血圧と病気について
高血圧症は、血圧が継続的に高い状態が続く病気です。血圧とは、心臓から送り出された血液が動脈の血管壁を押す力のことを指します。この圧力が正常範囲を超えて高くなると、血管に負担がかかり、様々な健康問題を引き起こす原因となります。
高血圧症は特に初期段階では自覚症状がほとんどないため、「サイレント・キラー(沈黙の殺し屋)」とも呼ばれています。症状がないからといって放置すると、心筋梗塞、脳卒中、腎臓病などの重大な合併症を招く危険性があります。
福岡県久山町で行われた長期追跡調査によると、血圧の高さと脳卒中リスクには明確な相関関係があることが示されています。血圧が高いほど、脳卒中の発症リスクが高まるという結果が出ています。
さらに、横浜市立大学の研究グループによる最新の調査では、高血圧の基準(140/90mmHg以上)に満たない「高値血圧」(130-139/80-89mmHg)や「正常高値血圧」(120-129/80mmHg未満)の段階でも、心血管疾患のリスクが高まることが明らかになっています。
血圧の測定方法と正常値について
血圧の測定は、高血圧症の診断や管理において非常に重要です。血圧は上の血圧(収縮期血圧)と下の血圧(拡張期血圧)の2つの数値で表されます。
収縮期血圧は心臓が収縮して血液を送り出したときの血管内の圧力を表し、拡張期血圧は心臓が拡張したときの圧力を表します。これらの値は「mmHg(ミリメートル水銀柱)」という単位で測定されます。
血圧の正常値と高血圧の基準は以下の通りです。
- 正常血圧:収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満
- 正常高値血圧:収縮期血圧120~129mmHgかつ拡張期血圧80mmHg未満
- 高値血圧:収縮期血圧130~139mmHgまたは拡張期血圧80~89mmHg
- 高血圧:収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上
ただし、医療機関と自宅での測定値には差があることが知られています。自宅での測定基準は、収縮期血圧135mmHg以上、拡張期血圧85mmHg以上を高血圧とします。これは、医療機関での測定時に緊張などの影響で血圧が上昇する「白衣高血圧」という現象があるためです。
正確な血圧測定のためのポイント。
- 朝の測定は起床後1時間以内、朝食前、服薬前に行う
- トイレを済ませてから測定する
- 測定前に1~2分間椅子に座って安静にする
- 夜の測定は就寝直前に行う
- 少なくとも朝晩各1回測定する
- 1週間の平均値で評価する
家庭での血圧測定は、「仮面高血圧」の発見にも役立ちます。仮面高血圧とは、診察室や健診では正常なのに、家庭で測ると高血圧という状態を指し、通常の高血圧よりも脳心血管疾患のリスクが高いことが研究で明らかになっています。
高血圧症の種類と仮面高血圧の危険性
高血圧症には、原因や特徴によっていくつかの種類があります。主な分類としては、原因が特定できない「本態性高血圧」と、明確な原因疾患がある「二次性高血圧」に大別されます。
本態性高血圧。
高血圧患者の約90%を占める最も一般的なタイプです。遺伝的要因と環境要因(塩分摂取過多、肥満、運動不足など)が複合的に作用して発症します。腎臓や神経系の何らかの遺伝的異常に、生活習慣や環境要因が加わって起こるとされています。
二次性高血圧。
腎臓病、内分泌疾患、睡眠時無呼吸症候群などの特定の疾患が原因で発症する高血圧です。原因となる疾患を治療することで血圧が改善することが多いのが特徴です。
近年特に注目されているのが「仮面高血圧」です。仮面高血圧とは、診察室や健診では正常血圧を示すものの、日常生活の中では高血圧状態になっている状態を指します。「正常血圧という仮面をつけた高血圧」という意味でこの名前がつけられました。
仮面高血圧の危険性。
アメリカ・コロンビア大学のトーマス・ピッカリング教授の研究によると、脳心血管疾患のリスクは以下のように増加します。
- 正常血圧の人:1(基準)
- 持続性高血圧の人:2.94倍
- 仮面高血圧の人:3.86倍
仮面高血圧には以下の3つのタイプがあります。
- 早朝高血圧:早朝に血圧が急上昇するタイプ。特に「モーニングサージ」と呼ばれる夜間低値から早朝に急上昇するパターンは、脳卒中リスクが2.5倍に増加するという研究結果があります。
- 夜間高血圧:睡眠中も血圧が下がらないタイプ。降圧薬の効果切れ、睡眠時無呼吸症候群、糖尿病性神経障害、心不全、腎不全などがある人に多く見られます。
- ストレス高血圧(職場高血圧):ストレスに敏感に反応して血圧が上昇するタイプ。仕事中や大きなストレスがある期間中に血圧が高くなります。1995年の阪神・淡路大震災後に脳卒中や心筋梗塞で亡くなった38人の事例も、ストレス高血圧が関連していると考えられています。
仮面高血圧は全国民の約15%に存在すると推定されており、持続性高血圧患者の半数程度の人数に相当します。発見するためには家庭での定期的な血圧測定が重要です。
血圧を上昇させる要因と生活習慣の影響
血圧の上昇には様々な要因が関わっています。これらの要因を理解することで、高血圧の予防や管理に役立てることができます。
血圧を上昇させる主な要因:
- 塩分の過剰摂取:塩分(ナトリウム)の摂りすぎは体内の水分量を増やし、血圧を上昇させる最も一般的な要因です。日本人は伝統的に塩分摂取量が多く、高血圧のリスクが高いとされています。
- 加齢:年齢を重ねるにつれて血管の弾力性が失われ(動脈硬化)、血圧が上昇しやすくなります。
- ストレス:精神的ストレスは交感神経を刺激し、一時的に血圧を上昇させます。慢性的なストレスは持続的な血圧上昇につながることがあります。
- 肥満・過体重:体重過多は心臓への負担を増やし、血圧上昇の原因となります。特に内臓脂肪の蓄積は高血圧のリスクを高めます。
- 運動不足:定期的な運動は血管の弾力性を保ち、血圧を安定させる効果がありますが、運動不足はその逆の効果をもたらします。
- アルコールの過剰摂取:大量のアルコール摂取は血圧を上昇させます。ただし、少量のアルコールには血圧を下げる効果もあるとされています。
- 喫煙:タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させ、血圧を上昇させる作用があります。
- 遺伝的要因:両親や近親者に高血圧の人がいる場合、高血圧になるリスクが高まります。
- 睡眠不足:質の良い睡眠が不足すると、血圧調整機能が乱れ、高血圧のリスクが高まります。
- 季節や気温の変化:寒い季節(冬)や急激な温度変化(入浴時の脱衣、暖かい室内から寒い屋外への移動など)は血圧を上昇させることがあります。
これらの要因の多くは生活習慣に関連しており、適切な対策を講じることで血圧の上昇を防ぐことができます。例えば、塩分摂取を控える、適度な運動を習慣化する、ストレス管理を行う、適正体重を維持するなどの取り組みが効果的です。
また、血圧を下げる要因としては、十分な休養と睡眠、規則的な運動習慣、ぬるめのお湯での入浴などが挙げられます。これらを日常生活に取り入れることで、血圧の安定化に役立てることができます。
高血圧症がもたらす合併症と健康リスク
高血圧症は、それ自体では自覚症状が乏しいものの、長期間放置すると様々な臓器に深刻な合併症をもたらします。高血圧が「サイレント・キラー」と呼ばれる所以は、気づかないうちに全身の血管や臓器にダメージを与え続けるからです。
脳への影響:
- 脳卒中(脳血管疾患):高血圧は脳卒中の最大のリスク要因です。脳内の血管が破れる脳出血や、血管が詰まる脳梗塞のリスクを大幅に高めます。福岡県久山町の研究では、血圧が高いほど脳卒中の発症率が明確に上昇することが示されています。
- 血管性認知症:小さな脳梗塞が繰り返し起こることで、認知機能の低下を引き起こす可能性があります。
心臓への影響:
- 心筋梗塞:冠動脈の動脈硬化が進行し、心臓の筋肉(心筋)に血液を送る血管が詰まることで起こります。
- 心不全:高血圧により心臓に負担がかかり続けると、心臓の筋肉が肥大し、やがて十分に血液を送り出せなくなる状態に陥ります。
- 心房細動:不整脈の一種で、高血圧は心房細動の主要なリスク要因です。心房細動自体が脳梗塞のリスクを高めます。
腎臓への影響:
- 慢性腎臓病:高血圧は腎臓の細い血管を傷つけ、腎機能の低下を引き起こします。腎機能が低下すると、さらに血圧が上昇するという悪循環に陥ることもあります。
- 腎不全:重度の場合、透析や腎移植が必要になる腎不全に至ることもあります。
血管への影響:
- 動脈硬化:高血圧は血管内皮を傷つけ、動脈硬化を促進します。動脈硬化はさらに血圧を上昇させる原因となります。
- 大動脈瘤・大動脈解離:大動脈の壁が弱くなり、膨らんだり(瘤)、裂けたり(解離)する危険な状態を引き起こすことがあります。
眼への影響:
- 高血圧性網膜症:網膜の血管が損傷を受け、視力低下や失明につながる可能性があります。
その他の臓器への影響:
- 末梢動脈疾患:手足の血管が狭くなり、痛みやしびれを引き起こします。
- 勃起障害:男性の場合、高血圧による血管障害が勃起障害の原因となることがあります。
特に注目すべきは、最新の研究で明らかになった「高値血圧」や「正常高値血圧」の段階でも、これらの合併症のリスクが高まることです。横浜市立大学の研究では、高血圧の基準に満たない血圧値でも、心血管疾患のリスクが上昇することが示されています。
また、「仮面高血圧」は通常の高血圧よりも脳心血管疾患のリスクが高いことが分かっています。コロンビア大学の研究によると、仮面高血圧の人は正常血圧の人と比較して、脳心血管疾患のリスクが3.86倍にも上るという結果が出ています。
これらの合併症を予防するためには、定期的な血圧測定と適切な血圧管理が不可欠です。高血圧と診断された場合は、医師の指導のもと、生活習慣の改善や必要に応じた薬物療法を行うことが重要です。
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