腹部超音波検査とは
腹部超音波検査(腹部エコー検査)は、体の表面から超音波を発信するプローブという装置を当て、内臓からの反射波を画像化する検査方法です。人間の耳には聞こえない高周波の音波を利用するため、放射線被曝の心配がなく、痛みもほとんど感じません。
この検査では、超音波が臓器の組織によって異なる反射をすることを利用して、内部構造を可視化します。脂肪、血液、水、空気などの組成によって超音波の反射具合が変わるため、その差を画像として表示し、医師が診断を行います。
腹部超音波検査は健康診断や人間ドックのオプション検査として提供されることが多く、病気の早期発見に役立ちます。特に「人生100年時代」と言われる現代において、定期的な健康チェックの一環として重要性が高まっています。
腹部超音波検査で観察できる臓器と特徴
腹部超音波検査で主に観察できる臓器は以下の5つです。
- 肝臓:最大の実質臓器で、脂肪肝や腫瘍などの異常を確認できます
- 胆のう:胆石や胆のうポリープの有無を確認できます
- 膵臓:体の奥深くにあるため観察が難しい場合もありますが、膵炎や腫瘍の検出に役立ちます
- 腎臓:腎結石や嚢胞などの異常を確認できます
- 脾臓:腫大や腫瘍などの異常を確認できます
これらの臓器に共通する特徴は、中身がしっかりと詰まった「実質臓器」であることです。超音波は空気を通過しにくいという特性があるため、中身が詰まった臓器の検査に適しています。
一方で、空気を含む臓器は超音波検査では観察が難しいという限界があります。具体的には以下の臓器は超音波検査では詳細な観察が困難です。
- 肺
- 食道
- 胃
- 十二指腸
- 小腸
- 大腸
ただし、これらの臓器でも進行がんのような大きな腫瘍があれば、超音波検査でも検出できる場合があります。早期がんのような小さな病変や、凹凸のない病変を発見することは難しいため、胃や大腸の検査には内視鏡検査が適しています。
腹部超音波検査の流れと準備方法
腹部超音波検査は以下の流れで行われます。
- 検査前の準備:食事制限や水分摂取の制限を守ります
- 検査室入室:上下分離した服装で受診し、ベッドに仰向けになります
- 検査実施:お腹に検査用ゼリーを塗り、プローブを当てて検査します
- 呼吸調整:検査中は技師の指示に従って呼吸を調整します
- 結果確認:検査後、結果は医師から説明を受けます
検査前の準備が非常に重要です。特に食事制限については、検査の時間帯によって異なります。
午前中に検査を受ける場合
- 前日夜10時以降は食事を控える
- 当日朝は朝食を摂らない
- 検査2時間前までなら水かうすいお茶をコップ一杯程度飲むことができる
午後(13時以降)に検査を受ける場合
- 前日の飲酒は控えめにする
- 当日朝は7時までに朝食を済ませる
- 昼食は摂らない
- 検査2時間前までなら水かうすいお茶をコップ一杯程度飲むことができる
これらの食事制限が必要な理由は、食事により胆のうが収縮してしまうと胆のう内部の観察が難しくなることと、消化管内にガスが発生すると膵臓などの臓器の観察が困難になるためです。
検査当日は、上下分離した服装で受診することをお勧めします。特に女性の方はワンピースなどは避け、上着を上げるだけで検査できる服装が適しています。
腹部超音波検査で発見できる主な疾患
腹部超音波検査では、様々な疾患を発見することができます。主な疾患には以下のようなものがあります。
1. 肝臓の疾患
- 脂肪肝:肝細胞に脂肪が蓄積した状態で、肝臓と腎臓の明暗差で判断します
- 肝血管腫:肝臓内に発生する良性の血管腫瘍です
- 肝硬変:慢性的な肝障害により肝臓が硬くなった状態です
- 肝臓がん:早期発見が重要な悪性腫瘍です
2. 胆のうの疾患
- 胆石:胆のう内に形成された石で、右肋骨下部の痛みや吐き気を引き起こすことがあります
- 胆のうポリープ:胆のうの壁にできる隆起性病変で、大きさによって経過観察や精密検査が必要です
- 胆のう炎:胆のうの炎症で、胆石が原因となることが多いです
3. 膵臓の疾患
- 膵炎:膵臓の炎症で、急性と慢性があります
- 膵臓がん:初期症状が乏しく発見が遅れがちな悪性腫瘍です
4. 腎臓の疾患
- 腎結石:腎臓内にできる石で、激しい痛みを引き起こすことがあります
- 腎嚢胞:腎臓内に液体が溜まった袋状の良性病変です
- 腎臓がん:早期発見が重要な悪性腫瘍です
5. その他の疾患
- 脾腫:脾臓が腫れた状態で、様々な疾患の兆候となります
- 腹水:腹腔内に液体が溜まった状態で、肝硬変などの合併症として現れることがあります
特に胆のうポリープは健診で発見されることが多い所見です。大きさが数ミリ程度であれば経過観察となりますが、10mm以上のものは6ヶ月後の再検査、15mm以上のものはCTやMRIでの精密検査が必要です。20mm以上のものは悪性の可能性があるため、早めに医療機関を受診して精密検査を受ける必要があります。
腹部超音波検査と他の画像検査との違い
腹部の状態を調べる画像検査には、超音波検査以外にもCTやMRIがあります。それぞれの特徴を理解することで、適切な検査方法を選択することができます。
超音波検査(エコー)の特徴
- メリット:放射線被曝がなく、痛みもない。短時間で広範囲を一度に検査できる。費用が比較的安い。
- デメリット:空気を含む臓器は観察しにくい。検査者の技術に依存する部分がある。肥満の方は超音波が届きにくく、観察が困難な場合がある。
CT検査の特徴
- メリット:一度の検査で広範囲を詳細に観察できる。骨や空気のある部位も観察可能。
- デメリット:X線(放射線)を使用するため被曝のリスクがある。造影剤を使用する場合はアレルギー反応のリスクがある。
MRI検査の特徴
- メリット:放射線被曝がなく、軟部組織のコントラストが優れている。特定の臓器を詳細に観察できる。
- デメリット:検査時間が長く、装置内が狭いため閉所恐怖症の方には負担が大きい。金属が体内にある方は検査できない場合がある。費用が高い。
これらの検査方法は互いに補完関係にあり、目的や状況に応じて使い分けられます。例えば、腹部超音波検査で「描出不良」という判定が出た場合は、CTやMRIなどのより詳細な検査を受けることが推奨されます。
特に膵臓は体の奥深くにあるため超音波が届きにくく、「膵臓描出不良」という判定が出ることがあります。この場合、異常があるともないとも言えないため、家族に膵臓がんの方がいる場合や慢性膵炎を発症している場合など、リスクが高い方はCTやMRIでの精密検査を検討すべきです。
腹部超音波検査における呼吸法と検査精度の関係
腹部超音波検査では、検査中に「息を吸って止めてください」「息を吐いて止めてください」などの指示が出されることがあります。これは単なる手順ではなく、検査の精度に直接関わる重要なポイントです。
呼吸によって臓器の位置が変わるため、適切な呼吸法は以下のような効果をもたらします。
- 臓器の視認性向上:息を止めることで臓器が一定の位置に固定され、より鮮明な画像が得られます
- 肺の影響軽減:深呼吸によって肺が膨らむと、その下にある肝臓などの臓器が見やすくなります
- 消化管ガスの影響軽減:適切な呼吸法により、消化管内のガスが移動し、観察しやすくなります
特に重要なのは腹式呼吸です。胸を膨らませるのではなく、おへそを突き出すようなイメージで呼吸すると、腹部臓器がより観察しやすくなります。呼吸がうまくできない場合は、検査技師に伝えて指導を受けることが大切です。
また、検査中にプローブで腹部を軽く押されることがありますが、これは臓器をより見やすい位置に移動させるためです。不快に感じる場合は遠慮なく伝えましょう。
研究によると、適切な呼吸法と体位変換を組み合わせることで、特に膵臓や胆管などの観察が難しい部位の描出率が20〜30%向上するという報告もあります。検査の精度を高めるためにも、技師の指示に従って協力することが重要です。
日本超音波医学会による超音波検査の技術ガイドライン(呼吸法と体位に関する詳細情報)
腹部超音波検査の「描出不良」とその対処法
腹部超音波検査の結果で「描出不良」という判定を受けることがあります。これは単に「異常がない」という意味ではなく、「超音波が対象臓器まで届かず、十分な観察ができなかった」ことを意味します。
描出不良が起こる主な原因は以下の通りです。
- 肥満や内臓脂肪の多さ:脂肪層が厚いと超音波が減衰し、深部の臓器まで届きにくくなります
- 消化管内のガス:腸内ガスが多いと超音波が反射・散乱し、その奥の臓器が見えにくくなります
- 臓器の位置:特に膵臓は体の奥深くにあり、他の臓器に隠れて観察が難しいことがあります
- 検査前の準備不足:食事制限を守らなかった場合、胆のうの収縮や消化管ガスの増加により観察が困難になります
特に膵臓は描出不良となりやすい臓器です。膵臓は胃や十二指腸の後ろに位置し、特に膵尾部は脾臓の近くにあるため観察が難しい部位です。膵臓がんは初期症状が乏しく発見が遅れがちなため、膵臓の描出不良は注意が必要です。
描出不良と判定された場合の対処法は以下の通りです。
- 再検査:別の日に改めて検査を受ける(前日からの準備をより厳密に行う)
- 別の検査方法の検討:CTやMRIなど、超音波以外の画像検査を検討する
- リスク評価:家族歴や既往歴に基づいて、精密検査の必要性を医師と相談する
特に以下のような方は、描出不良の判定を受けた場合、追加検査を検討すべきです。
描出不良は「異常なし」ではなく「判定できない」という意味であることを理解し、必要に応じて追加検査を受けることが重要です。
以上のように、腹部超音波検査は体への負担が少なく、多くの情報を得られる有用な検査方法です。検査前の準備を適切に行い、定期的に受診することで、様々な疾患の早期発見につながります。健康診断や人間ドックでオプション検査として選択できる場合は、積極的に受けることをお勧めします。