糸球体腎炎と高血圧はなぜ起こるのか

糸球体腎炎と高血圧のメカニズム

糸球体腎炎に高血圧が合併する主要メカニズム
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体液・塩分貯留

腎機能低下により水分と塩分の排泄が障害され、循環血液量が増加して血圧上昇を引き起こす

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レニン・アンジオテンシン系活性化

糸球体の虚血により活性化され、血管収縮と体液貯留の両方で高血圧を悪化させる

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糸球体内圧上昇

機能ネフロン減少により残存糸球体に過剰負荷がかかり、糸球体高血圧が持続的に発生する

糸球体腎炎による腎機能低下と血圧上昇

糸球体腎炎では、炎症により糸球体の構造が破綻し、濾過機能が著明に低下します。この機能低下により、腎臓が持つ最も重要な役割の一つである体液量調節が障害されます 。正常な腎臓では、血圧が上昇すると利尿作用により血液量を減少させて血圧を正常化しますが、糸球体腎炎では「圧・利尿曲線」が右方にシフトし、同じ血圧でも十分な利尿が得られなくなります 。

腎機能が低下すると、身体にとって不必要な塩分と水分の排出が十分にできず、血液量が増加して血圧上昇や浮腫、呼吸困難感の原因となります 。急性糸球体腎炎では、尿量減少により水・塩分がたまることが血圧を上昇する一番の原因であり、急性糸球体腎炎の50~90%で高血圧を合併したと報告されています 。この病態は「volume dependent hypertension(容量依存性高血圧)」として分類され、二次性高血圧の代表的な形態です。

参考)腎臓・リウマチ膠原病科 高血圧

糸球体腎炎患者では、塩分の過剰摂取が血圧上昇の誘因となりやすく、食塩感受性高血圧の特徴を示します 。これは正常人と比較して、同じ食塩摂取量でもより顕著な血圧上昇を認めることを意味しており、食事療法による塩分制限の重要性を示しています。

参考)4.急性腎障害と慢性腎臓病-一般のみなさまへ-一般社団法人 …

糸球体腎炎におけるレニン・アンジオテンシン系の活性化

糸球体腎炎では、炎症による糸球体構造の変化や血流低下により、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)が著明に活性化されます 。この系は血圧調節において中心的な役割を果たしており、その過剰な活性化は高血圧発症の重要なメカニズムです。

レニンは傍糸球体細胞から分泌され、アンジオテンシノーゲンをアンジオテンシンⅠに変換し、さらにアンジオテンシン変換酵素(ACE)によりアンジオテンシンⅡ(AngⅡ)が生成されます。AngⅡは強力な血管収縮作用を持つだけでなく、副腎皮質からのアルドステロン分泌を促進し、腎尿細管でのナトリウム再吸収を増加させます。これにより血管収縮と体液貯留の両方の機序で血圧を上昇させます。

慢性糸球体腎炎では、糸球体病変が進行するほど高血圧が高度になり、蛋白尿も増加することが確認されています 。この相関関係は、糸球体障害度と拡張期血圧との間に有意の関連があることからも裏付けられています。糸球体への血流低下は持続的にレニン分泌を刺激し、慢性的なRAAS活性化状態を維持します。

参考)https://jsn.or.jp/journal/document/45_1/001-011.pdf

興味深いことに、腎組織内のRAAS活性化も重要な役割を果たします。局所で産生されるAngⅡは、糸球体輸出細動脈を選択的に収縮させ、糸球体内圧をさらに上昇させる悪循環を形成します 。

参考)循環器用語ハンドブック(WEB版) 腎実質性高血圧[症]

糸球体腎炎における糸球体内圧上昇のメカニズム

糸球体腎炎の進行に伴い、機能するネフロン数が減少すると、残存する糸球体に過剰な負荷がかかります。この代償機転により「糸球体高血圧」と呼ばれる病態が発生します 。糸球体内圧は通常、糸球体輸入細動脈と輸出細動脈の血管抵抗バランスによって調節されています。

糸球体濾過率(GFR)を維持するために、残存糸球体では輸入細動脈の拡張と輸出細動脈の収縮が起こり、糸球体内圧が病的に上昇します 。この糸球体高血圧は短期的には腎機能を維持しますが、長期的には糸球体硬化を促進し、腎障害をさらに悪化させる悪循環を形成します。
糸球体内圧の上昇は、メサンギウム細胞の増殖や基底膜の肥厚を引き起こし、最終的に糸球体硬化に至ります。この過程では、血行力学的要因が重要な役割を果たしており、高血圧や糖尿病における尿浸透圧負荷、塩分蛋白質の過剰摂取は糸球体内圧をさらに上昇させます 。

現在では、ACE阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が糸球体高血圧の治療において第一選択とされています。これらの薬剤は輸出細動脈を選択的に拡張し、糸球体内圧を効果的に低下させることで、腎障害の進行を抑制します。

糸球体腎炎の急性期における高血圧の特徴

急性糸球体腎炎では、発症から数日以内に急激な血圧上昇が認められることが特徴です 。この急性の高血圧は、主に体液貯留によるものであり、尿量減少、浮腫、高血圧の三徴候として知られています 。

溶連菌感染後急性糸球体腎炎では、感染から2~4週間の潜伏期を経て発症し、好発年齢は4~10歳です 。発症時には、血尿(コーラのような黒っぽい尿)、蛋白尿、尿量減少が同時に出現し、上まぶたの腫脹や下肢浮腫が認められます。水分貯留により体重が急激に増加し、高血圧による頭痛や嘔吐、まれにけいれんを起こすこともあります。

参考)急性糸球体腎炎 – 小児科 – かわかみ整形外科・小児科クリ…

急性期の高血圧は、安静と塩分・水分制限により改善することが多く、一時的に利尿薬・降圧薬の投与が必要な場合もあります 。約1週間後には利尿期に入り、尿量が増加するとともに血圧も正常化していきます。しかし、血尿は半年間程度持続することがあり、長期的な経過観察が必要です。

参考)5.糸球体腎炎-一般のみなさまへ-一般社団法人 日本腎臓学会…

急性糸球体腎炎の病態は、溶連菌感染により産生された抗体と菌体成分が結合して免疫複合体を形成し、これが糸球体に沈着することで炎症を引き起こすとされています 。この免疫学的機序による急性の糸球体障害が、急激な腎機能低下と高血圧を引き起こす原因となります。

糸球体腎炎患者における血圧管理の臨床的意義と予後への影響

糸球体腎炎における高血圧管理は、単なる症状緩和以上の重要な臨床的意義を持ちます。慢性糸球体腎炎では、腎不全の進行速度と高血圧の程度に深い関係があることが確認されており、血圧コントロールが予後を大きく左右します 。

高血圧の持続は糸球体硬化を加速し、残存ネフロンへの負荷をさらに増大させます。これにより蛋白尿が増加し、腎機能低下が進行する悪循環が形成されます 。特に、血圧の日内リズムの異常(non-dipper型やriser型)は腎予後の悪化と強く関連しており、24時間血圧モニタリングによる評価が重要です。

適切な血圧管理により、腎機能低下の進行を有意に遅延できることが多くの臨床試験で証明されています。目標血圧は一般に130/80 mmHg未満とされていますが、蛋白尿を伴う場合はより厳格な管理(125/75 mmHg未満)が推奨されることもあります。

薬物治療においては、ACE阻害薬やARBが第一選択薬とされ、これらは血圧低下作用に加えて腎保護作用を有します 。利尿薬は体液貯留型の高血圧に特に有効ですが、脱水や電解質異常に注意が必要です。カルシウム拮抗薬の中でも、エホニジピンやマニジピンは糸球体内圧低下作用があり、腎保護的とされています。

長期的な予後として、適切な血圧管理により透析導入の回避や延期が可能となり、心血管合併症のリスクも軽減されます。逆に、血圧管理が不十分な場合、腎不全への進行が加速し、最終的には透析や腎移植が必要となる可能性が高くなります。