔内を吸引した後、高流量酸素によるバッグマスクで十分な酸素化を行います 。必要に応じて心臓マッサージを中断し、セリック法による介助を指示します 。喉頭鏡を45度の角度で挿入し、異物や分泌物があれば除去した後、喉頭を展開して気管挿管を行います 。
参考)25_救急救命士が行う処置①【救急救命士国家試験対策】|HI…
挿管後は直視下で声帯をチューブが通過することを確認し、心窩部と両側前胸部の聴診による確認を行います 。エアウェイチェッカーが4秒以内に再膨張することを確認し、門歯位置でチューブの深さを頻回に確認して位置のずれを防ぎます 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/03/dl/s0325-12g.pdf
気管挿管の資格認定と実習制度
気管挿管認定救急救命士になるためには、厳格な教育課程と実習制度を完了する必要があります 📚 。まず、救急救命士資格取得時に気管挿管の規定カリキュラム62時間の講義・実習を修了していることが前提条件です 。
参考)https://seminar.odpec.or.jp/seminar/wp-content/uploads/2025/01/ODPEC_EMT_M3.pdf
病院実習は日本麻酔科学会認定専門医の指導の下で実施され、全身麻酔下の患者に対して30症例の気管挿管成功が必要です 。実習対象は成人のASAクラス分類1、2に相当する全身麻酔症例で、文書による同意が得られた患者に限定されます 。
実習の安全性確保のため、指導医の監視下で気管挿管の試行は2回までとされ、麻酔導入時マスクによる人工呼吸から喉頭展開、気管挿管、管の固定、人工呼吸再開まで一連の過程を学びます 。実習指導医は実習の状況を詳細に記録し、医師診療録に挿管担当救急救命士として明記することが義務付けられています 。
参考)https://shonan-mc.org/images/zsmcc/jimukyoku/doc/guideline_200401_byouin-kikansoukan_saikyouiku.pdf
30症例を修了し、医師の具体的指示下で気管挿管を実施するに適した救急救命士には、各病院の管理者が実習修了証書を交付します 。その後、所属する都道府県のメディカルコントロール協議会にて認定を受け、正式に「気管挿管認定救急救命士」となります 。
気管挿管のコーマックグレードと実施基準
救急救命士による気管挿管では、コーマック分類(グレード)による厳格な実施基準が設けられています 🔍 。この分類は喉頭展開時の視野の良好さを示す指標で、救急救命士が実施できるのはコーマックグレード1のケースのみです 。
コーマックグレード1は「声門のすべてが視認できる」状態で、挿管が容易な症例を指します 。グレード2では声帯の後部と後部軟骨群が視認でき、熟練した医師であればスタイレットの角度調整により挿管可能ですが、救急救命士の適応外となります 。グレード3は喉頭蓋のみが視認できる状態で通常の方法では困難、グレード4は舌根部のみが視認できる状態で直ちにファイバースコープなどの使用が必要な症例です 。
適応となるケースは、心肺機能停止患者のうちラリンゲアルマスクや食道閉鎖式エアウェイで気道確保ができない症例に限定されます 。具体的には異物による窒息の心肺機能停止事例や、特定行為指示医師が必要と判断したものが該当します 。
参考)https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/835819_8035900_misc.pdf
一方、適応外となるケースも明確に定められており、頸椎・頸髄損傷が強く疑われる事例、頭部後屈困難例、開口困難事例、喉頭鏡挿入困難例、喉頭展開困難例、声帯確認困難例などは禁忌とされています 。これらの基準により、安全性を最優先とした気管挿管の実施が確保されています 。
気管挿管時の安全性確保と合併症対策
救急救命士による気管挿管では、患者の安全性確保が最優先事項として位置づけられています ⚕️ 。実習時には麻酔科専門医の厳重な指導と責任の下で実施され、患者の安全が確保されていることが必須条件です 。
参考)https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/23350/siryou4-2.pdf
気管挿管に伴う合併症として、軽度なものでは喉の痛み、唇や歯肉の裂傷、歯の損傷、鼻の損傷などがあり、これらは一般的に短時間で回復します 。より深刻な合併症としては、頻脈や不整脈、高血圧、頭蓋内圧や眼圧の上昇、気管支痙攣などが報告されています 。
重篤な合併症には喉頭痙攣、食道または気管の穿孔、胃内容物の肺誤嚥、頸椎や顎関節の骨折または脱臼、血中酸素濃度の低下などがあります 。これらの合併症を防ぐため、十分な訓練と経験が不可欠であり、救急救命士には厳格な認定制度が設けられています 。
患者同意の取得も安全性確保の重要な要素で、実習に際しては救急救命士と指導医が患者に詳細な説明を行い、必ず同意を得てから実施します 。患者が実習を拒否した場合でも、その後の治療に何らの不利益も生じないことが保証されています 。また、一度同意した後でも実習開始まで同意を取り下げることが可能です 。
参考)救急救命士挿管訓練実習
気管挿管における独自の品質管理システム
救急救命士による気管挿管では、他の医療手技とは異なる独自の品質管理システムが構築されています 🏥 。気管挿管時の胸骨圧迫中断時間は10秒以内と厳格に規定され、挿管操作は2回までに制限されています 。挿管介助者は時間を測定して実施者に報告し、その時間を活動記録に記載することが義務付けられています 。
再教育制度も他の医療行為と比較して特に充実しており、気管挿管認定救急救命士は定期的な技術確認再教育実習を受けることが求められています 。この実習では医学的知識、実際の気管挿管技術、医療倫理、記録、事故対策についての理解を高めることを目標としています 。
ビデオ硬性喉頭鏡による気管挿管についても独立した認定制度があり、従来の気管挿管認定救急救命士がさらに5症例を修了することで、ビデオ喉頭鏡による気管挿管認定を受けることができます 。この段階的な認定システムにより、技術の向上と安全性の確保が図られています 。
実習記録と評価システムも高度に標準化されており、実習指導医と実習生は詳細な実習記録票に評価を記載し、指導医は医師診療録に挿管担当救急救命士として明記することが求められています 。これらの包括的な品質管理により、救急救命士による気管挿管の安全性と有効性が継続的に向上しています 。