褥瘡の症状と進行度
褥瘡(じょくそう)は一般的に「床ずれ」とも呼ばれ、身体の一部が長時間圧迫されることで発生する皮膚および皮下組織の損傷です。日本褥瘡学会では「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる」と定義されています。
褥瘡の発生には主に4つの要素が関わっています。
- 外力(体位変換や寝具による圧迫・摩擦・ずれ)
- 栄養状態(病的骨突出や浮腫)
- 湿潤(多汗や失禁)
- 自立度(ADL低下や関節拘縮)
これらの要素が複合的に作用することで褥瘡が発生し、進行していきます。特に、同じ姿勢を長時間続けることによる持続的な圧迫は、褥瘡発生の最も大きな要因となります。
褥瘡の初期症状における発赤の特徴
褥瘡の初期症状として最も重要なのが「発赤(ほっせき)」です。これは圧迫された部位の皮膚が赤くなる現象です。しかし、単なる一過性の発赤と褥瘡の初期症状としての発赤を区別することが非常に重要です。
褥瘡の発赤の特徴。
- 圧迫を解除しても30分以上消えない(持続性発赤)
- 指で軽く3秒ほど圧迫しても白っぽく変化しない(非退色性紅斑)
- 周囲と比べて熱感がある場合が多い
- 患者によっては痛みやかゆみを伴うことがある
一過性の発赤と褥瘡の初期症状を見分ける簡単な方法として「指押し法(ブランチングテスト)」があります。発赤部位を指で軽く3秒ほど押し、離した後に白くなるかどうかを確認します。押した部分が白くなり、指を離すとすぐに赤くなる場合は一過性の発赤で、押しても白くならない場合は褥瘡の初期症状と考えられます。
この初期段階で適切な対応をすることが、褥瘡の進行を防ぐ上で非常に重要です。発赤を発見したら、その部位への圧迫を避け、定期的な体位変換を行い、適切な除圧対策を講じる必要があります。
褥瘡のステージ分類と症状の進行度
褥瘡の重症度は主に「深さ(深達度)」によって分類されます。国際的に広く使用されているのがNPUAP/EPUAP分類(現在はNPIAP/EPUAP分類)です。この分類では褥瘡をカテゴリ/ステージⅠからⅣまでに分けています。
【ステージⅠ】
- 皮膚に消退しない発赤を伴う損傷のない状態
- 皮膚の損傷は表皮内のみ
- 圧迫しても白くならない(非退色性紅斑)
- 周囲と比べて硬い、柔らかい、熱感、冷感などの変化がみられることもある
【ステージⅡ】
- 真皮の部分欠損として現れる浅い開放創
- 水疱形成やびらんの状態
- 表皮が真皮から剥がれて滲出液が出ている状態
- 細菌感染のリスクが高まる
【ステージⅢ】
- 皮下組織に至る全層皮膚欠損
- 皮下脂肪が見える状態だが、骨、腱、筋肉は露出していない
- ポケット(傷口がポケットのように空いている状態)が形成されることもある
- 細菌感染のリスクがさらに高まる
【ステージⅣ】
- 骨、腱、筋肉の露出を伴う全層組織欠損
- ポケットを伴うことが多い
- 敗血症などの全身感染症のリスクが非常に高い
また、褥瘡の状態は色でも識別することができます。主に「赤色」「黄色」「黒色」の3色に分けられ、進行度が最も大きいのが「黒色」、次に「黄色」、初期が「赤色」です。黒色の場合は組織が壊死している状態で、早急な医療介入が必要です。
褥瘡の好発部位と体位別の発生リスク
褥瘡は身体の中でも特に骨の突出部に発生しやすい傾向があります。これは骨の突出部では皮膚と骨の間の組織が薄く、圧力が集中しやすいためです。
体位別の褥瘡好発部位は以下の通りです。
【仰臥位(あおむけ)の場合】
- 後頭部
- 肩甲骨部
- 脊柱部(背骨に沿った部分)
- 仙骨部(おしりの中央の骨が出た部分)
- 踵骨部(かかと)
【側臥位(横向き)の場合】
- 耳介部(耳)
- 肩関節部
- 肘関節部
- 腸骨部
- 大転子部(太ももの付け根の外側)
- 膝関節部
- 外踝部(くるぶし)
【座位の場合】
- 坐骨部
- 尾骨部
- 背部
- 肘関節部
特に仰臥位での仙骨部は最も褥瘡が発生しやすい部位とされています。また、踵骨部(かかと)も圧迫されやすく、褥瘡が発生しやすい部位です。側臥位では大転子部に注意が必要です。
医療従事者は患者の体位に応じて、これらの好発部位を重点的に観察し、予防対策を講じることが重要です。特に、骨突出が顕著な痩せ型の患者や、浮腫のある患者では、これらの部位の褥瘡発生リスクがさらに高まります。
褥瘡の重症化による合併症と全身への影響
褥瘡が重症化すると、局所的な皮膚損傷にとどまらず、様々な合併症を引き起こし、全身状態に悪影響を及ぼす可能性があります。
【主な合併症】
- 局所感染:褥瘡部位に細菌が繁殖し、化膿や炎症を引き起こす
- 蜂窩織炎:皮下組織の感染が広がり、発赤、腫脹、熱感、疼痛を伴う
- 敗血症:褥瘡部位から細菌が血流に入り込み、全身性の感染症を引き起こす
- 骨髄炎:深い褥瘡から骨に感染が及び、慢性的な骨の感染症を引き起こす
- 慢性疼痛:持続的な痛みにより患者のQOLが著しく低下する
- 栄養障害:創傷治癒に多くの栄養素が使われることで全身の栄養状態が悪化する
特に注意すべきは、褥瘡からの感染が全身に広がる敗血症です。敗血症は適切な治療が行われないと命に関わる状態になる可能性があります。また、長期間の褥瘡は慢性的な炎症状態を引き起こし、全身の免疫機能の低下や貧血、低アルブミン血症などの全身症状を引き起こすこともあります。
褥瘡の治療には局所ケアだけでなく、栄養状態の改善、全身状態の管理、基礎疾患のコントロールなど、総合的なアプローチが必要です。特に糖尿病患者では神経障害により痛みを感じにくく、褥瘡が発見されにくいため、定期的な皮膚観察が重要です。
褥瘡と亜鉛欠乏症の関連性と臨床的意義
褥瘡の発生・治癒と亜鉛欠乏症には密接な関連があることが近年の研究で明らかになってきています。亜鉛は創傷治癒に重要な役割を果たすミネラルで、細胞増殖や免疫機能、タンパク質合成などに関与しています。
亜鉛欠乏症と褥瘡の関連。
- 亜鉛欠乏により皮膚の再生能力が低下し、褥瘡が発生しやすくなる
- 褥瘡が発生すると創傷治癒のために亜鉛消費量が増加し、さらに欠乏状態が悪化する
- 亜鉛欠乏は食欲不振を引き起こし、栄養状態の悪化につながる
- 高齢者や慢性疾患患者では亜鉛欠乏が起こりやすく、褥瘡リスクが高まる
亜鉛欠乏症の症状には、食欲不振、味覚障害、皮膚炎、創傷治癒の遅延などがあります。これらの症状が見られる患者では、褥瘡発生リスクが高いと考えられます。
褥瘡患者の栄養管理において、タンパク質やビタミンCなどと共に亜鉛の摂取状況も評価することが重要です。必要に応じて亜鉛を含む栄養補助食品や亜鉛製剤の使用を検討することで、褥瘡の予防や治癒促進につながる可能性があります。
日本静脈経腸栄養学会の「静脈経腸栄養ガイドライン」では褥瘡患者の栄養管理について詳しく解説されています
褥瘡の予防と治療においては、局所ケアだけでなく、亜鉛を含む適切な栄養管理が重要であることを医療従事者は認識しておく必要があります。
褥瘡の予防対策と早期発見のポイント
褥瘡は一度発生すると治療に時間と労力がかかるため、予防が最も重要です。医療従事者が知っておくべき褥瘡予防の基本と早期発見のポイントを解説します。
【褥瘡予防の基本対策】
- 定期的な体位変換
- 寝たきり状態の患者には2時間ごとの体位変換が推奨されています
- 座位の場合は15分ごとの姿勢変換や除圧が理想的
- 体位変換スケジュールを作成し、実施記録をつける
- 体圧分散用具の活用
- エアマットレス(静止型・交互圧迫型・低圧持続型など)
- ウレタンフォームマットレス
- ジェルクッション、エアクッション
- かかと用の除圧具
- 患者の状態に合わせた適切な用具の選択が重要
- 皮膚の清潔保持
- 排泄物や汗による皮膚の湿潤を防ぐ
- 適切な洗浄剤を使用した優しい皮膚ケア
- 保湿剤の使用による皮膚バリア機能の維持
- おむつ交換の頻度を増やし、通気性の良い素材を選ぶ
- 栄養状態の改善
- タンパク質、エネルギー、ビタミン、ミネラルのバランスの良い食事
- 必要に応じた栄養補助食品の活用
- 水分摂取量の確保
- 亜鉛などの微量元素の摂取にも注意
- 摩擦・ずれの防止
- 体位変換時は引きずらずに持ち上げる
- スライディングシートなどの活用
- シーツのしわをなくし、寝衣は通気性の良いものを選ぶ
【早期発見のポイント】
褥瘡の早期発見には、リスクの高い患者の定期的な皮膚観察が不可欠です。特に注意すべきポイントは。
- 骨突出部の発赤の有無を確認(特に仙骨部、踵骨部、大転子部など)
- 発赤を発見したら指押し法(ブランチングテスト)で評価
- 皮膚の色調変化だけでなく、硬さ、熱感、痛みなども確認
- 日常のケア(入浴、おむつ交換など)の際に意識的に観察
- 患者の訴えに注意を払う(「座るとお尻が痛い」などの訴えは褥瘡の初期症状かもしれない)
褥瘡リスクアセスメントスケール(ブレーデンスケールやOHスケールなど)を活用し、定期的にリスク評価を行うことも重要です。高リスク患者には、より頻回な観察と予防的ケアを実施します。